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イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ

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(原題:Exit Through the Gift Shop 2010年/アメリカ・イギリス合作 90分)
監督/バンクシー ナレーション/リス・エバンス 音楽/ジェフ・バーロウ、ロニ・サイズ
出演/ティエリー・グエッタ、スペース・インベーダー、シェパード・フェアリー、バンクシー

概要とあらすじ
決して素顔を明かさないナゾの覆面グラフィティ・アーティスト、バンクシーの初監督作。第83回米アカデミー長編ドキュメンタリー賞にノミネートされて話題となった。ストリート・アートに関するドキュメンタリーを制作していた映像作家のティエリー・グエッタは、幸運にもバンクシーの取材に成功する。しかし、グエッタに映像の才能がないと気づいたバンクシーはカメラを奪い、グエッタを“ミスター・ブレインウォッシュ”というアーティストに仕立てあげ、カメラの前に立たせる。(映画.comより



「アートは、ジョークか?」

「グラフィティ」という表現行為が
どうにも好きになれないのでずっと敬遠してきましたが
やっとこさ『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』を観てみて
いまさらながらその面白さに驚いております。

ロスアンジェルスに住むフランス人、ティエリー・グエッタ
日常を写真や映像に納める続けるというある種の癖を患っている男。
ティエリーにとって、撮影することそのものが
なんらかの自己承認欲求を満たすもので
撮影した映像をまとめて作品にするという発想すらありません。
やがて、ティエリーは
グラフィティ・アーティストのいとこに触発されて、
さまざまなアーティストたちが街中にグラフィティする様子を
カメラに納めるようになります。

グラフィティ・アートは、古くは
キース・ヘリングやバスキアらの活動で知られていますが
どうしてもグラフィティ・アートを好きになれない理由は
まさに本作でティエリーのいとこが警官に向かって放った
「これは落書きじゃない。アートだ!」というひと言に尽きます。
落書きか、アートか……そんなことはどうでもいいのです。
人んちの壁に勝手に絵を描くな、てことなのです。
それは違法性の問題でもありません。
自らの自由を他者に押し付ける、または
自らの自由を発揮するために他者に大目に見てもらおうとする
甘ったれた態度が気に入らず、
ましてやその根拠として「アートだから」などというのは
間違いなく権威主義であって、ことごとくクソなのです。

それはともかく、
さまざまなグラフィティ・アーティストの活動を
撮影しまくっていたティエリーのなかで欠けていたピースが
正体不明のアーティスト、バンクシーというわけです。
バンクシーの作品は
さほど難解なメッセージが込められているわけでもなく、
むしろ非常にわかりやすい社会風刺の精神に溢れ、
彼のグラフィティは、活動そのものがゲリラ的アジテーションであり、
パフォーマンスなので
その他のアーティストたちにみられる
イタズラしちゃった、えへへ感とは一線を画しているのは確かです。
まあ、本作がバンクシーの映画だからかもしれないけれど。
また、彼が正体を明かさないというのも
ゲリラ的表現活動に対するうしろめたさの自覚が感じられるぶん、
好意的に受け取れます。
(それも巧妙なセルフプロデュースだといってしまえば
 それまでだが)

かくして出会ったバンクシーとティエリ—。
ティエリーは、いままさに自分がアート界の最前線に
立ち会っているという高揚感でいっぱいです。
やがてバンクシーは、撮り貯めた映像を一本の映画としてまとめたらどうかと
ティエリ—に提案し、
その気になったティエリ—が完成させた「Life Remote Control」という映画は
バンクシー曰く「90分の悪夢」という酷い出来だったのでした。
こりゃダメだと思ったバンクシーが、
映画じゃなくて自分でグラフィティ作品作れば? と
その場しのぎで言ったのが運の尽き。

バンクシーのお墨付きをもらったと勘違いしたティエリ—は
自らを「MBW=ミスター・ブレイン・ウォッシュ」と名乗り、
儲かっていた古着屋を畳んで、作品づくりに没頭します。
んが、彼の作る作品はどれもこれもパクリで支離滅裂。
にもかかわらず、調子に乗ったティエリ—は
大きな会場を借り切って個展開催へと挑むのでした。
もともと商売人のティエリーは友人であるアーティストたちに
推薦文を要請し、なかでもバンクシーによる推薦文を大々的にアピールします。
すると、まったく無名のティエリーの初個展には
なんと4000人以上の観客が訪れ、
グッズの売り上げが100万ドルを超えるという事態に。


要するに、「アートの価値って、なに?」
問いかけるのが本作。
マヌケでお調子者のティエリ—を嘲うのでもなく、
アート界の体質を揶揄して悦に入るのでもありません。
むしろもっとも批判の対象になっているのは
話題性だけでティエリ—の個展に駆け付けた4000人の観客たちであり、
価値の定義そのものなのです。
そして、根本的な価値の定義を揺るがす事件の矛先は
バンクシーたちアーティストにも向けられています。
実力がないのに、話題性で認められたティエリーに対する評価は
バンクシーを始めとするアーティストたちに下されている評価と
なにが違うのか。同じではないのか。
バンクシーに対する評価も
ティエリーの個展に押し寄せた観客たちのような審美眼に
依っているのではないか。
それがバンクシーのいう「アートは、ジョークか?」という
ひと言へと繫がるのです。
このあたりは、バンクシーが持つ批評性の誠実さではないでしょうか。

観客の評価というのは
作品の価値を示すための重要な要素には違いありません。
とはいえ、「アート」というものが
個人の否応なき自己表現欲求に基づいているとするなら
「表現」というものには必ずや虚栄心が伴い、
評価を得られたもの=価値があるものとする短絡化へと向かえば
商業主義的にならざるを得ません。
さらに現代美術のように、「文脈」が重要ってことになると
ゴミかガラクタにしか見えないものでも
美術的な価値が生まれます。
こうなると本当の価値なんてものは
ますますわからなくなってしまいます。

わかるやつにはわかってるといわれれば、
はあ左様でございますかとしか言えませんが
「映像を撮るだけ撮って、あとは放置」する前半のティエリーの行動こそ、
純粋な創作活動なんじゃないかと感じてしまいます。





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