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この世界の片隅に

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(2016年/日本 126分)
監督/片渕須直 原作/こうの史代 脚本/片渕須直 企画/丸山正雄 プロデューサー/真木太郎 監督補・画面構成/浦谷千恵 キャラクターデザイン・作画監督/松原秀典 美術監督/林孝輔 音楽/コトリンゴ
声の出演/のん、細谷佳正、尾身美詞、稲葉菜月、牛山茂、新谷真弓、小野大輔、岩井七世

概要とあらすじ
第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞したこうの史代の同名コミックを、「マイマイ新子と千年の魔法」の片渕須直監督がアニメ映画化。第2次世界大戦下の広島・呉を舞台に、大切なものを失いながらも前向きに生きようとするヒロインと、彼女を取り巻く人々の日常を生き生きと描く。昭和19年、故郷の広島市江波から20キロ離れた呉に18歳で嫁いできた女性すずは、戦争によって様々なものが欠乏する中で、家族の毎日の食卓を作るために工夫を凝らしていた。しかし戦争が進むにつれ、日本海軍の拠点である呉は空襲の標的となり、すずの身近なものも次々と失われていく。それでもなお、前を向いて日々の暮らしを営み続けるすずだったが……。(映画.comより



あまりにも、あまりにも豊潤な

企画から6年の歳月をかけ、
片渕須直監督とそのスタッフたちが、
文字通り身を削るようにして作った『この世界の片隅に』
公開館数が少なく、
とくにテレビにおける宣伝が十分じゃないのは
ヒロインすずの声を演じる、「のん」こと能年玲奈にまつわる
芸能界マフィアとのいざこざも影響しているんでしょうか。
ほんとにオトナってクズですねえ。
戦争を描いた漫画・アニメというと
『裸足のゲン』や『火垂るの墓』などがありますが、
それらのいずれとも違う独特な視点を持っているのが本作の魅力です。
時代考証の圧倒的な緻密さや
声優・能年玲奈の憑依っぷりなどは多くの方が評価されているので
いろいろググって堪能してください。

まず驚いたのは、本作のテンポの速さ。
小学生のすずが成長して18歳になり、
嫁にもらわれていくまでのエピソードを矢継ぎ早に重ねていきます。
ダイジェスト化したすずの半生を淡々と刻んでいるような
「○○年○○月」というテロップが
やがてある歴史的瞬間に向けてのカウントダウンへと変化していくのを
いつのまにか観客に悟らせるように促す構成が
巧妙かつ、恐ろしい。

徹底的なリサーチを行ない、
当時の町並みや生活をリアルに再現することを旨としている本作ですが、
にもかかわらず、
一方で非常にシュールかつファンタジックな面を持っています。
すずが嫁入りすることになる周作との出会いでは、
人さらいのような毛むくじゃらの怪物が登場し、
それは夢見がちなすずの妄想なのかも知れないけれど、
事実関係は曖昧なまま、虚実入り乱れています。
なおかつ、それぞれのシーンの日付まで
特定されている
という徹底ぶり。
リアリティーを追求したディティールの精細さと
ファンタジックな表現が同居しているのが
本作の不思議な魅力なのです。
登場人物たちの比較的頭部が大きいキャラクター造形や
異常に長いまつげ、指の爪のディティールは描かないなどの
原作通りのカリカチュアライズがなされているにもかかわらず、
彼らは実在しているかのように生き生きと感じられます。

で、映画鑑賞後に
原作(上・中・下巻)を一気読みしたところ、
本作がほぼ原作のエピソードに忠実だったのが、これまた驚き。
そりゃ、あんなにテンポ良く詰め込むはずです。
ほぼ原作通りの映画のなかで、大きく割愛されているのが
朝日遊郭の遊女、白木リンにまつわるエピソードで
映画を観ただけではよくわからなかったことが
原作を読んで補完されました。

すずを嫁に迎え入れる前、
周作は白木リンと結婚するつもりでしたが、
家族から反対されて断念したという経緯があったのです。
慣れない化粧をしたすずが、
周作に届けるノートの裏表紙が1/4ほど破れていたのは
カタカナしか読めないリンのために
名前と住所を書いてやり、破って渡していたからでした。
また、海兵団で軍事訓練を受けることになった周作を見送るとき、
すずがさした口紅は、リンと仲がいいテルさんという
肺炎で死んだ遊女の形見
なのでした。

あと、物語的なことではなしに、
どういうこと? と思ったのが
白粉だらけのすずと周作がひとときのデートを楽しんだあと、
すわ、妊娠か! となるシーンが、
とんとんとコミカルに進むので
まったくどういうことかわかりませんでしたが、
当時、戦時下無月経症という病気が問題になっていたそうです。
ストレスと栄養不足が原因のこの病気は
すずが円形脱毛症になるのと無縁ではないでしょう。
「バレてましたか?」とか、能年玲奈の声でいうもんだから、
アハハと笑って終わりになるようなコミカルなシーンでも
じつは深刻なストレスがすずの精神を蝕んでいるという
裏設定があるのです。

テンポの速い展開にもかかわらず、
すずがのほほ〜んとしているので、
なんとなくのんびりした雰囲気を漂わせていますが、
空襲のシーンや防空壕の中で響き渡る地鳴りの
音響による衝撃
にはすさまじいものがあります。
そういう意味で本作は、体感型映画の一面も持っています。

やがて、義姉・径子の娘である晴美を連れて歩いていたすずが
時限式の爆弾によって晴美を失い、
本人も右手の手首から先をなくしてしまいます。
いわずもがな、これは
唯一、すずが大好きかつ得意な
絵を描くという自由を奪われたことを意味します。
戦争はこんな些細な幸せまで根こそぎ奪ってしまうのです。
その後のシーンで、タッチを変えた大胆な表現がみられますが、
原作漫画のこうの史代は、
どうやらこの場面の背景を左手で描いているらしく、
すずの無念さを体現してみせるとともに、
漫画表現の挑戦を表現しているのですが、
アニメ表現に挑戦した本作の抽象的なシーンは
片渕監督のこうの史代に対するアンサーなのではないでしょうか。

当然、本作は反戦映画に違いありません。
しかし、反戦を訴えるために作られているとも思えません。
日常生活の機微を仔細に描くことで
戦争という非日常がもたらす恐怖を
逆説的に感じ取らせるようとしています。
そのためには、登場人物たちをまるで自分の知り合いのように
生き生きと描くことが重要だったのではないでしょうか。
すずの幼馴染みの水原哲が繰り返し言う、
普通でいることのありがたみこそが
本作の主張の一端を担っていると思います。

食に対するこだわりは、
「普通」の日常を表現する重要な要素でしょう。
愚かな人間たちが、砂糖がないと慌てる状況をあざわらうかのように、
ゆうゆうと木の蜜を吸うカブトムシがインサートされたりもします。
道ばたに生える雑草でも食材に利用するほど困窮した状況でありながら、
それでも旨いかどうかが大事なんだなと思い知らされます。
かたや、戦地の兵隊たちは
『野火』のように人肉を喰うかどうかで苦悶しているのですから、
まったく戦争という奴はみなを不幸にするなあと改めて思います。

また、「食」だけに留まらず、
空襲のさなかに、
色とりどりの対空砲火の煙を見たすずが
「今、水彩絵の具があったらなぁ」と考えたり、
すずと晴美を守っていた義父が眠りこけてしまったりするのは、
人間の生理に対する寛容さが感じられます。
親が死のうが戦争だろうが、
生きてるものは腹が減るし、眠くもなるのです。

(対空砲火の煙が色とりどりなのは、
 どの戦艦が撃ったものか判別するためのものだそうで、
 それはすなわち多くの戦艦が集まる軍港・呉ならでは
 ということで……かんべんしてほしい)

普通の生活を営むことの尊さ、
それを破壊する戦争の恐ろしさのほかに
本作が描いているのは自己実現・自己承認の物語でもあります。
すずが嫁いだ先の家の名字を憶えていなかったり、
住所を知らなかったりするのは、
のんびりしたすずらしいコミカルなエピソードでありながら、
彼女のアイデンティティの不安定さを象徴していると思います。
映画では描かれない周作とリンの関係も同様ですが、
恋愛結婚が当たり前(?)の現代からすれば考えられないような
理不尽な結婚制度を問題としているのではなく、
ありもしない「本当の」自分探しに彷徨うのとは違う、
与えられた状況を受け入れ、
その中で精一杯生きる喜びを見いだすこと、
むしろ、与えられた状況でもがくことからしか
「本当の」自分は浮かび上がってこない
ということを
示唆しているように感じます。

かろうじて自己表現の手段だった、絵を描くことを奪われたすずは
玉音放送を聞いて激しく憤り、嗚咽します。
正しいと思っていた(思わされていた)ものが180°転換する不条理
すずは初めて絶望を露わにするのでした。
「うちも、知らんまに死にたかったなあ」と。

遊女のリンは、成長したあの座敷童?
人さらいの怪物は「鬼いちゃん」?

すべては「呉にお嫁に行った夢見とったわ!」と
とんちんかんなことを言うすずの
妄想かも知れません。
なんつって。

正直に言って、僕は映画を見終わったとき、
これは大傑作だー! と心振るわすというより、
若干戸惑っていました。
すずさんの右手が観客席に向けてさよならを告げると、
劇場では自然と拍手が起きました。
映画の上映後に拍手が起きるのを体験したのは初めてでした。

あまりにも、あまりにも豊潤な作品です。





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