" />

牡蠣工場

ill647.jpg



(2015年/日本・アメリカ合作 145分)
監督・撮影・編集/想田和弘 製作/想田和弘、柏木規与子

■概要とあらすじ
「選挙」「精神」の想田和弘監督が、岡山県の牡蠣工場で働く人々の姿を記録したドキュメンタリー。ナレーションやBGMなどを排した想田監督独自のドキュメンタリー手法「観察映画」の第6弾として製作された。瀬戸内海に面した岡山県牛窓。かつては20軒近くあった牡蠣工場も過疎化などにより、今では6軒に減ってしまった。宮城県南三陸町で牡蠣工場を営んでいた渡邊さんは、東日本大震災で自身の工場が壊滅的な被害を受け、牛窓の地に移住し工場を継ぐこととなった。労働力不足のため、渡邊さんの工場でも中国からの労働者を雇い始めたが、言葉や文化の違いによるコミュニケーションの難しさに直面する。隣の工場では、早くも国に帰る脱落者が出た。牛窓という小さな町の日常から、グローバル化、少子高齢化、過疎化、労働問題、移民問題、さらに震災の影響など、日本が抱えるさまざまな問題が浮かび上がる。(映画.comより



主観と客観のあいだで肝を据えた「観察」

自らの作品を「観察映画」と称する想田和弘監督
『牡蠣工場』
僕にとって初めての「観察映画」です。

まず「観察映画」とはなんなのかというと、
想田和弘監督曰く、
「一つは、僕自身が目の前の現実をよく見てよく聞いて、
 そこで発見したことを映画にするということ。
 もう一つは、観客にも映画の中で起きていることを
 よく見てよく聞いてもらって、それぞれ自分なりの解釈をして、
 自分の頭で考えてもらうということです。」

「通販生活」公式通販サイトより引用)
とのことで、
「観察」という言葉通りに
「離れたところから第三者的に見る」ことではないそうです。

ドキュメンタリーは現実の世界を映し出しているとしても、
演出がまったくないわけではありません。
むしろ編集ひとつで演出意図どおりに
観客に与える印象を操作することすら可能です。
おそらく想田監督は、ドキュメンタリーが
客観性を完全に保つことは不可能だとしたうえで、
なおかつ可能な限り客観的であろうとしているのではないでしょうか。

そのため、想田監督は
「リサーチしない」「打合せしない」「台本を書かない」などの
「観察映画の十戒」を自らに課しているんだとか。
それでも想田監督がカメラを回そうと思い立つだけの
ピンと来るなにかはあるはずで、
それこそが監督の主体性なのでしょう。

なにをかくそうあそこをかくそう僕は岡山県出身なので
(とはいえ、舞台の牛窓には行ったことがないけど)
岡山弁が飛び交ってるだけで、ちょっとにやにや。
ごっつぉーつくりょんか?(=ごちそうをつくってんの?)」
なんて、聞き取れない人もいたのではないでしょか。
ま、そんなことはどうでもよくて、
牡蠣工場で行なわれる「牡蠣むき」作業からは
その労働の過酷さがじわじわと伝わってきます。
しかもみなさんそれなりに高齢な方たちばかり
牛窓は過疎化が進んでいるということですが、
それでもおばちゃんたちの陽気で元気な姿から
仕事と生活を楽しんでいるのもわかります。
(カメラを回す想田監督の真似をする
 小学生みたいなあんちゃんも)

ところが、本作の中心的存在だった漁師の一家が
東日本大震災後に宮城県南三陸町から移住してきた家族だとわかり、
にわかに深刻な背景が浮かび上がります。
津波による被害だけでなく、
やはり福島第一原発事故による放射能汚染の問題が横たわります。
移住してきた家族だけではなく、
放射能の問題は牛窓の漁師たちにも少なからず影響を及ぼし、
「風評被害」を懸念するあまり、
宮城や福島由来の産物を避ける結果になってしまっているのが
もどかしい。

でも、それも重なり合う複数の問題のひとつ。
本作の軸になっているのは中国人の出稼ぎ労働者です。
就職難といわれて久しい日本、なのに過疎の牛窓では人手不足で
わざわざ中国から働き手を呼び寄せる矛盾。
しかもそこには、文化の違いや言葉が通じない故の行き違いや
先入観による蔑視まで存在します。
中国人労働者を受け入れる牡蠣工場のひとたちは
みな一様に優しいし、そもそも求人して来てもらっているわけですが
カレンダーに書かれた「9日、中国来る」
座席表の「ちゃいな」という表現をみると
一個人としてではない、「中国人」という生きものの総体として
ひとくくりにしている感は否めません。
牛窓の人たちに悪意はなくとも、
中国人労働者を異物と捕らえている無意識の感情が垣間見えます。
また、中国人労働者を雇うということは、
未体験の不安を伴うものでもあって
それが牡蠣工場のオーナーが想田監督に撮影中止を申し出る要因
なっているのではないでしょうか。

牛窓にきてすぐに帰国してしまう中国人もいたようですが
それ以外の中国人たちは真面目に働くし、
牛窓にも馴染んでいるように見えました。
あとからきた新人二人組も、
ちょっと過剰なほど気を使っているように感じました。
最近は、コンビニの店員とかで中国のひとが増えましたけど
個人的には、彼らをたいしたもんだなーと思っています。
だって、ニーハオとシェーシェーだけ覚えて
中国で働けっていわれても、
俺、無理っす。

関係ないおっちゃんが海に落ちるハプニングがあったりしましたが
(あそこは、集まった漁師たちに
 「想田さん、そろそろ事件が起きてほしかったんでしょ?
  あとであのおっちゃんにバイト代払うんじゃないの? わはは」
 くらいのことを言ってほしかったけど)
本作にもっとも多く登場するのは、
ほんとは「ミルク」という名前だとわかっているのに
「シロ」と呼ばれ続ける猫。
想田監督は、たんにかわいいからという理由で
カメラを向けていたそうですが
よその家の飼い猫であるにもかかわらず、
想田家になついて家にあがろうとするシロ
宮城県から牛窓に移住してきた家族や中国人労働者、
さらには他人の生活に入り込んで撮影を続ける想田監督自身をも
投影する存在となっているのが奇跡。
さりとて、それを察知して本篇に採用した想田監督の
作為でもあるでしょう。

当然の如く、牛窓の人々の生活はこれからも続くわけで
本作にこれといったクライマックスも結末もありません。
さまざまな社会問題が凝縮されているのは確かだけれど
ことさら問題提起しているわけでもありません。
まさに日常の一端を観察したに過ぎない作品ですが
だからこそとてつもなく勇気のいる作り方だと思いました。
作り手のほうからわかりやすい主題を提示しない以上、
作品の評価は観客の受け止めかたに委ねるほかありません。
それにはまず、観客の知性に対する信頼を前提としないと
成り立たないのですから、
ぶっきらぼうに素材を差し出す「観察映画」は
観客に対する敬意とともに、高いリテラシーを要求しているので、
相当肝が据わってないとできないやり方だなと
思いました。

今後牡蠣を食べるときは、ちょっとだけ心して食べよっと。







にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ 
↑お気に召したらクリックしていただけますと、もんどりうって喜びます。
関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | ホーム |  »

プロフィール

のほうず

のほうず
映画が好きで観るのはいいが、
かたっぱしから忘れていくので
オツムのリハビリ的ブログ。
******************
当ブログの文章・画像およびイラストの無断転載を禁じます。引用される場合は、出典の表記と当ブログへのリンクを設定してください。

FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

お気に召したら
クリックお願いします。
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

スポンサードリンク

↓過去の記事はこちらから!↓

検索フォーム

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

カウンタ