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マイ・マザー

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(原題:J'ai tue ma mere 2009年/カナダ 100分)
監督・脚本・製作/グザヴィエ・ドラン 撮影/ステファニー・ウェバー=バイロン 編集/ヘレン・ジラール 美術/アネット・ベレイ 衣装/グザビエ・ドラン、ニコル・ペレティエ
出演/グザビエ・ドラン、アンヌ・ドルバル、スザンヌ・クレマン、フランソワ・アルノー、パトリシア・トゥラスネ、ニール・シュナイダー

概要とあらすじ
「わたしはロランス」「トム・アット・ザ・ファーム」のグザビエ・ドラン監督が、弱冠19歳で自ら主演も兼ね、初監督を務めた半自伝的作品。情緒不安定な母親との不和に苦悩する少年が、愛情と嫌悪感の狭間で葛藤する姿を描き、初監督作ながら第62回カンヌ映画祭監督週間に出品されるなど高い評価を獲得した。カナダ・ケベック州の町に暮らす17歳のユベールは、口やかましく、趣味の悪い母親がどうしても受け入れられずにいた。幼い頃は大好きだった母親への憎しみは募るばかりで、自分でもどうしようもない苛立ちにさいなまれる。そんなある日、ユベールは川沿いで夕日の下にたたずむ母親の姿を偶然目撃し……。(映画.comより



自立のための「母殺し」

グザヴィエ・ドラン監督の初監督作、
『マイ・マザー』
一貫して家族の有り様を描く彼の
まさに原点とも言うべき作品です。
母親に対するどうにもならない愛憎の描き方は
『Mommy/マミー』と直接的に通じているし、
激しくののしり合う家族像は『たかが世界の終わり』
通じています。

主人公がゲイであることも一貫していて、
それは当然、グザヴィエ監督自身がゲイだからですが、
常に自己を投影した作品を作り続ける彼の処女作である本作は
主人公が胸の内をカメラで記録しているように
文字通り「セルフィー(自画取り)」な一作となっております。

いまや天才の名を欲しいままにするグザヴィエ監督ですが、
『たかが世界の終わり』の
貫禄すら感じるどっしりとした演出と比べると、
本作からは、やっぱり処女作らしい初々しさが感じられます。
カットを細かく割ってイメージを挿入してみたり、
若干気負いのようなものが受け取られますが、
もちろん、稚拙さや粗さがあるわけではありません。
むしろ撮影当時の監督が19歳だったことを考えると、
その才能に驚きを隠せません。

17歳のユベール(グザビエ・ドラン)
母親シャンタル(アンヌ・ドルバル)に対する憤りは、
食べ方から服装まで生理的な嫌悪にまで至っており、
反抗期の少年らしい振る舞いのように見えます。
確かにシャンタルはユベールのことを愛し、
気遣ってはいるのでしょうが、
説教がいちいち嫌みったらしく、怒り方も身勝手です。
やがて、ユベールがゲイだとわかると
寄宿学校に転入させ、恋人と距離を置かせようとしますが、
これが逆効果なのは言うまでもありません。

グザビエ・ドランが16歳のときに書いた小説を原作にしたという
本作の原題は『僕は母を殺した』
グザビエ作品常連のスザンヌ・クレマン演じる教師に
「母親は死にました」と嘘をついたりして
ユベールは「母殺し」を試みます。

むろん、「母殺し」は抽象的なもので
実際には「母離れ」くらいが適当だとは思いますが、
ユベールにとっては、自分の中にある「母」を抹殺するしか
自分が生きる道はないと考え、
すなわちそれは自立を意味するはずですが、
17歳の少年にとって、
自立したくても依存するほかない中途半端な状態
いらだちを更に激しくさせるのでしょう。

16歳で書いた自作小説を19歳で映画化したグザビエ・ドラン。
ややもすれば、大人なんか何にもわっかちゃいねえぜ!
という青臭いだけのものになりそうだし、
若干ナルシスティックな面がないわけではありませんが、
母親がシングルマザーの苦労をぶちまけるシーンも
ちゃんと用意してある
あたり、
客観的な洞察力に裏付けされた作品です。



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