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さようならCP

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(1974年/日本 82分)
監督・撮影/原一男 製作/小林佐智子

概要とあらすじ
CP(脳性麻痺)者の急進的な団体「青い芝」の人々の生活と思想をカメラに収めた、原一男監督の第一作。障害者だからといって自ら片隅でこっそりする生き方は、障害者差別を容認することになると考え、その不自由な体を積極的に人前にさらしていく。「CP(障害者)=健全者という関係の共通項が身体の階級性にあり私自身の〈関係の変革〉というテーマをベースにして、被写体=演じる者を、撮る側にどこまで見ることに耐えられるかを賭けてみたかった」(原一男)(公式サイトより



「わかってたまるか」

『ゆきゆきて、神軍(1987)』が有名な
原一男監督の第一作『さようならCP』。
障害者に対する意識(差別もしくは逆差別)を巧みに利用した
『おそいひと(2004)』というフィクションがありましたが、
本作は健常者からみる障害者のみならず、
障害者からみた健常者、または障害者自身の自己同一性、
さらにはドキュメンタリー映画を撮るということが意味するものまでを
映し出そうとする作品です。

車椅子に乗った人が電車で外出すること自体が奇異な光景だった時代、
CP(脳性麻痺)者による団体「青い芝」の面々が
人混みで募金を呼びかける間、
まずはCPの子供を持つ親たちの声が重なります。
親たちは脳性麻痺の子供が生まれてきたことに
少なからず衝撃を受けたはずですが、
皆一様に我が子に対する愛情を隠さず、
CPの子供が生まれたおかげで夫婦仲が円満になったとまで
いうひともいます。

かたや募金する健常者たちは一様に
「かわいそう」「気の毒だから」といい、
その言葉に偽りがあるようには聞こえません。
ただ、そのような同情や憐憫にこそ
「青い芝」は抵抗感を抱いているようにも思えます。

本作は、障害者に対する差別の実態を告発するのが目的ではなく、
健常者と障害者の関係性と
ドキュメンタリー映画を撮ることの暴力性を検証していきます。
(監督曰く「敵対」
当然ながら、CPの人たちは健常者と同じように性欲があり、
結婚もしています。
興味深いのは、本作の主人公ともいうべき人の妻
やはりCPなのですが、ふたりの間には健常者の子供もいます。
「青い芝」で活動する夫は、積極的に人前で自分の姿をさらすことで
障害者に対する差別意識を変革しよう
としています。
しかし妻は、映画の撮影に反対し、激昂して
離婚話まで持ち出してしまいます。
どうやら彼女は、健常者の子供が生まれたことで
障害者の社会性の向上よりも健常者への羨望を強くしたようす。

……ようす。なんてぼんやりしたことを言っているのは
あとから監督の記事を読んでわかったことだからで、
本編を観ているあいだ、
障害者たちの言葉を半分以上聞き取れませんでした。
苦しみながら絞り出すように話す彼らが本音で語る言葉を理解したくて、
集中してなんとか聞き取ろうとしましたが……無理。
そしてだんだんストレスが溜まっていきました。

当然監督は、彼らの言葉が観客に聞き取れないことを百も承知ですが
あえて字幕を入れていません。
それには監督の「わかってたまるか」という想いもあったそうです。
確かに、字幕にされた彼らの言葉を読んで
そうか、そんなふうに考えているのかと理解するのは本質的ではなく、
意思の疎通が叶わないときに感じるストレスやジレンマこそが
健常者と障害者を隔てる本当の壁なのかもしれないと思いました。

【参照元】
映画『さようならCP』の主人公に出会った脳性マヒ者たちの解放区「マハラバ村」





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