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回路

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(2001年/日本 118分)
監督・脚本/黒沢清 製作/山本洋、荻原敏雄、小野清司、高野力 撮影/林淳一郎 照明/豊見山明長 美術/丸尾知行 録音/井家眞紀夫 音楽プロデューサー/和田亨 音楽/羽毛田丈史
出演/加藤晴彦、麻生久美子、小雪、有坂来瞳、松尾政寿、武田真治、風吹ジュン、菅田俊、哀川翔、役所広司

概要とあらすじ
一人暮しの平凡なOLだったミチ。しかし最近、彼女の周囲では同僚の自殺、勤め先の社長の失踪など無気味な事件が相次いでいた。友達が、恋人が、そして家族までが次々と消えていく。時を同じくして、大学生亮介の自宅のパソコンには、インターネットにアクセスしてもいないのに「幽霊に会いたいですか」という奇妙なメッセージが浮かび上がり、黒い袋に覆われた異常な人の姿が現れた。次第に廃虚となる町で、ミチと亮介は出会い、迫り来る恐怖に挑むのだが……。(映画.comより



インターネットにはびこる亡霊たち

ホラーやサイコサスペンスのイメージが強い
黒沢清監督ですが
あらためて『回路』を観ると、
いわゆるホラー映画作家とは一線を画すことがよく分かります。
音による脅かしや、造形の気味悪さで
怖がらせることが目的ではなく、
終始、曖昧で嫌な感じを画面全体に漂わせ、
人間の不安定な自意識を揺さぶってくるのです。

とくになにも調べずに
自分が感じたことを書き連ねるので
(ま、いつものことだけど)
事実と違っていたらごめんちゃいですが
おそらく、インターネットの登場に触発された黒沢清監督が
実態のない(目に見えない)相手とのコミュニケーションを題材にして、
それを「幽霊」へと置換し、
さらには人が存在するということはどういうことなのか、
というところまで主題を昇華したうえで、
さらにパンデミックなディストピアを描く
エンターテイメントとして作りあげた作品だと
いえるのではないでしょうか。

いまでこそインターネットは
生活になくてはならないものになりましたが、
SNSでのやりとりなど、
よくよく考えると、何処の誰とも分からない人とやり取りし、
または自分の投稿に対する反応に一喜一憂したりしています。
「○○さんへのオススメはこちら!」なんていってくるのは
人間ですらなく、単にプログラムです。
我々はインターネット上で、
一体誰とコミュニケーションをとっているんでしょう。
ましてや本作が作られた2000年頃は
パソコンに詳しい人とそうでない人がはっきりと別れていました。
黒沢監督がインターネットの世界を霊界だと捉えたとするなら、
パソコンやインターネットに詳しい人は
霊媒師のようなもの
です。
本作においては、死者で溢れかえった霊界が満員になったとき、
霊界から追い出されて魂があぶれて出てくるのが
インターネットというわけ。

異なる状況に置かれたふたりの主人公たちには
共通点があります。
最初に登場するミチ(麻生久美子)の部屋にはパソコンがなく
テレビもあくまで簡易のものとして
椅子の上に斜めになって置かれています。
また、ミチが働く観葉植物会社の社長が
「お互い傷つくなら何もしない」という言葉に反して
連絡が取れなくなった同僚の家を積極的に訪問するのは、
ミチが人と面と向かって接する現実的なコミュニケーションを
重視している
からにほかなりません。
ミチが連絡が取れない同僚の家を訪ねるとき、
がらがらのバスに乗っていたのは
『CURE』と同様に、黒沢監督が好きな異界への交通手段でしょう。

一方、大学生の川島(加藤晴彦)
パソコンを持ってはいるもののホコリがかぶった状態
インターネットへの接続を試みるときも
一からマニュアルを参照しなければならないほどですが
なんとかネットに繫がったかと思うと、
いきなり怪しい映像が映し出されます。

それをきっかけに、川島は
理系の春江(小雪)と出会うわけですが
インターネットの闇にとらわれ、
かつ、他者とのコミュニケーションを切望している春江と比べ、
川島はさほど孤独に対して恐怖心がないようにみえます。
川島と春江が密接になればなるほど、
もともとの題材であったインターネット=霊界という図式は薄れ、
バーチャルな人との繋がり(人恋しさ)へと飛躍し、
孤独に対する強迫観念へと繫がっていきます。
さらには、根源的な死に対する恐怖へと到るのですが
川島は、誰でも死ぬときはひとりだよね、くらいの
気楽さを持っているので
春江が取り憑かれたような死に対する観念的な恐怖に
呪われることがないのです。

また、本作に登場するいくつかの「幽霊」は
人間を襲うわけでもなく、なにをするわけではありません。
精神的な闇は生きている人間のほうにあって
生きている人間が勝手に思い悩み、苦しんでいるのでしょう。
ところが、ややこしいのは
廃工場で遭遇した幽霊に川島がつかみかかると確かな感触があり、
幽霊は「ワタシハ、マボロシデハナイ」という
のです。

最終的に、川島は死に囚われてしまいましたが
最後まで彼は生きようとしていたのではないでしょうか。
いつか必ず死ぬと決まっているのに、頑張って生きなければいけない
というのは、まったくもって
人生の不条理としかいいようがありませんが
死ぬときのことや、死んだあとのことを考えて
気を滅入らせるくらいなら、
今を生きようよ
とでもいうような
意外にもポジティブな思いが込められているような
気がします。





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