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ヘイトフル・エイト

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(原題:The Hateful Eight 2015年/アメリカ 168分)
監督・脚本/クエンティン・タランティーノ 製作/リチャード・N・グラッドスタイン、ステイシー・シェア、シャノン・マッキントッシュ 撮影/ロバート・リチャードソン 美術/種田陽平 衣装/コートニー・ホフマン 編集/フレッド・ラスキン 音楽/エンニオ・モリコーネ
出演/サミュエル・L・ジャクソン、カート・ラッセル、ジェニファー・ジェイソン・リー、ウォルトン・ゴギンズ、デミアン・ビチル、ティム・ロス、マイケル・マドセン、ブルース・ダーン、ジェームズ・パークス、デイナ・グーリエ、ゾーイ・ベル、リー・ホースリー、ジーン・ジョーンズ、キース・ジェファーソン、クレイグ・スターク、ベリンダ・オウィーノ、チャニング・テイタム

概要とあらすじ
「イングロリアス・バスターズ」「ジャンゴ 繋がれざる者」のクエンティン・タランティーノ監督の長編第8作で、大雪のため閉ざされたロッジで繰り広げられる密室ミステリーを描いた西部劇。タランティーノ作品常連のサミュエル・L・ジャクソンを筆頭に、カート・ラッセル、ジェニファー・ジェイソン・リー、ウォルトン・ゴギンズ、デミアン・ビチル、ティム・ロス、マイケル・マドセン、ブルース・ダーンが出演。全員が嘘をついているワケありの男女8人が雪嵐のため山小屋に閉じ込められ、そこで起こる殺人事件をきっかけに、意外な真相が明らかになっていく。音楽をタランティーノが敬愛する巨匠エンニオ・モリコーネが担当し、第88回アカデミー賞で作曲賞を受賞。モリコーネにとっては、名誉賞を除いては初のアカデミー賞受賞となった。70ミリのフィルムで撮影され、画面は2.76:1というワイドスクリーンで描かれる。(映画.comより



「ヘイト」を吊し上げろ!

タランティーノ(以下、タラ)の新作となれば
話題になるのは当然ですが
脚本流出からの製作中止、
脚本朗読会を経てのやっぱり製作といういわくつきの
『ヘイトフル・エイト』
密室劇なのに70mmフィルム(ウルトラ・パナビジョン70)なのも
タラの偏執的かつねじれた映画愛が炸裂しています。

それにしても、
10本撮ったら監督を辞めると言っているタラの長編8作目の本作が
(『KILL BILL(2003)』は1本として数えて)
『ジャンゴ 繫がれざる者(2012)』に続いてまたしても
ウエスタン(マカロニ含む)なのはなんでだろうと思っていたら
もともと『ジャンゴ〜』の続編として構想されていたんですね。
タラの積年の念願叶って、
エンニオ・モリコーネがオリジナル・スコアを作曲しているのも
話題、というか
タラの興奮と意気込みが伝わってくるというもの。

タラの密室劇といえば当然思い浮かべるのは
『レザボア・ドッグス(1992)』
キャストはまさにタラ組というべきメンツが揃い、
ある種の原点回帰を思わせもします。
『ジャンゴ〜』のなかで登場した雪山のシーンは
『殺しが静かにやってくる(1968)』へのオマージュでしたが
全編を雪に見舞われた小屋で起こる惨劇といえば
『遊星からの物体X(1982)』でしょう。
もともと『レザボア・ドッグス』が
『遊星からの物体X』に着想を得ていたのかもしれませんが
とにかく、映画からの膨大な引用に溢れているタラ作品の
すべての元ネタを知らずとも、
本作が『レザボア・ドッグス』×『遊星からの物体X』だということは
すぐに感づくはずです。

残念ながら、日本では70mmフィルムを上映することがすでに不可能で
(70mm版は20分長い188分だとか)
デジタル上映で我慢するしかないのですが
それでもオープニングの広大な雪原のシーンは圧巻です。
原点回帰とか言っておきながらこういうのもなんですが
多くの亜流を産み出したこれまでのタラ作品とは
完全に映画のルックが違います。
雪をかぶったキリスト像から始まるズームアウトの超ゆっくりなこと!

設定は南北戦争数年後のアメリカ
『ジャンゴ〜』は南北戦争直前でしたから、
やはり地続きの物語です。
『遊星からの物体X』の主人公、
カート・ラッセル扮するジョン・ルースが捕まえた
お尋ね者デイジー(ジェニファー・ジェイソン・リー)を伴って
レッド・ロックという街に向かうべく,
御者O.B.(ジェームズ・パークス)が操る馬車を走らせていたところ、
元北軍少佐でいまは賞金稼ぎの
マーキス・ウォーレン(サミュエル・L・ジャクソン)が現れ、
馬がダメになったから馬車に乗せてくれというところから
物語が始まります。
途中で、これから保安官になるという
クリス・マニックス(ウォルトン・ゴギンズ )が加わりますが
基本的に前半は、ジョンとマーキス、クリス、デイジーの
会話だけで構成されています。

会話の中では、さまざまなバックボーンが説明されます。
マーキスは南軍に捕虜として捕まったあと、
木造の捕虜施設に火を投げて脱獄する際に
南軍のみならず、ほかの北軍の捕虜も殺してしまっていること。
クリスは南軍の闘いに紛れて
略奪を行っていたゲリラの一員だったということ。
ジョンは生死を問わないお尋ね者でも決して殺さず、
絞首刑にさせるポリシーを持っていること。
そして、どんなに痛めつけられても不敵に笑うデイジーは、
荒くれ者には違いなさそうですが
一体なんの罪に問われているのかは最後までわかりません。
会話だけで繰り広げられるこの前半は
正直、じれます。

で、一行は「ミニーの紳士服飾店」へと辿り着きます。
紳士服飾店といいながら、この店の商品に服はなく、
雑貨屋兼休憩所みたいな場所。
マーキスやジョンにとってはなじみの店でしたが
店主のミニーはおらず、代わりに彼らを出迎えたのは
メキシコ人のボブ(デミアン・ビチル)
すでにその店に避難していた
自称・絞首刑執行人オズワルド(ティム・ロス)
自称・クリスマスは母親と過ごすのが一番のカウボーイ
ジョー・ゲージ(マイケル・マドセン)
元南軍の将軍サンディ・スミザーズ(ブルース・ダーン)でした。
さーて、ようやく密室劇のはじまりはじまり〜。

「釘で板を打ち付けてドアを閉めろ!
 1枚じゃない! 2枚だ!」
と、各々に叫ぶシーンはタラらしいユーモアがありました。
一瞬差し込まれた天井裏からのショット
室内にいる8人以外の誰かの存在を予感させます。
元北軍少佐で黒人のマーキスと
元南軍将軍で大量の黒人捕虜を虐殺したスミザーズが
同じ小屋にいるのですから、そりゃあもうピリピリしております。
スミザーズの目的は行方不明の息子を捜すことでしたが、
気に入らないマーキスが仕掛け、
お前の息子を裸にして2時間歩かせた挙げ句に
俺さまの黒くてでかいチンポをくわえさせたあとで殺した

ほんとか嘘かこれまたわからないけれど、
とにかくスミザーズの神経を逆なでするセリフを吐き、
まんまとひっかかったスミザーズはマーキスに撃ち殺されてしまいます。
そして、その一連のやり取りのあいだに
何者かがコーヒーに毒を盛ったことで
物語が急激に動き始めます。

毒入りコーヒーを飲んだジョンとO.B.は盛大に吐血。
デイジーも派手に顔射されて血みどろです。
その前に、デイジーがギターを弾きながら
あからさまに逃亡の意志があるむねの歌を歌いますが、
映画秘宝4月号掲載の美術監督・種田陽平氏のインタビューによれば
デイジー=ジェニファー・ジェイソン・リーが弾いていたギターは
博物館から借りてきた1800年代の骨董品だったにもかかわらず
それを知らなかったカート・ラッセルは
ギターを粉々にしてしまいました。
その直後、ジェニファー・ジェイソン・リーが絶叫していたのは
マジなんだとか。

デイジーの仲間&コーヒーに毒を入れた犯人を追求するため、
悠々と謎解きを披露していたマーキスの股間を
床下から撃ったのは、
なんと、デイジーの弟ジョディ=チャニング・テイタム!
マーキスとジョンたちより先に到着していた
スミザーズを除く3人すべてがグルだったのです。
デイジーを殺すぞと脅されて地下室から頭を出したジョディは
マーキスに撃たれて『スキャナーズ』ばりに頭が炸裂。
映画館で一回観ただけではよくわかりませんでしたが
タラはCGを使っていないとのことですから、
どうなってんのかDVDで確認したい……

とにかく、重要なのはクライマックスです。
キンタマを打ち抜かれたマーキス同様に
瀕死の状態のクリスは
デイジーから持ち出された取引を拒否します。
父親の威光を崇め、「ニガー」を憎むだけだった坊や=クリスは
やっと自分の頭で判断し行動する自立した人間へと成長した
のです。
ずっといがみあっていたマーキスとクリスは
このシーンで互いの偏見を乗り越え、うち解けます。
ふたりを繫ぐのはリンカーンからの手紙です。

『イングロリアス・バスターズ』
ナチスに虐待されたユダヤ人たちの溜飲を下げ、
『ジャンゴ〜』で、長年にわたる奴隷制度で虐げられた黒人たちの鬱屈を
ファンタジックに解消してみせたタラは
本作でさらに現実的な差別問題に踏み込み、
ひとつの理想を提示したのではないでしょうか。
(ま、全員死んでしまうけど)

本作では、「ミニーの紳士服飾店」の店主のミニーでさえ
(おそらくミニーは元奴隷)
メキシコ人に対する人種差別的な偏見を持っています。
第二次世界大戦や南北戦争は特殊な状況ではなく、
現在の世界もあいかわらず「ヘイトフル」であり、
その色合いはより一層濃くなっているように感じます。
ブルース・ダーンが演じるスミザーズ元将軍が
真っ先に殺されるのは旧態然とした差別思想を抹殺する意図があると思うし、
スミザーズ元将軍を敬愛するクリスの成長(もしくは転向)には
タラのメッセージを感じざるを得ません。

そのうえで、最後に縄で吊されるデイジーは
なにを象徴しているのでしょうか。

絞首刑執行人オズワルドは
「絞首刑は法的なもの。憎しみの感情はない」と言っていました。
本作における絞首刑は、
犯罪者に対する正当な報復
だということを意味しています。
死刑=法による殺人という意見はありますが、
一方で、加害者を死たらしめて報復したいという
被害者や遺族の感情は抑えることが出来ません。
非常に難しい問題なので軽々しいことはいえませんが、
少なくともタラは、法にのっとった処罰(死刑を含む)は
当然の報いだと考えているはずです。

女性であるデイジーを平気で殴るジョン・ルースは
一見粗暴すぎるその行為とは裏腹に
お尋ね者だからといって簡単には殺さず、
かならず司法にかけるという客観的な発想の持ち主だったのでは
ないでしょうか。
彼は、手錠で繫がれたデイジーに
コーヒーや酒をついでやったり、食事の時は手錠を外してやったり、
おまえらつきあってんのかよと思うほど
むしろ優しい
というか、たとえ極悪人に対しても
最低限の敬意を持ち合わせている人間だということが
随所に表現されていました。

話が逸れましたが、
縄で吊されるデイジーが象徴するもの、
それは憎しみの感情そのものなのではないでしょうか。
物語としてはジョン・ルースの遺志を継ぐというかたちでしたが、
法に背く者は法によって裁かれるのは当然とはいえ、
基本的には融和を目指すべきだとでもいう、
タラのメッセージが強く印象に残りました。
しかし、その理想すらも
唯一無二の正しいことと言い切ってしまうのは危険なことで
そのすべてを表すのが
本物か偽物かわからない「リンカーンからの手紙」
ではないでしょうか。

一応、タラ本人の弁では彼の新作は残すところあと2作。
気が変わることを願うばかり。





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