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コズモポリス

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(原題:Cosmopolis 2012年/フランス・カナダ合作 110分)
監督・脚本/デビッド・クローネンバーグ 原作/ドン・デリーロ 撮影/ピーター・サシツキー 編集/ロナルド・サンダース 衣裳/デニース・クローネンバーグ
出演/ロバート・パティンソン、ジュリエット・ビノシュ、サラ・ガドン、マチュー・アマルリック、ジェイ・バルチェル、ケビン・デュランド、ポール・ジアマッティ

概要とあらすじ
鬼才デビッド・クローネンバーグ監督が、「トワイライト」シリーズでブレイクしたロバート・パティンソンを主演に迎え、若き富豪がわずか24時間で破滅へと向かう姿を描いたサスペンススリラー。ニューヨークの青年投資家エリック・パッカーは、28歳にして巨万の富を築きあげ、金の動きに一喜一憂しながら、愛人たちとの快楽にふける毎日を送っていた。しかし、そんなエリックの背後に暗殺者の影がちらつきはじめ……。原作は、現代アメリカ文学界を代表する作家ドン・デリーロが2003年に発表した同名小説。(映画.comより)



またしても白いリムジン。

「あ、クローネンバーグの新作だ。観にいこ。」
なんて考えるような人は、おそらく
「あ、カラックスの新作だ。観にいこ。」
なんつって『ホーリー・モーターズ』も観に行ったことでしょう。
ほぼ同時期に公開された2本の映画、
それも少なからずクセのあるふたりの監督の新作で
白いリムジンが重要な役割を担って登場することは
偶然にしては出来過ぎ。ジュリエット・ビノシュも登場するしね。
でも偶然。
今後は早押しのクイズ番組で
「白いリムジンが登場する映画といえば……」
「ピンポン! ホーリー・モーターズ!」
「…でぇすがぁ〜、もう1本は何?」
「あああ、そっちかぁ〜!」
という問題が間違いなく出題されるでしょう。(ないない)
正解は『コズモポリス』です。

『ホーリー・モーターズ』の白いリムジンは
自分の人生を演じる舞台の楽屋のようでしたが
『コズモポリス』の白いリムジンは
外界から引きこもるための殻のようなものでしょう。
どちらも移動する室内として存在していますが
『ホーリー・モーターズ』のドニ・ラバンが
外へ飛び出すことを目的として移動しているのに対して
『コズモポリス』のエリック(ロバート・パティンソン)
リムジンの車内に閉じこもったままで
世界を支配しています。いや、
世界を支配していると思い込んでいると言ったほうが
正確かも知れません。
しかも移動するのはたった2マイル!(約3.2km)

クローネンバーグはこの作品の脚本を
たった6日間で書き上げたそうですが
セリフのほとんどはドン・デリーロの原作小説
忠実に再現しているようです。
このセリフがまったくもって難解!
詩の朗読の応酬のような会話はまったく噛み合わず
禅問答のようです。
具体的な言葉が出てきて、一瞬わかりそうになるものの
続くセリフでまたしても突き放され
律儀に言葉の意味を追おうとするとかえって混乱します。
字幕を追っかけるのに精一杯の僕なんぞに
理解できるわけがありません。
だから、理解するのはあきらめました!
あきらめが肝心! わはは!

ただ、冒頭で示される
「ネズミが通貨の単位となった」という言葉が
この作品の多くの謎に答えてくれているようです。
ネットの叡智に助けを借りると
この言葉は原作者のものではなく、
ズビグニェフ・ヘルベルトという詩人の詩からの引用だそうです。
そもそも実体のないお金というものは
ドルでも円でもなく、たとえネズミだったとしても
人は有り難がるものだというような意味が込められています。
価値が本質からどんどん離れ、形骸化していくことへの皮肉です。
「スパッツ」と呼ばれていたものが本質はなにも変わらぬままに
いつのまにやら「レギンス」と名を変えて
新製品としてもてはやされる……そういうことですよ!
(余計なこと言わなきゃよかったような気がする)
街で暴れるデモ隊たちが、ネズミを投げつけたり
ネズミの着ぐるみを着ていたりするのは
「ネズミが通貨の単位となった」という言葉になぞらえて
「おまえら資本家がほしいのはネズミだろ!」
抗議しているわけですね。

ものすごく大雑把に言うと
本来、物々交換じゃ大変だからと開発された通貨というものが
やがてコインも紙幣も関係なく、グラフ上の数字だけの駆け引きに
なってしまっていることが、いかに空疎で恐ろしいことか。
株価や為替の動向に一喜一憂する人を見て
危なっかしいなあと思う反面、株などやっていなくても
貯金通帳を眺めてにんまりしたり、がっかりしたりするのも
大同小異ってやつでしょうか。

28歳の大富豪エリックも、マネーゲームに翻弄され
一日かけて2マイル移動するうちに中国元が暴落し、
破産していくのです。
(2003年に発表された原作では暴落するのは中国元ではなく
 「円」だったようです。これも時代ですな)
白いリムジンに引きこもって
世界の金融市場を操っていたエリックは
徐々に自分の本質の無さ=実体のない価値に気づき始めます。
だんだんクローネンバーグっぽくなってまいりました。
妄想とは? 現実とは? 表象とは? 実体とは?

エリックが生を実感するために求めているのは
食とセックスです。
エリックは食事を摂るときと
妻のエリーズ(サラ・ガドン)に会うときだけは
リムジンの外へ出るのです。
車中とホテルでもセックスしますが
あれはマスターベーションのようなものと考えていいでしょう。
エリックがエリーズに執拗にセックスを迫るのは
(ていうか、結婚してるのに)
セックスをすることで愛情を実感したいのかもしれません。

健康診断を毎日受けるほど、エリックは全てを自分の管理下に置いて
コントロールすることで心の平安を保っていたのですが
「前立腺が非対称」 という医者の診断によって動揺します。
そんなバランスの崩れた状態を彼は受け入れることが出来ないのです。
しかし、徐々に彼は不均衡(非対称)にこそ
生の実感を求めるようになっていくように見えます。
破産が決定的になり、レストランでエリーズを前にしたエリックは
「やっと自由になれる」と言うのです。
自分が実体のない価値観に束縛されていたことを知ったのでしょうか。

エリックの会社の元従業員で、エリックを殺そうとする
ベノ・レヴィン(ポール・ジアマッティ)とのラストシーンも
やはり難解な禅問答の応酬です。
セリフを書き出してひとつひとつ噛み砕けば理解できそうですが
映画を観ているうちは無理!
映像から見て取れるのは、リムジンを車庫に入れて
1人になったエリックがあきらかに嬉々としていること。
そして、ベノが持っている銃がハイテクなものであるのに対して
エリックが持つのは床屋でもらったリボルバー銃であることが
エリックが求めていた肉体性を表しているように思います。

自分の左手を銃で撃ち抜くエリックは
自傷行為による最もわかりやすい痛みという実感を
得たのかもしれません。
自動車事故でエクスタシーを感じる『クラッシュ』
通じるものがあるように思います。

ところで。
オープニングのジャクソン・ポロックで始まり、
エンディングのマーク・ロスコで終わる……と
パンフレットにもあるのですが
ポロックはすぐにわかったものの
エンディングのロスコは正直言ってわかりませんでした。
ジュリエット・ビノシュとのシーンで
ロスコの話が出てきたのはわかりますが、エンディング??
唐突なラストのすぐ後にエンドロールが始まったと
記憶しているのですが……
見逃したんだろうか……そうなんだろうな……
全然憶えてないわ。
近い席のばばあがゴソゴソうるさかったからな。
どんな顔してんのか見てやろうとしたからな。
あのばばあのせいだな。
あっの、くそばばあ!





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コメント

ババアの事にはお気の毒でしたが
多分何回見てもわかんないと思いますよw

2013/10/16 (水) 17:32:05 | URL |   #- [ 編集 ]

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