" />

世紀の光

ill622.jpg



(原題:Sang sattawat 2006年/タイ・フランス・オーストリア合作 105分)
監督・脚本・製作/アピチャッポン・ウィーラセタクン 撮影/サヨムプー・ムックディープロム 編集/リー・チャータメーティクン 音響デザイン/清水宏一、アクリットチャルーム・カンヤーナミット
出演/ナンタラット・サワッディクン、ジャールチャイ・イアムアラーム、ソーポン・プーカノック、ジェンジラー・ポンパット、サックダー・ケァウブアディー

概要とあらすじ
タイ映画として初めてカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した「ブンミおじさんの森」で知られ、同作が日本での劇場初公開作となったアピチャッポン・ウィーラセタクン監督が2006年に発表した長編作品。ベネチア国際映画祭のコンペティション部門に出品された。日本では劇場未公開のままだったが、15年、ウィーラセタクン監督作の新作「光りの墓」の劇場公開にあわせ、劇場公開が実現。地方の病院が舞台の前半と、都市の近代的な病院が舞台の後半の2つのパートに分かれ、ウィーラセタクン監督作でたびたびモチーフとなる「記憶」と「未来」を、前半と後半で医師と患者の会話や恋といったエピソードを反復することで描き出していく。(映画.comより



ひょっとしてこれは、恋ってやつじゃないの?

「映像詩」なんていう表現がありますけれど
思わせぶりなだけのシュール風映画は
鼻につくだけだったりするのですが、
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の作品は
「映像詩」としか呼べないものではないでしょうか。
(なんてわかったようなことを言うとりますが
 アピチャッポン監督作を観るのはこれが2本目。おほほ)

『世紀の光』は、これこそ「映像詩」と呼ぶにふさわしく、
物語の論理的な整合性や時間軸から完全に自由で、
まさしく詩を読んでいるかのような感覚に陥ります。
微妙にずれていく反復を重ねるのは
どこかホン・サンスを思わせますが
夢見心地なホン・サンス作品よりもイメージの飛躍はさらに甚だしく、
論理的整合性などには端から関心がないような本作を観ていると
まるで催眠術にでもかかったかのような気分になります。

緑に囲まれた病院で
長くてキレイな脚のターイ先生(ナンタラット・サワッディクン)
軍服を着た青年を相手に面接らしきことをしています。
何の役に立つのかわからないけれどいくつかの質問のあと、
ターイ先生が「DDTが何の略かわかる?」と聞くと
青年は戸惑いながら、「殺虫剤ですか?」
思いつきの語呂合わせで答えます。
この青年は医者になるための面接を受けているはずだから
DDTとはなんかの医学用語だろうと思っていたのですが
あとからググってみると、殺虫剤がヒットします。
てことは、正解だったの?
ターイ先生は反応しませんでしたが……

ターイ先生は白衣を着ていないので
医師なのかどうかもはっきりしませんが
診察室らしき部屋にいるもう一人の男が
なぜそこにいるのかは、もっとわかりません。
とにかくその男がターイ先生にホの字なのは一目瞭然で
なぜか「豚肉のカリカリ揚げ」を差し入れたりしています。
(笑いどころなんだろうか)
その後、お呼びが来てターイ先生が部屋を出ると
カメラは長々と外の田んぼを映しています。
まったくもう、こういう意味があるんだかないんだか
さっぱりわからないショットが異常に魅力的なのです。

鶏の夢を見てベッドから落ちたという
年老いた僧侶
がターイ先生のもとに現れて
睡眠薬をせびったり、
若い僧侶が初めての歯の治療を受けているあいだ、
歌手をやっているという歯科医が歌い出したり
ちょっと変だけど、どうということはないシーンが続きます。
普通なら退屈しそうですが、
むしろスクリーンに惹きつけられる不思議。
窓の外では木々が気持ちよさそうな風に揺られ、
ずっと虫の声が聞こえています。

ターイ先生に「豚肉のカリカリ揚げ」をプレゼントした男が
突然ターイ先生に「婚約してください」と告白したあたりから、
映画がそわそわし始めます。
その気がないターイ先生の態度にうなだれる男が
みじめでコミカル。
「恋をしたことはありますか?」と問う男に対して
かつての恋愛を語り始めるターイ先生。
かつてターイ先生は花屋の男に恋をし、
近しい関係になるも男には想いを寄せる別の女性がいたのでした。
その話を打ち明けられたターイ先生は
「わたしが手助けするわ」と明るく答える切なさよ。

なにかのイベントのコンサート。
歌っているのは先に登場した歯科医。
ギターの演奏が美しい。
歯科医は子どもの頃に自分のせいで弟を亡くしていて
治療した若い僧侶を自分の弟の生まれ変わりのように感じていました。
若い僧侶は戸惑いながらどこかへ姿を消してしまいましたが
恋愛がおぼろげな軸として存在する本作。
このエピソードは家族愛について? それとも同性愛?……

で、繰り返される冒頭と同じ面接シーン。
質問は微妙に違っています。
植物に囲まれ、穏やかな時間が過ぎていた前半とは打ってかわって
窓の外にはビルがそびえ立ち、
病院の中は無機質な白で覆われています。

監督いわく、
「前半は太陽のポートレートで、
 また生命がいかに太陽の光に支えられているかを描き、
 そして映画の後半は、人工の光によって支配されていることを
 描いています」
映画.comより
とのこと。

前半と後半で「光」を対比させた監督は
それによってなにを表現しようとしたのでしょうか。
単純に「太陽の光」に郷愁を感じているとも思えないし、
単純に「人工の光」を批判しているようにも思えません。

冒頭のシーンで軍服を着ていた男は
後半では白衣を着たノーン先生(ジャールチャイ・イアムアラーム)
彼が長い廊下を歩くシーンでは
色とりどりの服を着た集団とすれ違い、
同じように靴をはき直す人物がふたり登場しますが
そのあいだ、これまでと違う不穏な音響
静かに鳴り響いています。

その後、軍関係者が入院しているという病院の地下に降りると
旋盤などの工作機械がある横で
片脚の女性がリハビリしていたりと、
世界観がダークな色合いを帯びてきます。
これからテレビ出演するという医者らしきおばちゃんが
隠していた酒を飲みながら、
一酸化炭素中毒だという少年がくると気孔的な治療を始め、
カメラが引いていく間、
なぜかカメラ目線のもうひとりのおばちゃん。
なんすか、これは。なんすか、これは。
さっぱりわからないのに、なぜか引き込まれるのです。

ノーン先生が彼女とイチャイチャしたあと、
(このくだりには、急進的な開発への拒否が
 わずかに垣間見える、かも)
煙がたちこめる地下室を彷徨うカメラは
排気ダクトの口にクローズアップ。
またしても監督いわく、
「僕は機械というものに魅了されています。
 それから黒い穴。ブラックホールとも言えるかもしれないですが、
 ロケーションで見つけたあの穴に刺激を受けました。
 この映画全体が、あの穴の中の過去の暗闇から生まれ、
 そしてまたそこに回帰していくようなイメージです。
 僕にとっては『2001年宇宙の旅』のモノリスのようなものかも
 しれません」
映画.comより

モノリス……。
監督はあの排気ダクトを
異界への入口だと感じたのかもしれませんね。
ラストシーンでは、公園で遊ぶ子どもたちを映したあと、
エクササイズをしている大勢の人々が。
(流れている曲は「NEIL&IRAIZA」という
 日本のバンドの楽曲だとか)

なんでしょう、このあっけらかんとしたラストは。
なんとなく明るい未来、というか、
元気が一番だよねみたいなことを感じないわけではありません。
なにしろ本作は「病」のお話しであって、
もっとも重篤かつ普遍的な病は「恋の病」だと
いっているような気がするのです。
また、軍関係者が
決して「太陽の光」が届かない地下で治療を続けているというのも
なにかしら隠喩するものがあるはずです。

『ブンミおじさんの森』のときも同じことを書いたけど
やっぱりわからないことだらけで、やっぱり大好き。
ひょっとして、これは恋なの?
ねえねえ、恋ってやつじゃないの?







にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ 
↑お気に召したらクリックしていただけますと、もんどりうって喜びます。
関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | ホーム |  »

プロフィール

のほうず
映画が好きで観るのはいいが、
かたっぱしから忘れていくので
オツムのリハビリ的ブログ。
******************
当ブログの文章・画像およびイラストの無断転載を禁じます。引用される場合は、出典の表記と当ブログへのリンクを設定してください。

FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

お気に召したら
クリックお願いします。
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

スポンサードリンク

↓過去の記事はこちらから!↓

検索フォーム

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

カウンタ