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哭声/コクソン

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(原題:The Wailing 2016年/韓国 156分)
監督・脚本/ナ・ホンジン 撮影/ホン・ギョンピョ 美術/イ・ウキョン 衣装/チェ・キョンファ 編集/キム・サンミン 音楽/チャン・ヨンギュ、タル・パラン
出演/クァク・ドウォン、ファン・ジョンミン、國村隼、チョン・ウヒ、キム・ファニ

概要とあらすじ
「チェイサー」「哀しき獣」のナ・ホンジン監督によるサスペンススリラー。平和なある村にやってきた、得体の知れないよそ者の男。男が何の目的でこの村に来たのかは誰も知らない。村じゅうに男に関する噂が広がる中、村人が自身の家族を虐殺する事件が多発する。殺人を犯した村人に共通していたのが、湿疹でただれた肌に、濁った眼をして、言葉を発することもできない状態で現場にいることだった。この事件を担当する村の警官ジョングは、自分の娘に殺人犯たちと同じ湿疹があることに気付く。娘を救うためにジョングがよそ者を追い詰めるが、ジョングの行動により村は混乱の渦が巻き起こってしまう。警官ジョング役にドラマや映画の名脇役として知られ、本作が初主演となるクァク・ドウォン。國村隼がよそ者の男を演じ、韓国の映画賞・第37回青龍映画賞で外国人俳優として初受賞となる男優助演賞と人気スター賞のダブル受賞を果たした。(映画.comより



混沌をもたらす両義性

ナ・ホンジン監督の新作というよりも、
國村隼がふんどしいっちょで走り回る映画として話題を呼んだ(?)
『哭声/コクソン』
「哭声」とは、英語タイトルのとおり、叫び声のことであり、
舞台となる「谷城(コクソン)」という村のことであり、
さらには「國村(コクソン)」のことなのじゃ!(嘘)

静かな山間部の村「谷城」
ある日を境に凄惨な家族殺しが連続して起こります。
早朝に殺人事件の知らせを受けたにもかかわらず、
しっかり朝飯を食ってから出動するような
ボンクラ警官ジョング(クァク・ドウォン)
次々と起こる凶悪事件に翻弄されながらも、
それなりに捜査を進めていきます。
ジョングの相棒とのコミカルなやりとりの中で
噂話を否定したかと思うと真に受けたりする彼の
思い込みやすい特性が印象づけられます。

村人たちは、こんな酷い事件が起こり始めたのは
森の中に住む日本人(國村隼)がやってきてからのことだと、
俄然あの日本人が怪しいと疑い始めます。
ちなみに、この謎の男を日本人にしたのは
國村隼をキャスティングしたからではなく、
最初の脚本からだそうで、
「見た目の区別がつかないよそ者」であることが重要なのです。
「よそ者=怪しい」という排他的バイアスも
ジョングを惑わせる要因のひとつでしょう。
(彼がよそ者であるもうひとつの理由は後述します)
さらにちなみに、脚本段階では
この日本人はフリチンという設定だったそうで
ふんどし着用は國村隼のささやかな抵抗なのです。

で、当の國村隼はどうかというと、
ふんどしいっちょで鹿にむさぼりついています。生で。
顔は鹿の血で真っ赤です。目も真っ赤です。
うーん、これは怪しい……じゃなくて、怖いよ!

捜査令状? なにそれ、おいしいの?
という感じのジョングと相棒は
留守中の國村隼宅に押し入り、
蝋燭がたかれた小さな祭壇と
事件の被害者&加害者たちが写っている
壁一面に貼られたおびただしい数の写真
を発見するのです。
そして、その部屋には
ジョングの娘ヒョジン(キム・ファニ)のものと思われるズックが。
その頃から、父親っこだったヒョジンは口汚く毒づき始め、
明らかな変貌を見せ始めるのでした。
(最初の異変はおならか?)

通訳役の見習い神父イサム(キム・トユン)を引き連れて
改めて國村隼と対峙したジョングは
娘の危険に怯えて激昂します。
その姿を何も言わずに見つめる國村隼の表情と佇まいにこそ、
國村隼らしさがみなぎっています。

ヒョジンの凶暴さは日に日に増し、
ついに祈祷師イルグァン(ファン・ジョンミン)を呼び寄せることに。
映画は『エクソシスト』を思わせるオカルト色を前面に出し、
祈祷シーンの激しく鳴り響くリズムがトランス感をもたらします。
このイルグァンを演じるファン・ジョンミンの
絶妙なチャラさ(チンピラ感)がまさに適役。
そして(話はだいぶ飛ぶが)
本作最大の見所といっても過言ではない(過言かもしれない)
大量のゲロシーン!
正面からとらえられたファン・ジョンミンの口から
出るわ出るわ大量のゲロ!(というか吐血。というかゲロ)
血から吐瀉物への変化も含めて、映画史に残るゲロシーンです。

國村隼とイルグァンは「殺」の送りあいで戦っている……
かのように見えます。
國村隼は、車の運転席で腐乱した死体に呪いをかけて甦らせた……
かのように見えます。
しかし同時に、國村隼は村人たちに呪いをかけているのではなく、
村人たちを呪いから守ろうとしているのではないか、
腐乱死体がゾンビ化するのを食い止めようとしていたのではないか
という
考えがわき起こってきます。
このように本作は、
呪いじゃなくて、キノコのせいじゃないの?というトラップまで紛れ込ませ、
意図的に観客が惑うように仕向けます。

國村隼が村人を守ろうとしているなら、その敵は誰かというと
謎の少女ムミョン(チョン・ウヒ)ということになります。
韓国語で「無名」を意味するムヒョンは
ちらちらと登場しては意味ありげに佇み、
國村隼も彼女に怯えているかのように見えます。
では、ムミョンは悪魔なのか?

一時は正気を取り戻したかにみえたヒョジンは
結局、家族を惨殺してしまいます。
ムミョンはそれを食い止めるためにトラップを仕掛けたといい、
ジョングに「鶏が3回鳴くまで待て」と言いますが、
ジョングはそれに従わず、家族の元に戻ってしまいます。
目に涙をたたえてジョングを制止するムミョンは
村の守護神であり、「善」だととらえるのが妥当でしょう。
國村隼とイルグァンが結託していたことは
写真を巡るエピソードで具体的に示されてもいます。

意を決した見習い神父イサムは
死んだかと思われた國村隼のもとに単身で乗り込み、
洞窟の中で蝋燭の火に照らされる國村隼と対峙し、
一気にキリスト教色が濃くなります。
冒頭の「ルカによる福音書24章39節」
同じ台詞を吐く國村隼の手のひらには聖痕(スティグマ)が。
ということは、國村隼はイエス・キリストで、
このシーンは「イエスの復活」を意味するのか。

ナ・ホンジン監督は、この谷城という村を
「エルサレムに見立てた」とインタビューで語っています。
(映画秘宝2017年4月号より)
國村隼がイエスの役割を担っているのは明らかで、
イスラエルにやってきて混沌をもたらすイエスと同様に
よそ者なのです。
しかしその後、國村隼は明らかな悪魔の形相へと変貌します。
これがナ・ホンジン監督が仕掛けた
混沌をもたらす両義性でしょう。
その姿を見た見習い神父イサムは
「神よ」とつぶやきますが、
國村隼に恐れをなして神に助けを求めたのか、
それとも國村隼こそが神だと悟ったのか、
どちらともとれるようになっています。

要するに、誰を善と見なし、誰を悪と見なすのかは
自身にゆだねられているということなのでしょう。
オープニングの國村隼のように
神はただ釣り糸を垂らしているだけ。
人は自らその餌に食いつくのだと。

國村隼こそが事件を巻き起こす張本人だとする
確たる証拠がないにもかかわらず、
数人の仲間を引き連れたジョングが
國村隼を襲うのは、魔女狩りを彷彿とさせます。
ジョングは疑念と恐れに駆り立てられて行動しています。
確かなのは、ジョングが國村隼を追い立て、
國村隼の遺体を崖から遺棄したという事実です。

観客を惑わせ、混沌に陥れることを目的とした本作
謎解きは必要ないと思われますが、
あえて謎解きを試みて惑うのも、楽しみ方のひとつかもしれません。
オフビートな笑いあり、猟奇殺人あり、
オカルトあり、ふんどしあり、ゲロあり。
これ以上、なにを望むと?





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