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ヤング≒アダルト

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(原題:Young Adult 2011年/アメリカ 90分)
監督/ジェイソン・ライトマン 脚本/ディアブロ・コーディ
出演/シャーリーズ・セロン、パットン・オズワルト、パトリック・ウィルソン、エリザベス・リーサー、コレット・ウォルフ

概要とあらすじ
「JUNO ジュノ」の監督ジェイソン・ライトマン&脚本家ディアブロ・コーディのコンビが、主演にアカデミー賞女優シャーリーズ・セロンを迎え、再タッグを組んだコメディドラマ。児童小説家のメイビスは、夫と離婚後すぐに故郷ミネソタに帰ってくる。そこで、かつての恋人バディに再会し復縁しようとするが、バディにはすでに妻子がいて……。共演は「ウォッチメン」のパトリック・ウィルソン。(映画.comより)



プリンターのインク切れには唾!

高層ビルが建ち並ぶ都市のマンションの一室。
TVを付けっぱなしで寝てしまい、
そのまま朝になってしまった女がムクリと起き上がり、
歯を磨きながら、鏡の前でヌーブラを剥がす——

このアヴァンタイトルで、
この主人公の生活がいかにだらしのないものかだけでなく、
飼っているポメラニアンに対するぞんざいな態度から
非常に自己中心的な人間であることがわかります。
37歳にもなって、キティちゃんのTシャツにパーカーを羽織り、
コーラをラッパ飲みしながら
セレブの生活を覗き見する「リアリティーTV」を好んでみる
どうみても軽薄でめんどくさそうな馬鹿女の登場です。

自身がハリウッド・セレブと呼ばれておかしくない
シャーリーズ・セロンがこんな馬鹿女を演じているとあって、
『モンスター』同様にまたやらかしてくれそうな雰囲気が
ひたひたと伝わってきます。

長めのアヴァンタイトルが終わって
どうやら高校時代の元彼からもらったらしい
カセットテープ
をBGMにオープニングタイトルが始まりますが、
これもただのオープニングタイトルではなく
主人公のメイビス(シャーリーズ・セロン)
テープを巻き戻しては気に入ったところを何度も聞くので
それに合わせてBGMも同じフレーズが何度も流れます。
そもそも高校時代の元彼にもらったカセットテープを
後生大事に持っていること自体、どうかと思いますが
自分が気に入った曲を反芻するように何度も再生するメイビスの
独善的な性格を示唆するとともに、
カセットテープを「巻き戻す」という行為が
メイビスの過去への執着を表しています。

「永遠の少年」などと、自分の未成熟を美徳のように語るのは
だいたい男のほうと相場は決まっているので
(逆に子どものくせに大人ぶる男もいてタチが悪いけど)
コミュニケーション不全のオタクや童貞をこじらせた中年の
「大人になれない男」を描く映画はいろいろありますが
「大人になれない女」を描くこのような作品は
希有な存在ではないでしょうか。
ただし、この作品が過去にすがる女性を描き、
37歳という年齢の示す意味が男性のそれとは違い、女性特有の
出産という抗いがたいタイムリミットを内包しているとはいえ、
都市生活や名声への憧れと挫折という側面も同時に併せ持っているので
女性だけでなく、男性もなにかしら共感を得られるものに
なっていると思います。

元彼からの第一子誕生を伝えるメールを受け取ったメイビスは
もともと心にくすぶらせていた元彼への未練を覚醒させ、
美人であることをもてはやされた高校時代の栄光を取り戻すべく
忌み嫌っている地元にわざわざ立ち返り、
元彼を今の「間違った幸せ」から取り戻そうとします。
彼女は高校生から20代前半の女性を読者対象にした
「ヤングアダルト」と呼ばれるジャンルの書籍を書くライターであり、
出版社から急かされながら書き進めるそのシリーズの最終回の内容が
元彼を口説き落とそうと奔走する
彼女の精神状態とリンクしていくのです。
途中までメイビスの傍若無人な振る舞いを笑いながら観ていた観客は
徐々にサイコパスの様相を呈してくるメイビスに
笑顔を引きつらせて後ずさりする感覚を覚えるのです。

そこで、重要な役目を果たすのが
高校時代の理不尽ないじめによって下半身に障害を負った
マット(パットン・オズワルト)です。
メイビスは、障害があるうえにチビでデブのマットを
腹の中では馬鹿にしつつ、飲み相手として頻繁に会うようになるのですが
元彼のバディ(パトリック・ウィルソン)に会うときには
周囲から浮くほどめかし込んだ格好であるのに対し、
マットと会うときは寝起きでそのまま来たような
あいかわらずのTシャツにパーカーという出で立ちからもわかるように
実はメイビスにとってマットが最も気を許せる相手なのです。
メイビスと本音をぶつけ合えるマットが果たす重要な役目とは
あくまでも自分本位に振る舞うメイビスに対する
観客の憤りを代弁してみせることにあります。

これ以上ない失態を演じたメイビスが
救いと慰めを求めてマットの家を訪ね、
パンツにパンスト、そしてヌーブラを付けた格好で
マットの前に立つ姿の無様さたるや!!

手品の種明かしよろしく虚飾と見栄の象徴たるヌーブラ姿は
全裸よりもよっぽど恥ずかしくもみすぼらしくおぞましい!
こういうことをやっちゃうあたりが
シャーリーズのセロンたる所以でしょうか。
カメラは、一夜をともにしたメイビスとマットを
まだ地元に帰る前のミネアポリスにいるメイビスが
男を連れ込んだときと同じ構図で捉え、
マットとの関係もその場限りのものであることを示しています。

そして、この作品を凡庸ならざるものにしているシーン。
眠っているマットを残し、階下に降りてきたメイビスは
同居するマットの妹サンドラ(コレット・ウォルフ)
テーブルを挟んで朝のコーヒーを飲みます。
普通であれば、田舎臭さがぷんぷん漂うサンドラが
すっかり打ちのめされているメイビスに対して
地位や名誉だけでは計れない「本当の幸せ」があることを
無垢なまなざしに純真さを湛えながらも控えめに説く、
というシーンになるところでしょう。

ところが、サンドラはおもむろにキッチンにあった包丁をつかみ、
有無を言わせぬスピードでメイビスの喉笛を!!!

ちがーう!……すみません、どうしても
ふざけたい衝動を抑えることが出来ませんでした。

ところが、サンドラは煮えたぎる筑前炊きを…ちがーーう!!
なんだよ、アメリカで筑前炊きって。ほんとにすみません。

もとい。
ところが、サンドラはメイビスに向かって
「ここにいるのは馬鹿ばっかり。あなたは美人で有名人でしょ?」
と、メイビスに賛同するのです。
通常なら、「本当の幸せ」に気づかされたメイビスが
今までの自分を反省して新たな人生へと旅立つという幕の引き方が
ある種の(大多数の)観客を満足させるのですが
サンドラのおかげでメイビスは結局なにも変わらないのです。
「味方を見つけたわ」というメイビスは
自分も一緒に都会へ連れていってほしいとすがるサンドラに一言。

「ここにいるのよ」

改心のかけらもないアイルビーバックなメイビスなのです。

この作品は、脚本を手がけたディアブロ・コーディ
経験に基づく要素も多分にあるようです。
元ストリッパーで全身タトゥーだらけだという
ディアブロ・コーディとジェイソン・ライトマン監督
息の合った組合せは、明確な解答を提示しないこの作品において
抜群のコンビネーションを見せてくれていると思います。
なにしろ「本当の幸せ」などというものに
明確な解答などあるはずもなく、
田舎に住むものは都会に憧れ、都会に住むものは田舎を羨むのです。
あえていうなら、「幸せ」なんてぇものは
他人との比較で相対的に判断するもんじゃないってところでしょうか。
問題は、自分が満ち足りているかどうかってこと。
満ち足りてます? 最近。





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