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トッド・ソロンズの子犬物語

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(原題:Wiener-Dog 2015年/アメリカ 88分)
監督・脚本/トッド・ソロンズ 撮影/エドワード・ラックマン 編集/ケビン・メスマン
出演/ダニー・デビート、エレン・バースティン、ジュリー・デルピー、グレタ・ガーウィグ、キーラン・カルキン、キートン・ナイジェル・クック、トレーシー・レッツ、ゾーシャ・マメット

概要とあらすじ
「ハピネス」「ストーリーテリング」などの鬼才トッド・ソロンズが監督・脚本を手がけ、様々な飼い主のもとを転々とする1匹のダックスフンドを通して人間の愚かさを描いたブラックコメディ。病気がちな子どもとその家族が1匹の可愛いダックスフンドを飼いはじめるが、問題ばかり起こすため手放すことに。子犬はその後も、崖っぷちに立たされた映画学校講師兼脚本家や偏屈な老女ら、一癖も二癖もある人々の手を渡り歩いていく。「ビフォア・ミッドナイト」のジュリー・デルピー、「ツインズ」のダニー・デビート、「アリスの恋」のエレン・バースティンといった名優たちが、強烈な個性の登場人物たちを怪演。ソロンズ監督のデビュー作「ウェルカム・ドールハウス」の主人公ドーン・ウィーナーの成長した姿を、「フランシス・ハ」のグレタ・ガーウィグが演じた。(映画.comより



犬は、犬なのです。

かのジョン・ウォーターズ監督
「2016年の映画ベスト10」に選んだと聞くだけで
普通の映画とは思えない
『トッド・ソロンズの子犬物語』です。

一匹のダックスフント(ウインナー・ドッグ)が辿る
さまざまな飼い主の変遷からにじみ出てくる
ハート・ウォーミングな動物映画……のように見せかけて
じつは毒味たっぷりなブラック・コメディ。
ダックスフントはものすごく飼い主に愛されるわけでもないし、
人間になんらかの示唆をもたらすような
強い存在感を放っているわけでもありません。
いっそのこと、犬、関係ない! といってしまってもいいくらい。
犬はただそこにいるのです。
4つのエピソードからなる本作の登場人物たちは
直接の関わりを持ちませんが、
子供時代〜青年期〜中年(初老)〜老人
それぞれの世代が抱える葛藤を象徴しています。

一人目の飼い主は、
小児がんの少年レミ(キートン・ナイジェル・クック)
レミを喜ばせようとした父親が
ペットショップでダックスフントを買ってきたのですが
母親のダイアナ(ジュリー・デルピー)
散歩はどうすんのよ! しつけはどうすんのよ! と、カンカン。
ああ、ジュリー・デルピー……『汚れた血』!!(例が古い!)
子供らしい好奇心を発揮するレモ少年は
なにかにつけ「なんで? どうして?」と
母親を容赦なく質問攻めにします。
しびれを切らした多くの親は
「ど・う・し・て・も!!」と
子供の無垢な質問を遮ってしまうかもしれませんが、
母ダイアナは辛抱強くそれに答えます。
しか〜し、セックスの話題を回避しつつ、
ダックスフントの避妊治療を説明しようとした挙げ句に
レイプから果てはエイズにまで話を飛躍させてしまい、ドツボに。


レミに菓子を食べさせられて具合が悪くなったダックスフントを
病院に連れて行き、安楽死させたと嘘(?)をついた母親は
今度はレミに「死」についての説明を迫られます。
「誰でも死ぬ。死ぬのは悪いことじゃない」
レミを慰めるつもりで言ってしまうのですが、
闘病中のレミに、おそらくはうっすら感じ始めている自分の死を
突きつけることになってしまうのでした。
「じゃあ、死ぬのは、いいこと?」とレミ。
クッションをびりびりに破いてはしゃぐシーンのスローモーションや
芝生に寝転ぶレミと羽毛だらけになった部屋で寝転ぶレミをとらえた
俯瞰ショットの反復が面白かったですが、
ピアノの調べに乗せて
ダックスフントが道路に吐いたゲロを長々とフォローするカット
ヘンテコさがナイス。

二人目の飼い主は、
獣医助手のドーン(グレタ・ガーウィグ@『フランシス・ハ』
何を隠そうトッド・ソロンズ監督作を観るのは
本作が初めての僕はわかりませんでしたが、
このドーン・ウィーナーというキャラクターは
監督の過去作『ウェルカム・ドールハウス(1995)』
『終わらない物語 アビバの場合(2004)』にも
登場しているそうです。
(過去作、観ます。観ます、観ます。)

安楽死したかと思われたダックスフントは生きていて
なぜか気に入ったドーンは病院からダックスフントを持ち帰り、
「ドゥーディ」という名前をつけて飼い始めます。
「ドゥーディ」とは幼児語でウンチの意味だとか。
なんでまた、そんな名前を……。
かつての同級生、
ブランドン(キーラン・カルキン=マコーレ・カルキンの弟)
偶然再会したドーンは
どこか陰鬱で怪しいブランドンに誘われるがまま、
目的がわからない旅に出ます。
ドゥーディを連れたふたりが車で移動するたびに
「ドゥ〜ディ〜ドゥ〜ディ〜ドゥ〜♪」という歌が流れるのは
ふざけているのかなんなのか。
ダウン症の弟夫婦の家にたどり着いたブランドンは
父の訃報を親族に知らせようとしていたのですが
幸せそうな弟夫婦の生活に触れたせいで心穏やかになったのか、
ドーンとの新たな生活が待ち受けているような
救いある未来を予想させます。

ここで、ダックスフントが世界を旅する映像が流れ、
なぜか、トランスミッション(休憩)。

三人目の飼い主は、
映画学校講師兼脚本家シュメルツ(ダニー・デビート)
かつて脚本を書いた作品が
1本だけヒットしたことがあるシュメルツは
それ以来鳴かず飛ばずで、鬱屈した日々を送っています。
生徒たちからも馬鹿にされているシュメルツが
古くさいといわれる「もし?どうする?」という
彼の脚本論どおりに
ダックスフントの体に取り付けた自家製の時限爆弾で
学校を爆破しようと試みる
展開が
痛快でもあり、切なくもあります。
面接にきた生徒が観た映画の具体例を一向に挙げられなかったり、
映画を1本撮っただけで天狗になっている監督などは
あるあるか?

四人目の飼い主は、
末期がんに冒されている老婆ナナ(エレン・バースティン)
それなりに裕福な暮らしぶりの彼女の元に
孫娘が金をせびりにやってきます。
孫娘の彼氏の名前は「ファンタジー」という
アメリカ版キラキラネーム。

(彼の妹の名前は「ドリーム」だそうな)
ナナが下痢止めの薬をがぶ飲みするシーンは
下痢の原因はそれじゃないのかよと思いましたが、
それはともかく、
ベンチでうとうとする彼女の前に
彼女が選択しなかった人生を歩んだ少女たちがつぎつぎと現れ、
「わたしは、絵を描くことを辞めなかったあなた」
「わたしは、大切な人を愛し続けたあなた」
「わたしは、他人を赦すことができたあなた」
……と
人生における過去のさまざまな選択を後悔と共に思い返す
ファンタジックなシーンは
心に迫るものがあります。

そんなシーンを自分の人生に置き換えて
思いを馳せているのも束の間、
ふと目を覚ましたナナの
傍らにいたはずのダックスフントがいない。
(このときの犬の名前は「キャンサー(がん)」)
逃げ出して道路に飛び出した「キャンサー」は
あっけなくトラックに轢かれ、「中身」が飛び出しています。
しかもその後、何度も車に轢かれる「キャンサー」……。

容赦ありません。
その半年後、「キャンサー」は
ダミアン・ハーストが大嫌いな芸術家ファンタジーの手によって
ダミアン・ハーストそっくりな作品に生まれ変わり、
ジ・エンド。

「子犬物語」と銘打たれた本作に登場するダックスフントは
狂言回しとしての役割があるかもしれないが、
特別に愛されるわけでも、飼い主を「癒やす」わけでもなく、
ましてや犬への愛情を誇示して憚らない
「子犬物語」では決してありません。
むしろ、友人であり家族であり人生のパートナーである、という
人間の一方的な思い込みに対するアンチテーゼ
です。

タイトルに惹かれて本作を観た愛犬家のひとは
憤慨するかもしれませんが、
そういう作品なのだから、仕方がありません。
犬は、犬なのです。





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