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ミッドサマー

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(原題:Midsommar 2019年/アメリカ 147分)
監督・脚本/アリ・アスター 製作/パトリック・アンデション、ラース・クヌードセン 撮影/パベウ・ポゴジェルスキ 美術/ヘンリック・スベンソン 衣装/アンドレア・フレッシュ 編集/ルシアン・ジョンストン 音楽/ボビー・クルリック
出演/フローレンス・ピュー、ジャック・レイナー、ジャクソン・ハーパー、ウィル・ポールター、ヴィルヘルム・ブロングレン、アーチー・マデクウィ、エローラ・トルキア、ビョルン・アンドレセン

概要とあらすじ
長編デビュー作「ヘレディタリー 継承」が高い評価を集めたアリ・アスター監督の第2作。不慮の事故により家族を失ったダニーは、大学で民俗学を研究する恋人や友人たち5人でスウェーデンを訪れた。彼らの目的は奥地の村で開催される「90年に一度の祝祭」への参加だった。太陽が沈むことがないその村は、美しい花々が咲き誇り、やさしい住人たちが陽気に歌い踊る、楽園としか形容できない幸福な場のように思えた。しかし、そんな幸せな雰囲気に満ちた村に不穏な空気が漂い始め、妄想やトラウマ、不安、そして恐怖により、ダニーの心は次第にかき乱されていく。ダニー役を「ファイティング・ファミリー」のフローレンス・ピューが演じるほか、「トランスフォーマー ロストエイジ」のジャック・レイナー、「パターソン」のウィリアム・ジャクソン・ハーパー、「レヴェナント 蘇えりし者」のウィル・ポールターらが顔をそろえる。(映画.comより



あまりに期待が大きかったもんで

ヘレディタリー 継承(2018)』でホラー映画界の話題をさらったアリ・アスター監督の新作『ミッドサマー』。日本公開の随分前から非常に高い期待値で迎えられていました。当初「ミッドソマー」と表記されていたのは単なる誤読なんでしょうか。「MIdsummer」ではなく「Midsommer」なのは「夏至祭」を意味するスウェーデン語(ミッドソンマル)に由来しているからだとか。

抗不安剤を常用しているダニー(フローレンス・ピュー)はもともと精神が不安定でしたが、そこにきてさらに精神疾患を持つ妹が意味深なメールをよこして以来、連絡がつかないので両親に電話するも応答はなく、ますます不安を募らせているのでした。そんなメンヘラなダニーに辟易していた恋人のクリスチャン(ジャック・レイナー)はそろそろ別れを切り出そうとしていましたが、ダニーの妹が両親を巻き添えにしてガス自殺したことが判明。このタイミングで別れを切り出すのはあまりにも忍びないと感じたクリスチャンは真意を隠してダニーに寄り添うのでした。

そんな折り、クリスチャンの友人であるジョシュ(ウィリアム・ジャクソン・ハーパー)マーク(ウィル・ポールター)は、スウェーデン出身のペレ(ヴィルヘルム・ブロングレン)の誘いに乗って、彼の地元であるホルガという村で90年に一度9日間だけ行なわれる「とんまつり(by みうらじゅん)」じゃなかった「夏至祭」に参加することにしたのでした。それを聞きつけたダニーは仲間たちから煙たがられていましたが、結局ペレの「優しい誘い」もあって参加することになったのでした。

まあ、アリ・アスター監督自身がインタビューで語っている通り、このシチュエーションで謎の村の祭典に参加した異端の若者たちがどういう目に遭うかというのはわかりきっているのです。これは『ウィッカーマン(1973)』や古くは『2000人の狂人(1964)』などに代表されるいわゆる「村ホラー」であって、ジャンル映画の定番中の定番といっていいほど、しゃぶりつくされた題材といって過言ではないでしょう。そんなことは監督も百も承知なので、「村ホラー」のフォーマットにいかに新鮮な味付けをするかが肝になってくるのですよ。

そこでアリ・アスター監督が選択したのは「夏至」。すなわち、人が根源的に抱く「暗闇に対する恐怖」をホラー表現に利用しないというチャレンジングな設定です。ホラー映画を志向するにもかかわらず、ホラー映画的クリシェを嫌う傾向にあるアリ・アスター監督ですが、この挑戦意欲には賛辞を送りたいと思います。

しかし、ありきたりな「村ホラー」のフォーマットに倣いつつ、フレッシュさを生み出すために施されたのはおびただしい量のイースターエッグでした。オープニングで登場する絵画を左から右へと見ていけば、ほぼ本作の全貌をあらかじめ語っているし、ダニーを中心とする4人は『オズの魔法使い』をモチーフにし、北欧神話のオーディンやバイキングの伝説を引用し、登場人物たちの部屋の壁に飾られたいかにも意味ありげな絵画や写真や小物、そして頻発するルーン文字などなど、謎解きのヒントというよりも、物語の根拠が列挙されているのです。
(こちらのブログが詳細です→【ネタバレ注意】『ミッドサマー/ミッドソマー』考察、解説ᛞᚱ

ただそれらは、よほどルーン文字に対する読解力に長けていたり、ものすごい洞察力を有する観客しか一見で読み取ることは不可能だし、物語を理解するうえでは必要のないものです。映画の仕掛けには、わかるひとだけが気づいてニンマリするたぐいの楽しみ方もあると思いますが、バカを承知で申し上げるに「だからといってそれが何か?」としかいいようのないものです。

このように物語を俯瞰し、登場人物たちに巻き起こる悲劇はじつは必然であったという視点は『ヘレディタリー 継承』のときと同様で、最終的にあらかじめ定められた王子もしくは王女がその座に納まるという点で前作と酷似しています。アリ・アスター監督作品から感じられるのは、登場人物たちは酷い目に遭うけれど、加害者側からすればそれは至極真っ当なことという相反する視点。死者を祀る大切な枯れ木に立ちションして激高されたマークが「ただの木じゃないか」と反論していましたが、そんなこといったらほとんどの墓はただの石だし、姥捨て山的投身自殺を目撃したクリスチャンが「親を老人ホームに入れてしまうのとどっちが残酷か」といっていたのも、言い得て妙ではあります。

ただやはり、147分もかけて語るには間延びした物語と言わざるを得ません。あまりにも予想通りに進んでいく展開のなかに、驚きもショックも意外性も(全部同じか)なく、VFXで揺らぐ背景などの意匠にばかり固執している感じがします。そもそもダニーは狂気に片足を突っ込んでいるような女性だったので、その彼女がカルト集団のクイーンの座についてニンマリされても、なんかよかったねとしか思えません。少なくともダニー以外のゲストメンバーたちには、なんとか逃げ出そうとジタバタしてほしかったところ。

終盤のクリスチャンがセ●クスするシーンでの喘ぎ声応援とか、ダニーを取り囲んでの泣きじゃくり応援とか(感情の全肯定と共有)、それなりに笑いましたけど、本作は基本的にさほど狂ってないんですよねぇ。ホルガ村の人たちは、狂ってはいるんですけどそれはあくまで外部から観た狂気であって、彼らはちっとも狂っていると思っていないわけです。まあ狂人というのは往々にしてそうなんですけど、アリ・アスター監督は狂人たちの正当性もフェアに描こうとするあまり、映画全体を覆うべき狂気が薄れてしまったのではないかと思います。あと、倒錯のきっかけとなるのがドラッグばかりというのも凡庸でした。

あまりに期待が大きかったもんで失望も大きいのですが、美術はさすがに素晴らしかったし、ホルガ村に入る前までの居心地の悪い会話劇は魅力的だったので、アリ・アスター監督はいっそのこと普通のホームドラマを撮るほうがいいのではないかと思いました。そしたらすげえ怖くなるような気がするんですけど。







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