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沈黙 サイレンス

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(原題:Silence 2016年/アメリカ 162分)
監督/マーティン・スコセッシ 製作/マーティン・スコセッシ、エマ・ティリンガー・コスコフ、ランドール・エメット、バーバラ・デ・フィーナ、ガストン・パブロビッチ、アーウィン・ウィンクラー 原作/遠藤周作 脚本/ジェイ・コックス、マーティン・スコセッシ 撮影/ロドリゴ・プリエト 美術/ダンテ・フェレッティ 衣装/ダンテ・フェレッティ 編集/セルマ・スクーンメイカー 音楽/キム・アレン・クルーゲ、
キャスリン・クルーゲ
出演/アンドリュー・ガーフィールド、アダム・ドライバー、浅野忠信、キアラン・ハインズ、リーアム・ニーソン、窪塚洋介、イッセー尾形、塚本晋也、小松菜奈、加瀬亮、笈田ヨシ

概要とあらすじ
遠藤周作の小説「沈黙」を、「ディパーテッド」「タクシードライバー」の巨匠マーティン・スコセッシが映画化したヒューマンドラマ。キリシタンの弾圧が行われていた江戸初期の日本に渡ってきたポルトガル人宣教師の目を通し、人間にとって大切なものか、人間の弱さとは何かを描き出した。17世紀、キリスト教が禁じられた日本で棄教したとされる師の真相を確かめるため、日本を目指す若き宣教師のロドリゴとガルペ。2人は旅の途上のマカオで出会ったキチジローという日本人を案内役に、やがて長崎へとたどり着き、厳しい弾圧を受けながら自らの信仰心と向き合っていく。スコセッシが1988年に原作を読んで以来、28年をかけて映画化にこぎつけた念願の企画で、主人公ロドリゴ役を「アメイジング・スパイダーマン」のアンドリュー・ガーフィールドが演じた。そのほか「シンドラーのリスト」のリーアム・ニーソン、「スター・ウォーズ フォースの覚醒」のアダム・ドライバーらが共演。キチジロー役の窪塚洋介をはじめ、浅野忠信、イッセー尾形、塚本晋也、小松菜奈、加瀬亮、笈田ヨシといった日本人キャストが出演する。(映画.comより



本当の強さや正しさとはなにか

自分にしては珍しく、原作を読んで予習してから挑んだ
『沈黙 サイレンス』です。
今思えば、原作はあとから読めばよかったような
気がしないでもありません。
むしろ篠田正浩監督版『沈黙(1971)』を観ておくか、
スコセッシがキリストの受難をストレートに描いた
『最後の誘惑(1988)』を観直すかしておいたほうが
よかったような気もする……。まあいい。

とにかく、スコセッシ監督が遠藤周作の原作と出会い、
映画化したいと思い立ってから28年もの月日を経て
ようやく完成した本作。
(あまりにいつまでも作らないから
 映画化権を巡る訴訟まで起きていたとか)
スコセッシが本作にかける並々ならぬ想いが
自ずから伝わってくるというもの。

かつてキリスト教に大らかだった頃の日本に渡った
宣教師フェレイラ(リーアム・ニーソン)からの便りが途絶え、
しかもフェレイラが「転んだ」=棄教したという
よからぬ噂を知ったかつての教え子たち、
ロドリゴ(アンドリュー・ガーフィールド)
ガルペ(アダム・ドライバー)
フェレイラに対する信頼が厚く、
真偽を確かめるために日本へ向かうことを決意するのでした。
ちなみに原作では日本を目指す司教(パードレ)は3人ですが、
残りのひとりは中継地のマカオで病に倒れて日本行きを断念するため、
本作では割愛されています。

2人の司教の道先案内人となる、
マカオでたたひとりの日本人がキチジロー(窪塚洋介)。
本作における最重要人物であるキチジローは
狂言回しでもあり、ユダを投影させた存在でもあるのですが、
本当に卑しく醜く浅ましい原作のイメージからすると
窪塚洋介は、ちょっと男前すぎる気がします。
また原作では、
本当に日本に向かっているのかすら疑わしくなる船旅のあいだ、
キチジローの狡賢さが強調され、
うかつに信用できない人物であることが印象づけられるので
マカオから日本へと至る過酷な船旅が省略されているのは
残念ではあります。

日本に到着したロドリゴがしたためる手紙(日記)による
独白で語られる原作では
ロドリゴの葛藤や神の「沈黙」に対する不審とともに
彼の高慢さや辺境の民衆に対する無自覚な蔑視をも窺えます。
読んでいると、ロドリゴの心の揺れにぐいぐい引き込まれるのですが
この心理描写から映像的なカタルシスをもたらすのは
至難の業のように感じました。

本作の映像的カタルシスといえば、
塚本晋也扮するモキチが水磔にされるシーンのすさまじさ。
塚本晋也の熱演と痩せ具合もすごかったですが、あの波!!
ほんとに死ぬんじゃないかと思いました。
(なんと、撮影は『ライフ・オブ・パイ』で使われた
 台湾のプールだとか!)
あと、加瀬亮の首チョンパシーン。
見張りと世間話をしていた直後のドライな演出はさすがです。

本来ポルトガル語のはずが英語になっているのはご愛敬として、
ちょっとオーバーアクト感のある井上筑後守役のイッセー尾形
ヘラッとした通辞役の浅野忠信ははまり役でした。
映画では言及されていませんでしたが、
このふたりは元・切支丹。
一度は神を信仰した経験があるからこその辛辣さで
このふたりとロドリゴの会話が
「神の沈黙」を巡る議論の中核をなしています。

井上筑後守が語る「四人の側室」の例え話は
4つの国から日本にやってくる宣教師たちの覇権争いを揶揄しています。
日本にやってくる宣教師たちは、
それぞれが信じるものを他者に押しつけているだけではないかと。

結局、自分の信仰のせいで一般の信者が殺されるのに耐えかねたロドリゴは
棄教し、フェレイラ同様に日本人として暮らすことになります。
日本人の妻と子供を持ち、年老いた末に他界するロドリゴが
樽に入れられて火葬されるラストシーンで、
彼の手には十字架が握られていました。
これは、どんなに酷い目にあっても
ロドリゴが信仰を捨てることはなかったということでしょうか。

「転んだ」挙げ句に、キリスト教関連の輸入品を摘発する仕事に就き、
いわれるがまま日本名を名乗り、仏教スタイルで葬儀を行なわれたのに、
それでもまだキリスト教を捨てなかったのであれば、
なぜ、たかが「踏み絵」という表象的で「形だけ」のものを
あれほどまでに拒む必要があったのでしょうか。

自身の弱さから何度も踏み絵を踏み、キリスト像に唾してでも
まだ信仰心を失わないキチジローが
じつは最も神を信じていたのではないか……。

バチカンで聖職者向けに行なわれた上映会のあと、
スコセッシはひとりの神父から
彼らになされた様々な拷問や殺人行為というのは、
 途轍もない暴力だったけれども、
 西洋からやってきた宣教師の皆さんも同等の暴力を持ち込んだのだ

という感想を聞いたそうです。
「OUTSIDE IN TOKYO」マーティン・スコセッシ『沈黙 –サイレンス–』
 来日記者会見全文掲載より


圧政や弾圧に苦しむ人々の悲劇に留まらず、
本当の強さや正しさとはなにかを問う作品です。
世界的に、自らが信じるものに偏執する傾向がみられる昨今、
本作で描かれる葛藤や矛盾は
普遍的なテーマとなりうるのではないでしょうか。





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