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女神の継承

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(原題:The Medium 2021年/タイ・韓国合作 131分)
監督/バンジョン・ピサンタナクーン 製作/ナ・ホンジン、バンジョン・ピサンタナクーン 製作総指揮/キム・ドゥス、ジナー・オーソットシン 原案/ナ・ホンジン 脚本/バンジョン・ピサンタナクーン 撮影/ナルフォル・チョカナピタク 編集/タラマット・スメートスパチョーク 音楽/チャッチャン・ポンプラパーン
出演/ナリルヤ・グルモンコルペチ、サワニー・ウトーンマ、シラニ・ヤンキッティカン

概要とあらすじ
「チェイサー」「哭声 コクソン」のナ・ホンジンが原案・製作、ハリウッドリメイクされた「心霊写真」や「愛しのゴースト」を手がけたタイのバンジョン・ピサンタナクーン監督がメガホンをとった、タイ・韓国合作のホラー。タイ東北部の村で脈々と受け継がれてきた祈祷師一族の血を継ぐミンは、原因不明の体調不良に見舞われ、まるで人格が変わったように凶暴な言動を繰り返すようになってしまう。途方に暮れた母は、祈祷師である妹のニムに助けを求める。ミンを救うため、ニムは祈祷をおこなうが、ミンにとり憑いていたのは想像をはるかに超えた強大な存在だった。(映画.comより



信仰の功罪

もともと『哭声/コクソン(2016)』の続編としてナ・ホンジンが発案した企画が、流れ流れてタイで実現したという『女神の継承』。いわば『哭声/コクソン』のスピンオフ企画です。

本作は、ドキュメンタリー撮影隊がタイの土着的な霊媒師を取材した映像ということになっております。いわゆるモキュメンタリー。バンジョン・ピサンタナクーン監督によれば、その理由は「同じスタイルで撮ると『哭声/コクソン』と同じになってしまうので」とのこと(BANGER『哭声/コクソン』スピンオフ的ホラー!『女神の継承』監督が語る「人間の業による絶対悪」)。それはともかく、モキュメンタリーはとくに低予算のホラー映画でよく使われる手法で、前例は枚挙にいとまがありませんが、安価に臨場感が得られる一方で発生する「なんで逃げずに撮影しているんだ問題」を解決するために、しばしばドキュメンタリー撮影隊が持っているであろうジャーナリスティックな使命感が利用されたりします。

しかし、どうもピサンタナクーン監督はモキュメンタリーというスタイルに固執しているようすはなく、むしろ無頓着なようです。終盤になるまで撮影スタッフは登場しないし、どこでも誰でも撮影OKなのかよとか、一体カメラマンは何人いるんだよとか突っ込みたくなるところも多く、最終的に撮影隊はほぼ全滅したと思われるので「誰がこの映像を編集したんだよ問題」も出てきちゃうのですが、そもそもモキュメンタリー(ドキュメンタリー)としてのリアリティを成立させることに関心がないと思われます。ま、モキュメンタリーのスタイルに執着するあまり不自由になるのでは本末転倒ですからね。

舞台となるのは、イサーンと呼ばれるタイ東北地方。イサーン地方は大自然に恵まれる一方、貧困に苦しむ地域で、タイ中心部とは食文化や言語が微妙に異なるため、差別されることもあるようです。イサーンといえば、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督『ブンミおじさんの森(2011)』では死んだ家族が幽霊となって蘇ってきたし、富田克也監督『バンコクナイツ(2016)』でもイサーンに幽霊が登場しました。それほどイサーン地方には霊的世界を身近に感じ、受け入れているという土壌があるのです。

女神バヤンの巫女を代々継承している家族に産まれた霊媒師ニム(サワニー・ウトーンマ)。女性しか継ぐことが出来ないバヤンの巫女は、本来なら長女のノイ(シラニ・ヤンキッティカン)がその役割を担うはずでしたが、それを拒否したノイは妹のニムに代替わりするよう手を尽くし、自身はキリスト教に改宗したのでした。しかし、ノイが結婚したヤサンティア家の男性は次々に変死や自殺を遂げ、あとに残されたのは娘のミン(ナリルヤ・グルモンコルペチ)だけとなっていたのです。

このミンのようすが最近どうもおかしい。やたら泥酔しては粗暴になる。かと思えば幼児のようになって無邪気に遊ぶ。ボクが一番嫌だったのは、ミンの親友が撮影した映像の中で子供を突き飛ばすシーンでした。そして今度は生理が止まらなくなります。これらは、かつて女神バヤンの巫女継承を託されたノイとニムも経験した症状でした。つまり、どうやら女神バヤンはミンを巫女の後継者にしようとしているようす。

なぜ女神バヤンが巫女の後継者に苦痛を与えるのかわかりませんがそれはともかく、症状が悪化していくミンはどんどん『エクソシスト』化。ミンを演じたナリルヤ・グルモンコルペチの振り切り方が素晴らしい。どうにも手に負えなくなったミンを救うには除霊しかないということで、母親ノイはニムを頼り、さらに強力な祈祷師の協力を得て、いざ除霊儀式へと挑むのでした。

正直に言って、中盤までの展開はかなりかったるく、131分もの尺が必要だとは思いませんでしたが、ようやく終盤になってたたみかけてきます。夜ごと奇行を繰り返すミンをとらえた監視カメラの映像では、ミンが飼い犬を鍋で煮て喰い、果ては甥夫婦の赤ちゃんまで食べてしまいます。下品で露悪的な作品は数あれど、多くでペット殺しや子供殺しは避けられています(一応、ミンの母親が禁じられている犬食を商売にしているのが伏線にはなっている)。なぜならそれは最も残酷なこととして一度は頭をよぎるけれど、あまりにも身も蓋もない表現だからではいないでしょうか。それをやってのけた本作は、ある意味「突き抜けた」作品なのかもしれませんが、あまり感心はしませんし、ショッキングで面白いとも思えません。不謹慎だとかいいたいわけではなく、安易だと感じるからです(ま、場合によりますが)。

とにかく悪い方向へとしか向かっていかないクライマックスは、ミンが刃物を使って攻撃したり、ゾンビ化した除霊スタッフが噛みついてきたり、形態がいろいろすぎましたが、狂ったトランス表現としてそれなりに見所がありました。息子の泣き声に欺されたミンの叔母が儀式を台無しにしたトリガーではありますが、女神バヤンだと名乗るノイの行動はまったくミンを救うためのものではなく、そもそも何者かによって女神バヤンの像の首が落とされていた時点で、女神バヤンは「悪霊」に制圧されていたのではないでしょうか。「悪霊」とは、ノイが嫁いだ紡績工場を営むヤサンティア家が過去に犯した悪行に恨みを持つ人々と地域の生物たちの魂が結びついた強力なパワーです。ニムがファッションの世界を目指したものの巫女となるために断念し、縫製の仕事を請け負っているというのも因縁めいています。

最後の砦として立ちはだかると思われたニムが、大事な除霊儀式の直前に死んでしまう(それも残酷な死に方ではなく、寝たまま息を引き取る)という展開は、はしごの外され方が見事でかなり驚きました。しかし、ニムが除霊儀式直前に語ったという映像が重要です。彼女はミンに憑依した「悪霊」と対峙することを恐れ、「女神バヤンの存在を感じたことがない」と泣きながら打ち明けるのです。

ニムは女神バヤンという存在に対して半信半疑のまま、巫女という役割を担ってきたのです。冒頭、彼女は医学で治療できる者は医者に診てもらえと言っていました。彼女が対処するのは医学的に解明できない「霊的な」症状だけだと宣言しているのですが、それとて女神バヤンのおかげかもしれないし、単なるプラセボ効果だったのかもしれません。インチキ(だと彼女が訴える)除霊儀式には抗議する反面、金のために儀式を催す師範には頼るのです。

ニムが乗る自動車には「この車は赤い」というステッカーが貼ってありましたが、彼女の車は黒です。ニムを信用する人々を揶揄するかのようなステッカーは自嘲的でもあり、ニムはずっと信仰に疑問を抱えながら巫女という役割を演じてきたのでしょう。彼女はひそかに「女神バヤンとか、わかんねえよ!」と訴えていたのではないでしょうか。やっかいなのは、そのような信仰心による「パワー」が現在の科学では証明できない結果をもたらすことがあるという事実です。

正直に言って予想していたほど怖くはありませんでしたが、霊的世界を描きながら霊的世界に疑問を呈する展開には味わい深いものがありました。















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