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ヘルタースケルター

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(2012年/日本 127分)
監督/蜷川実花 脚本/金子ありさ
出演/沢尻エリカ、大森南朋、寺島しのぶ、桃井かおり、新井浩文、窪塚洋介、水原希子、鈴木杏

あらすじ
第8回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞した岡崎京子の同名コミックを、写真家・蜷川実花の監督第2作として実写映画化。主演は「クローズド・ノート」(2007)以来5年ぶりの銀幕復帰となる沢尻エリカ。究極の美貌とスタイルを武器に芸能界でトップスターとなったモデルのりりこだったが、その美貌はすべて全身整形で手に入れた作り物だった。そんな誰にも言えない秘密を抱えながらも、人々の羨望の的となり欲望渦巻く世界をひた走るりりこは、やがてある事件を巻き起こし……。(映画.comより)




こっちの眼がつぶれるわい!

たとえ、こんなしょうーもないブログでも
ワールドワイドウェッブの上に存在する以上は
世界に向けて大声を張り上げているのと同じことなので
何かについて書くときには、相手に対して最低限の敬意を払い、
決して情動に駆られてまくしたてたり、ましてや
酒を飲みながら書くようなことがあってはなりません。

……そんな僕はいま、500円ワインを飲みながら
怒りの震えを押さえつつキーボードを叩いています! わはは!

蜷川実花監督の前作『さくらん』を観て
構図、色彩を含めた「ビジュアル」の酷さに辟易としていたのですが、
まあ、まあ、そうはいうてもにいさん『さくらん』は初監督作品でんがな。
今回は経験も積んで反省もしぃ、できのええ作品になってるんちゃいますやろか。
観てもいーひんのに「どうせあかんやろ」なんちうこと
言うたらあきませんぇえ。そら殺生ちうもんや。
ほんまや、たしかにおっちゃんの言うとおりやわ! こりゃボクが悪かった。
ほな、ボクいまから観に行ってくるさかいに! おおきにありがとう……

……クソ映画でした。

この映画で最も話題となったのは沢尻エリカのヌードでしょう。
今時、女優がおっぱい見せたからって騒ぐのも滑稽ですが
舞台あいさつでの「別に」発言以降、スキャンダル女優というより
プライベートタレントとしてしか話題に上らない沢尻にとって
ここは一念発起の一発逆転を狙って裸を見せるぐらいしか手のない状況です。
そんな沢尻の大復活プロモーション企画のこの映画は
広告業界臭がぷんぷんします。芸能人の話だからじゃありませんよ。
おそらくは蜷川のお友達であろうクリエーター(!)たちが
ちょこちょこちょこちょこカメオ出演しています。
劇中で撮影された広告写真は、それぞれのブランドで実際の広告に使われ、
そのことを「日本映画発の試み」だと言ってるようですが
それ、ただのタイアップですから!

リリコ(沢尻エリカ)がいかに売れっ子であるかを表現するために
あらゆる雑誌の表紙を飾ることになっていますが
バカな出版社がつくるバカな女性雑誌とはいえ、
専属モデルもいれば対象読者の年齢層も違うんだから
全部が一人のモデルを使い回すわけがないのは知ってるでしょう?
ニナガワセンセイ! これじゃ、電車の吊り広告ジャックじゃないかよ。
この演出こそ、まさにプロモーションですよ。

沢尻のおっぱいは冒頭のシーンで出てきます。
おっぱい目当てならここで映画館を出ても差し支えありません。
そのほうが精神衛生上いいかもしれません。

そのあと、楽屋のシーン。
一応、このシーンからリリコのわがままっぷりをキャラ説明しているのですが
マネージャーに水を吹きかけたり、楽屋でヤリはじめたりっていう
スターの女王様ぶりがなんかステロタイプで古くさいですね。
芸能界がいまでも本当にこんな感じなら、芸能界は完全に狂ってますよ。

リリコの彼氏(窪塚洋介)が撮影中の楽屋を訪れ、
楽屋からスタッフを追い出してヤリ始めるのですが
窪塚がリリコの乳首を吸ってるあたりは、
どーも女優が吹き替えくさいですな。沢尻の顔が映らないし。
窪塚にバックで突かれるリリコの表情は
気持ちいいのか困ってるのか判別がつかない顔で
どういう心情なのかわかりません。
(つーか、怒鳴ってるときもそう。演技ヘタなの?)
そして絶対にエロくなくてはいけないこのシーンが
全然エロくない。これ大問題。
それに、どうせならリリコの彼氏はイケメンじゃなくて
チビのハイパーIT社長みたいなやつにしろよ。
使えるもんは全部使えよ。そういう映画なんだから。

そして、なんといっても結合部分を花で隠すというクソダサイ演出!
一体いつの時代の映画だよ。
これ、監督の父親である蜷川幸雄も『蛇とピアス』で
同じようなことやっています。こんなこと受け継がなくていいんだよ!
映せないのはわかるけど、アングルを工夫すれば
ほかにいくらでも撮り方があるだろうが!
つーか、傍若無人なわがままキャラを示した直後に
男にバックで突き上げられたらリリコの面目丸つぶれじゃないか!
ヤルなら騎乗位以外には考えられないだろ!
こっちはせっかく「わがままリリコ」で
キャラをインプットしようと思ったのに
その矢先にリリコの弱みを見せたらダメじゃん!!

あ。おれ、今いいこと言った。
そうなんです。この作品は127分という長めの上映時間でありながら
その長さはまったく無駄でしかなく、
作品全体を通しての大きな物語の起伏は一切ありません。

 リリコいばる→リリコわめく→リリコ弱る

これを何度も何度もくり返すのです。
……スーパースターリリコがさまざまな苦難に遭遇し、
 少しずつ落ちぶれていった先に何を見出すのか。
 真実の「美」を巡る至極の127分……ではないのです。
スターを演じているうちにメッキが剥がれ茫然自失となる。
そしてまた、スターを演じているうちに……
と、くり返されるので、観ているほうは
「え? その問題、さっきもぶちあたってたよね? 混乱してたよね?
 つーか、なんで立ち直ってんの?」となり、
酔っぱらいの愚痴をエンドレスで聞かされているような気分になるのです。
そして苦しくなると必ず叫ぶのです。喚くのです。
これが苦悩を表現するときに使われる蜷川家に代々伝わる演出法のようです。
藤原竜也がどっかに映ってないか探しましたよ。

紛れもない「副音声映画」であるこの作品は
登場人物たちがそのときの心情をセリフで言っちゃいます。
「アタシはいまこんな気持ちでこんなこと考えている〜」みたいなことです。
結構早めのシーンでリリコはマネージャーに口紅を手渡し、
「化粧はやみつきになるよ。麻薬みたいなもんだからねぇ」
みたいなことを言うのですが…それ、この映画のテーマだよね?
それをリリコが言っちゃまずいでしょ? 結論出たよね…


見どころはまだまだありますよ〜!
胎児売買事件を追う検事の麻田(大森南朋)!
「胎児売買事件を追う」と書きましたがこれはwiki調べでして
この麻田検事と助手(?)の保須田(鈴木杏)が
いったい何を捜査しているのかはまったくわかりませんでした。

この麻田検事(大森南朋)は詩人です!
まるで『ダウンタウンのごっつええ感じ』の「たとえ警視」さながら
なにからなにまで詩を読むようにしゃべります。
「朝に飲むコーヒーのこの漆黒の闇……」
なにを言うとんのじゃ、おまえは!
「新しいカードを切る。そして、一度使ったジョーカーは二度は使えない……」
って、突然カードに例えたりするのです。
映画館で必死で笑いをこらえるこっちの身にもなれっつーの。
10000歩譲って、この検事が日頃からトランプをいじってるとかなら
まだわかるけれども、こいつのやることといったら
iMacの前に座っているだけです。たぶん、ずっと詩を考えているのです!
それが検察の捜査のやり方なのです!

そして、分厚い捜査資料を参考人であるリリコに渡すのです。
(ここからリリコのことを勝手に「タイガー・リリー」と呼び始めます。
 本人は気に入ってるみたいです。詩人だなぁ)
事件の証拠が掴めないからマスコミに騒がせるんだそうです。
マスコミに伝わる確証もないのに。
これが彼の言うジョーカーだそうです。
……もうめんどくさいから、いいや。そうなんですって!!

それにしても、蜷川&沢尻の茶番につき合わされてる
周りの役者さん達の頑張りが痛々しい……
リリコのマネージャー羽田を演じる寺島しのぶなんて、
いままでいろんな作品においてまさに体当たりと言うべき演技で
女の性(サガ)を見せつけてくれていた素晴らしい女優さんなのに
本当に非道い扱いでした。それは役柄の問題ではなく、
リリコにまんこを舐めろと言われるシーンでも
寺島しのぶなら必要とあらばそんな設定ぐらいやってのけるでしょう。
それなのに当の沢尻ときたら、まともに脚も開かない!
自分でまんこ舐めろっつたんだろ! ちゃんと180°がっつり股広げろよ!
そんなんでセックス描いてるつもりかよ、ニナガワコノヤロー!!

……失礼。取り乱しました。

写真家として評判がおありな蜷川監督ですが
もうとにかく映画に関しては画が非道いのです。
どうも配色はビビッドであればいいと思っているふしもあるのですが
セットや小物がすべて写真撮影におけるスタイリングなのです。
登場人物のキャラクターやシーンの背景などは関係ないのです。
その時の見た目のバランスで色や小物を配置しているとしか思えません。
スチール撮影ならそれでも構いませんが、映画には時間が存在するのです。
なぜこれがここにあって、なぜこれはこんな色なのかという
時間の概念が蜷川監督にはないのです。

公式サイトの中で監督はこうおっしゃられています。
「ディティールのリアリティーが重要だと思っています。(略)
 色彩も装飾も派手ですが不自然ではない確信がありました。
 というのも、私の自宅がリリコ部屋のようですし、
 実際に家具や小物の半分以上は私物です(笑)」


……おまえんちにリリコのリアリティーがあるんなら
おまえはスーパーアイドルの整形ロボットかよ!
おまえが好きなもん並べただけじゃねーかよ!
(……失礼。また取り乱しました。)

とくに役者がセリフをいうときにはすぐにバストショットになります。
ですから、いまこの登場人物がどんな姿勢でどんな手振りで
話しているのかわからないため心象が伝わらないのです。
(そうか、だからセリフで心象を語るのか!……ばか!)
要するにその場の空気をまったく映していないのです。

ところどころに挿入される取り調べシーンでは
(なぜか警察を飛び越えて検事が真っ白な部屋で)
まったく意味も効果も面白味もないスプリットスクリーンが使用されますが
(全身サイズとバストショットの2画面)
しゃべってる人はバストショットで撮らなきゃだわとでも
思ってるんでしょうかねぇ…

ほかには……
リリコの妹が登場しますが、この子には失礼ながらはっきりと「ブス」です。
これには監督の女の怖さを感じて、正直ヒキました。
この子の「ブス」さは、監督の考える「ブス」です。
確かにリリコは全身くまなく整形して自分がブスであること(?)を
隠しているのだから、その妹がブスであるのは当然のように思われます。
しかし、リリコは本当の美しさが何なのかを見失って
偽りの美しさに囚われているのですから、
ここで本当の美しさを提示すべきは妹なのです。
リリコの妹は飾り気もなく粗野かもしれないが
彼女自身の美しさを持っていて、リリコと対比させる存在でなければならないのです。
そうでなければ、整形だろうがなんだろうが
顔が整っているほうがいいということになってしまいます。
それはこの作品の本来のテーマではないはずです。
わかりやすい「ブス」を起用したことが
監督の勇気だなどという評論もあるようですが、見当違いです。

ラスト近く、「たとえ警視」こと麻田検事と助手の保須田が
渋谷のスクランブル交差点で、整形してすっかり変わったリリコの妹とすれ違い、
横断歩道を渡りきったところで、この作品の総論を語り始めます。

「何故神はまず若さと美しさを与えそしてそれを奪うのでしょうか?」
「若さと美しさは同義じゃない。若さは美しいけれども、美しさは若さではない。
 美はもっとあらゆるものを豊かにふくんでいる。」


↑これ、セリフですよ? パンフの解説かと思いました。
まったく立ち止まる必要もないシチュエーションで
こんなことを言わせる必要がどこにあるのでしょうか?
変わってしまったリリコの妹を登場させた後にこれを言わせたかったのでしょうが
雑踏の中、立ち止まってこれをいう必然性がまるでありません。
せめて、食事をしているような落ち着いた状況で
この事件はなんだったんでしょうねーと
振り返っているようなシチュエーションにしないとさぁ。
ていうか、そのことを最後に台詞で言うのなら
127分もかけて一体何を観客に見せたの?

ほかにもねぇ、文句は山ほどあるんですのよ。
原田美枝子演じる医者のサイコな設定が邪魔とか、
妹はすっかり変わったリリコに会ってもなんにも言わないとか、
マネージャー頭悪すぎるとか、
なんでそこまでリリコのいいなりになるのかとか、
桃井かおりがリリコを自分の若いときに似せようとした件はどこいったとか、
逃げるんだからとっとと車出せよとか、
手術するときのリリカの顔の点線が『ムカデ人間』みたいだとか、
女子高生がファミレスでスポーツ誌拡げて騒ぐわけねえだろとか、
もうほんとに山ほど……ていうか
褒めるとこなんて一瞬もないんですから!

最後に、再び公式サイトから監督のお言葉を。
「私自身が作り手の家系で育っていますし、
 写真家として普段から彼女たち(モデルやアイドル)を間近で見ているので
 その気持ち(ギリギリな精神状態)が理解できるんですよね。
 一方で、絶対的な安全圏から好き勝手に言う受け手側の存在。
 消費される側の強さや悲しみや覚悟と、消費する側の無責任さ。

 以前から、その温度差に違和感がありました。」
(カッコ内は僕の補足)

ほう。おまえの映画のできが悪いのは客にも責任があんのかよ?
お前だって客になったら絶対的な安全圏とやらで好き勝手言うだろ?
「このプディング、腐ってるけど、シェフの強さや悲しみや覚悟を考えたら
 あたしにはこれを食べる責任があるわ」って喰うのかよ? バカヤロー!
受け手に批判されたくないなら、表現なんかやめろ。
いいか? おまえがいう無責任な消費する側の観客は
時間費やして映画館に出かけていって
金払って暗い中で2時間近く拘束されてんだぞ? コノヤロー!
ゴミ映画作りたいならホームシアターで友だち集めてニヤニヤしてろよ、
この七光りアーティストが!

ん?……
【英語:helter skelter】
大いにうろたえるさま、混乱しているさま、
しっちゃかめっちゃかな様子、などを意味する表現。(weblio辞書)

あ! なるほど! そういうことでしたかカントク!
確かにしっちゃかめっちゃかな映画ですもんね!
いや〜、まいった! オミソレシマシター!





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