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アカルイミライ

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(2002年/日本 115分)
監督・脚本・編集/黒沢清 プロデューサー/浅井隆、野下はるみ、岩瀬貞行 撮影/柴主高秀 美術/原田恭明 音楽/パシフィック231
出演/オダギリジョー、浅野忠信、藤竜也、笹野高史、白石マル美、りょう、小山田サユリ、はなわ、加瀬亮、森下能幸、佐藤佐吉

概要とあらすじ
「CURE」「カリスマ」など話題作が続く黒沢清監督の「回路」(00)以来2年振りの新作。TV「サトラレ」などで人気のオダギリジョー、浅野忠信、藤竜也の3人が初共演。工場で働く雄二が、唯一心を許せる存在は同僚の守だけ。しかし、守はある日、大切に育てていたクラゲを雄二に残して、突然、姿を消す。呆然とする雄二の前に、守の父親が現れ、雄二は彼とともに暮らすようになる。(映画.comより



飼い慣らすべきか、放つべきか

久しぶりに再見した『アカルイミライ』
時間をおいて見直してみると、
やっぱり作品の印象というのは変化するもので
独特のホラー演出や、心理学をベースにしたような歪な世界を描くのが
得意な黒沢清監督作品のなかにあって
本作はかなり特殊な作品なのではないでしょうか。

全体を通して、ハートフルというのは違うかもしれないけれど
若さゆえの葛藤、すでに大人になったものが抱える鬱屈などなど
かなりセンチメンタルであり、無邪気な一面があると思います。

おしぼり工場でバイトする
守(浅野忠信)雄二(オダギリジョー)
このふたりのファッションがへんにオシャレというか、
モード感があるのがちょっと鼻につきますが、
ふたりは気が合うらしく、
プライベートでも守の部屋に雄二が遊びに行ったりしています。
で、雄二はなにをやるかといえばマンガを読むのです。
守は30歳、雄二は25歳ということですが
つるんでいる感じはまるで小学生。

おしぼり工場の社長(笹野高史)から
娘のために購入した勉強机を運んで欲しいと頼まれ、
快く(仕方なく?)引き受けた守と雄二が
振る舞われた食事を終えて帰宅しようとしたとき、
社長宅の窓からみえるのは、食事の時とはうってかわって
社長家族の冷め切った関係でした。
それをみた守は「嵐が来るぞ」と予言めいたことをいうのです。

おしぼり工場の社長は全共闘世代。
政治または時代を自分たちの手で変えようという
志があった(はずの)世代です。
志がなくとも、なんとなくワクワクいていた世代。
ところが、今やボーナスをちらつかせて
バイトから社員への昇格を促す、まあ、いわゆる資本家のブタ。
それでも意志を持った転向ならそれでもいいのでしょうが
社長の一挙手一投足には、心というのものが微塵も感じられません。
おそらく、守の社長夫婦殺害
社長個人に対する憤りというよりも、
堕落した生き方そのものを抹殺しようとしたのではないでしょうか。

海水から淡水に馴染むように
アカクラゲを注意深く飼育していた守は
大切なアカクラゲを雄二に譲ったあと、
社長夫婦殺害へといたります。
社長に貸したCDを取り返すため、
雄二が鉄パイプ片手に社長宅に足を踏み入れたときには
すでに社長夫婦は守によって殺されたあとでしたが、
これは守が雄二を殺人犯にしないために先手を打ったようにも
思えます。
若干、守が達観しすぎているような感じもしますが
「待て」と「行け」のポーズを決めて
雄二を先導しようとしていた守は
ある種、この世のものならざる存在だったのでしょう。
守は「行け」のサインである人差し指を指した状態を保つために
針金で固定したあと、刑務所内で自殺します。


家族との縁がほぼほぼ切れてしまっている
守の父親・有田(藤竜也)にとっても
疎遠になっていたとはいえ、守は特別な存在だったはずです。
有田が営んでいるリサイクル・ショップというのは
過去を修復する仕事で、
未来に向けて新しい何かを産み出す仕事ではないというのは
重要なのではないかと思われます。
廃棄された電化製品を集めては修理する有田の姿は
こんなはずじゃなかった自分の人生を
必死で取り戻そうとしているようにみえます。

アカクラゲが象徴するのは、原初的な生きる喜びのようなもので
もともと海で暮らすアカクラゲを真水に慣らすのは
世の中(=真水)への敗北を意味します。
猛毒を持つアカクラゲはそもそも世の中に馴染みません。
他人を傷つけてしまうかもしれないほど攻撃的な情熱は
歳を重ねて、まがいなりにも処世術を身につけるか、
もしくはある種の自虐的な諦念によって、
いつしか消え去っていきます。
それでもアカクラゲ=情熱は、地下=意識下で生き続けています。
うまく飼い慣らすことができればいいけれど、
飼い慣らすこと事態に対する欺瞞は残ります。

地下で繁殖したアカクラゲたちは
本来自分たちがいるべき海へと向かって進み始めます。
その光景をみた有田が歓喜するのは当然です。
有田は自分が成し遂げられなかったかつての情熱を
守や雄二の姿に触発されて思い出し、
海へと向かうアカクラゲに投影していたのでしょう。

雄二は、まさしく大人になれない子どもですが
あまりにもその幼児性が際立っています。
彼がやることといえば、癇癪を起こした挙げ句にふて寝するだけ。
まるっきり子どもなのです。
いつしか、ゲーセンで知り合った学生たちと意気投合し、
妹に紹介してもらった会社に強盗に入ります。
ここでも雄二は学生たちのリーダーではなく、
ひとりで逃げ出してしまうような頼りない存在です。

まるで『時計じかけのオレンジ』のようにもみえる
学生服の下にチェ・ゲバラのTシャツを着た不良学生たちが
表参道を歩くラストシーン

海へと向かうアカクラゲの一群と重なりますが
若き反抗心に対する賛美とセンチメンタルな憧憬が窺えます。
確かに、世の中はクソだらけだし、
ぶっつぶしたいのはやまやまだけど、
だからといって、道端に落ちているダンボール箱を蹴り上げて
いぇ〜いなんていっているうちは
世の中なんにも変わらないんだよな。





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