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君の膵臓をたべたい

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(2017年/日本 115分)
監督/月川翔 原作/住野よる 脚本/吉田智子 製作/市川南 撮影/柳田裕男 照明/加藤桂史 録音/久野貴司 美術/五辻圭 編集/穗垣順之助 音楽/松谷卓
出演/浜辺美波、北村匠海、大友花恋、矢本悠馬、桜田通、森下大地、長野里美、上地雄輔、北川景子、小栗旬

概要とあらすじ
タイトルとストーリーのギャップで話題を集めた住野よるの同名ベストセラー小説を実写映画化した青春ドラマ。高校時代のクラスメイト・山内桜良の言葉をきっかけに教師となった“僕”は、教え子の栗山と話すうちに、桜良と過ごした数カ月間の思い出をよみがえらせていく。高校時代の“僕”は、膵臓の病を抱える桜良の秘密の闘病日記を見つけたことをきっかけに、桜良と一緒に過ごすようになる。そして桜良の死から12年後、彼女の親友だった恭子もまた、結婚を目前に控え、桜良と過ごした日々を思い出していた。大人になった“僕”役を小栗旬、恭子役を北川景子がそれぞれ演じる。「黒崎くんの言いなりになんてならない」などの新鋭・月川翔監督がメガホンをとり、「ホットロード」「アオハライド」など青春映画に定評のある吉田智子が脚本を担当。(映画.comより



たしかにちょっとうるっときたけども。

ギョッとするタイトルだがカニバリズムの映画ではない『君の膵臓をたべたい』。日本映画によくある(といってもまったく観ていないが)高校生の恋愛ものであり、かつ難病ものです。普段なら絶対に食指が伸びない作品なのですが公開年に三宅隆太氏がラジオで褒めていた記憶があったので観てみたという次第。ただ三宅隆太氏がどんなふうに本作を賞賛していたのかはまったく記憶にありません。もちろん原作は読んでおりません。

どういうわけか辞職を考えている高校教師の志賀春樹(小栗旬)は、老朽化を理由に取り壊されることになった図書館が所有する本の整理に当たるよう任命されます。高校生時代の彼は本校に在籍していた図書部員で、学生当時から本の整理に長けていたのです。そこで、自分と同様に「イケてない」図書部員に触発され、自分の過去を語るようになるのでした。

高校時代の春樹(北村匠海)はいわゆるネクラな本の虫で、クラスメイトからも敬遠されている存在。というか、自らすすんで殻に閉じこもっているような少年です。そんな彼が盲腸の術後経過を検査するために病院の受付で待機していると、あらま床に落ちていた「共病文庫」と題された日記帳を発見。ページをめくると、そこにはクラスメイトの人気者である山内桜良(浜辺美波)が、膵臓の病気で闘病中であることが記されていたのです。そこに現れた桜良は「私の秘密を知ったんだから、責任取ってね」というわけで、春樹は桜良の「死ぬまでにしたいこと」に付き合わされることになるのでした。

これ、陰キャでモテないオタクにとって理想的な妄想じゃないすか。コミュ障のオタクが突然超可愛いクラスメイトからグイグイ近寄られて、デートの段取りも一方的に決めてくれてついには二人きりでホテルに一泊、まいったな〜なんて言いながら鼻の下を伸ばしているという、モテない男がもっとも夢焦がれている状況です。しかも、ふたりだけしか知らない秘密を共有し、さらには余命幾ばくもないとなれば後腐れもない……完璧すぎる設定ではないでしょうか。終始、超然的な桜良の振る舞いが追い打ちをかけるように消極的な非モテのM心を刺激します。『世界の中心で、愛を叫ぶ』との類似点も指摘されているようですが、観ていないので比較はできません。

膵臓を患って死期が近い桜良が生死について達観しているのは理解できます。自らの死を悟った桜良は残されたわずかな時間を積極的に有効活用するべく計画を立てたのでしょう。しかし、彼女は通り魔によって殺害されてしまうのです。これがよくわからない。

これをもってして、いつ何時死が訪れるかも知れないのだから「今を大切に生きることが肝要だ」という超ポジティブな反応もあるようですが、それなら桜良が難病に冒されている必要なくね? 若くして不治の病を患い、自分の人生を達観して可能な限り余生を充実させようとしていた桜良が通り魔による殺害という不確定要素によって命を奪われるのなら、死と対峙した彼女が葛藤と懊悩の末に画策した余生の過ごし方が無駄だったということになりはしないでしょうか。というか、桜良が不運すぎ。

人はいつ死ぬかわからない、だからこそ今この瞬間を大切に生きようというメッセージは理解できるものの、だからって通り魔に殺されるんじゃどうしようもない。残された者たちは、桜良の死に涙するわけですが、彼女が病死するのと通り魔に殺害されるのとではまったく意味が違うと思うのですが。

春樹たちは桜良が残した遺書めいたものを読み、やるせない想いにひたるのですが、それは桜良が病死することを想定にして残した遺書であって、通り魔という予想外の外敵によって不意に命を奪われることを想定していないでしょう。本作で唯一登場する大人である桜良の母親が春樹と対面したときの妙な落ち着きも気になりました。

難病ものがもてはやされる理由を想像してみるに、感傷的な気分にどっぷりと浸かれるうえ、人生のタイムリミットすなわち死へのカウントダウンが、当の主人公(難病持ち)に積極的な行動を取らせることの理由付けになるからではないでしょうか。いつ来るやもしれぬ死に怯える、またはへたに長生きしたときの生活を憂うより、余命何年(もしくは何ヶ月)と宣告されるほうが人生を効率的に過ごせる気がします。まして桜良のように自分で動ける体力があれば。

三宅隆太氏がどのあたりをどういうふうに気に入ったのかわかりませんが、少なくともボクにはもろもろ強引な話運びのお涙頂戴ものにみえました。ま、たしかにちょっとうるっときたけども。







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