" />
FC2ブログ

ジョーカー

joker.jpg



(原題:Joker 2019年/アメリカ 122分)
監督/トッド・フィリップス 製作/トッド・フィリップス、ブラッドリー・クーパー、エマ・ティリンガー・コスコフ 脚本/トッド・フィリップス、スコット・シルバー 撮影/ローレンス・シャー 美術/マーク・フリードバーグ 編集/ジェフ・グロス 衣装/マーク・ブリッジス
出演/ホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロ、ザジー・ビーツ、フランセス・コンロイ、ブレット・カレン、ビル・キャンプ、シェー・ウィガム、グレン・フレシュラー、マーク・マロン、ダグラス・ホッジ、ダンテ・ペレイラ=オルソン

概要とあらすじ
「バットマン」の悪役として広く知られるジョーカーの誕生秘話を、ホアキン・フェニックス主演&トッド・フィリップス監督で映画化。道化師のメイクを施し、恐るべき狂気で人々を恐怖に陥れる悪のカリスマが、いかにして誕生したのか。原作のDCコミックスにはない映画オリジナルのストーリーで描く。「どんな時でも笑顔で人々を楽しませなさい」という母の言葉を胸に、大都会で大道芸人として生きるアーサー。しかし、コメディアンとして世界に笑顔を届けようとしていたはずのひとりの男は、やがて狂気あふれる悪へと変貌していく。これまでジャック・ニコルソン、ヒース・レジャー、ジャレット・レトが演じてきたジョーカーを、「ザ・マスター」のホアキン・フェニックスが新たに演じ、名優ロバート・デ・ニーロが共演。「ハングオーバー!」シリーズなどコメディ作品で手腕を発揮してきたトッド・フィリップスがメガホンをとった。第79回ベネチア国際映画祭のコンペティション部門に出品され、DCコミックスの映画化作品としては史上初めて、最高賞の金獅子賞を受賞した。(映画.comより



ジョーカーになったルパート・パプキン

シリーズものやバースものが苦手(めんどくさい)なので、アメコミ映画をほぼほぼ観ないのですが、どうやらこれは一連のアメコミ映画とは一線を画すらしいとの評判を聞きつけ、楽しみにして観に行った『ジョーカー』。なんせベネチア映画祭で金獅子賞を取っちゃったというから驚き。しかも監督は『ハングオーバー!』などのバカコメディを撮ってきたトッド・フィリップス

ピエロの格好をして街頭に立ち、客引きをしているアーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)。さっそく「ゴッサム・シティ」の悪ガキどもにオヤジ狩りの餌食にされます。古いアパートでは年老いた母親ペニー(フランセス・コンロイ)とふたり暮らし。ささやかな楽しみはテレビのトーク番組「マレー・フランクリン・ショー」を観ること。アーサーはいつかあこがれのマレー・フランクリン(ロバート・デ・ニーロ)のようなスタンドアップ・コメディアンになるのが夢でした。

ていう、基本設定はほぼスコセッシ監督『キング・オブ・コメディ(83)』そのもの。妄想癖のあるコメディアン志望の男が人気司会者の誘拐へと至る『キング・オブ・コメディ』で主人公ルパート・パプキンを演じたのがデ・ニーロです。ルパート・パプキンは母親と同居していて(声のみ)、黒人の女性に恋をし、家ではトークショー出演時を妄想でシミュレーションするような男。アーサーとほぼほぼ同じです。ルパート・パプキンそのものが、やはりデ・ニーロ主演の『タクシードライバー』のトラヴィスとの類似を指摘されていますが、本作は意図的に『キング・オブ・コメディ』と『タクシードライバー』を重ね合わせ(日記や頭を撃ち抜く仕草、鏡の前での自己陶酔、どうやら娼婦っぽい女性、とどめにイエローキャブ)、アメコミ界最凶のヴィランであるジョーカーでコーティングした……といった感じ。ジョーカーという設定自体がピエロのメイクのよう。

やっぱり凄いのはひとり芝居といっても過言ではないほど出ずっぱりのホアキン・フェニックス。この人、だいたいイカれた役が多いけれど、20kg以上減量して挑んだ本作のアーサー=ジョーカーは凄まじいものがあります。『マシニスト(04)』のクリスチャン・ベールのように、肋骨が露わになる裸のシーンもすごいのですが、むしろ服を着たときの(とくに終盤でのえんじ色のスーツ)絶妙なゆるゆる感がたまりませんでした。もちろん狂気すれすれの演技は見事。

ザ・スクエア 思いやりの聖域(17)』でも登場した「トゥレット障害」のアーサーは、緊張したりすると笑いが止まらなくなってしまいます。笑う演技って難しいと思うんですけど、ホアキンは笑ってしまう自分をなんとか我慢しようとする複雑なことまでやってのけます。コメディアンとして観客を笑わせられないし、笑える状況ではないにもかかわらず、笑ってしまうというのはかなり過酷なことでしょう。結果、いっそのこと笑い続けるほうへと彼は行ってしまうのですが。

理不尽な目に会い続けるアーサーに転機が訪れたのは、サンドイッチマン仲間の男が彼に一丁の拳銃を渡したことから。この男がなぜアーサーに拳銃を渡した(預けた?)のか、かなり唐突でよくわかりません。ともあれ、拳銃を手にしたアーサーは、地下鉄で女性に絡む3人のバカ男たちを射殺。その直後、トイレに逃げ込んだアーサーはゆらゆらと踊り始めます。彼は高揚感を感じているのです。そのままアパートに帰ってきたアーサーは、恋する隣室の女性ソフィー(ザジー・ビーツ)の部屋へ悠然と直行し、「結ばれる」のでした。

アーサーに殺された3人は、市長選に立候補しようとする金持ちトーマス・ウェイン(ブレット・カレン)の会社に務める証券マンでした。この事件は新聞やテレビでも大きく報じられ、目撃証言から犯人はピエロのメイクをしていたことが知れ渡ります。すると「ピエロ」は富裕層に対抗するヒーローとして認知され暴動へと繋がっていくのでした。ここでひとつ、アーサーの承認欲求は満たされることに。

「恋人ソフィーを招待した」ライブハウスでの初舞台は、笑いの発作が出てグズグズでしたが。それはともかく、母親ペニーが長年トーマス・ウェインに送り続けている手紙を盗み見したアーサーは驚愕の事実を知ることに。なんとアーサーはトーマス・ウェインとペニーの間にできた子供だというのです。とっくにおわかりの方はおわかりだと思いますが、トーマス・ウェインはブルース・ウェイン=「バットマン」の父親。つまり、ジョーカーとバットマンは腹違いの兄弟だったのじゃ! それにしてもこのふたり、こんなに年齢差があったのかー!!

ともかく、自分の父親が判明して嬉しいアーサーはトーマス・ウェインに近づこうとするわけですが、母ペニーの話を持ち出しても「あんなイカれ女」と一蹴され、トーマスから「お前はペニーの養子だ」と言われる始末。トーマスに言われたことを足がかりにアーサーが調べてみると、精神障害を患っていたペニーはアーサーを養子に迎えたものの、アーサーに対する虐待とネグレクトを重ね、そのせいで彼は過酷な現実からの逃避行動として笑うようになったのでした(母親はアーサーを「ハッピー」と呼んでいる皮肉)。真相を知ったアーサーは枕で母親ペニーを窒息死させます。とことんまで裏切られるアーサー。

かたや、ライブハウスでのアーサーのグズグズなトークが「マレー・フランクリン・ショー」で嘲笑され、その反響が大きかったから番組に出演しないかというオファーが。「ジョーカー」へと脱皮中だったアーサーは思惑を持ってオファーを快諾。そこにやってきた同僚をハサミで刺殺します(本作のゴアシーンはここのみ)。

すでに「ジョーカー」と化したアーサーは、ピエロのお面を被った暴徒たちであふれかえる地下鉄に乗り込み、追っ手の刑事を撒こうとします。この地下鉄に至る階段は『フレンチ・コネクション』か? ともかく、地下鉄内で発砲した刑事に乗客が襲いかかるシーンは、人間の善悪を弄ぶ『ダークナイト』におけるジョーカーの片鱗が窺えます。

とうとう「マレー・フランクリン・ショー」に出演することになったジョーカー。あいかわらずグズグズです。しかし、突如地下鉄での殺人事件は自分がやったと告白し始め、最後はマレー・フランクリンを拳銃で殺してしまいます。それを観た街の暴徒たちはさらに過激化。そそくさと退散しようとするトーマス・ウェインとその家族は路地裏でひとりの暴徒によって殺されてしまいます。まだ幼い(幼くもないか)ブルース・ウェイン=「バットマン」を残して。母親の真珠のネックレスがちぎれるのは『バットマン vs スーパーマン』つながり(たまたま地上波で放送していたのをぼんやり観たんだが、わけがわからなかった)。一度は逮捕されたジョーカーでしたが、パトカーに突っ込んできた暴徒が運転する車に助けられ、ヒーローとして祭り上げられるのです。

ラストでは、精神病院でカウンセリングを受けているジョーカーが。あいかわらず笑いが止まらないジョーカーはカウンセラーを殺し、病院内を逃げ回っているところでジ・エンド。

当代きっての人気番組がわざわざつまらないコメディアンのライブを取り上げて嘲笑し、さらにはゲストに呼ぶとは思えず、暴徒たちのヒーローとなったジョーカーが、その後逮捕されて病院送りになるとは考えづらいので、後半はほとんどジョーカー=アーサーの妄想なのかもしれません。終盤に至るほど現実と妄想があいまいになるのも『キング・オブ・コメディ』と酷似しています。

アメリカでは、本作に感化されてテロを企てるものが出るんじゃないかと警戒されているようです。実際、2012年に『ダークナイト ライジング』を上映していた映画館でジョーカーを名乗る男が銃を乱射する事件が起きているので、敏感になる気持ちはわからないではありません。ただ、一線を越えてしまう人にとってはどんな表現でもトリガーとなり得るし、本作はギリギリのところでジョーカーの狂気を美化することを避けていると思います。弱者を虐げる政治家や富裕層に対する憤りは表明されているものの、アーサーが背負うことになった不幸の原因は母親ペニーにあり、ペニーもまたDVによって精神が崩壊した被害者でもあります。怒りをぶつけるべき対象があきらかではなく、なおさら観客を暗澹たる気持ちにさせるのです。

よって本作には、「威風堂々」にのせてセレブたちの頭が花火のように吹っ飛ぶ『キングスマン(14)』のような快哉を叫びたくなるカタルシスはありません。最後まで陰々滅々としていて、アーサー=ジョーカーに悲哀を感じて同情することはあっても、彼の「変身」に拍手喝采を送る気にはなれないでしょう。本作は「ジョーカー」という仮面を被っているおかげで、カタルシスを描かずに済んだのかもしれません(描いて欲しかった気もするが……)。

本作最大の違和感を残すアーサー=ジョーカーとブルース・ウェイン=バットマンの年の差について、とても面白い考察がありました。ご参考まで↓。

「ジゴワット レポート」
感想『ジョーカー』 実はあの場でジョーカーは生まれていなかったとしたら








にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
↑お気に召したらクリックしていただけますと、もんどりうって喜びます。
関連記事
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | ホーム |  »

プロフィール

のほうず

のほうず
映画が好きで観るのはいいが、
かたっぱしから忘れていくので
オツムのリハビリ的ブログ。
******************
当ブログの文章・画像およびイラストの無断転載を禁じます。引用される場合は、出典の表記と当ブログへのリンクを設定してください。

FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

お気に召したら
クリックお願いします。
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

スポンサードリンク

↓過去の記事はこちらから!↓

検索フォーム

アーカイブ

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

カウンター