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愛、アムール

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(原題:Amour 2012年/フランス・ドイツ・オーストリア合作 127分)
監督・脚本/ミヒャエル・ハネケ 撮影/ダリウス・コンジ
出演/ジャン=ルイ・トランティニャン、エマニュエル・リバ、イザベル・ユペール、アレクサンドル・タロー、ウィリアム・シメル

概要とあらすじ
ミヒャエル・ハネケ監督が、前作「白いリボン」(2009)に続き2作品連続でカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞し、第85回アカデミー賞では外国語映画賞も受賞したドラマ。妻が病に倒れたことで穏やかだった日常が変化していく老夫婦の姿を描く。音楽家夫婦のジョルジュとアンヌは、パリの高級アパルトマンで悠々自適な老後生活を送っていた。しかし、ある日突然、妻のアンヌが病に倒れ、手術も失敗して体が不自由になってしまう。ジョルジュは病院嫌いな妻の願いを聞き、車椅子生活になったアンヌを支えながら自宅で暮らすことを決意。2人はこれまでどおりの生活を続けようとするが、アンヌの病状は悪化していき……。(映画.comより)



なんで、2回言うねん!

というのは、
ダウンタウンが発明した笑いのフォーマットですが
「夢、それはドリーム」のような言い回しがギャグになるのは
その格好の付け方が古くさく、ダサいからであって
『愛、アムール』という邦題は、同様の理由でダサいのです。

いくらフランス人がロマンチックな人種だからといって
(これとて勝手な思い込みに他ならないが)
映画のタイトルが『Amour』と聞けば
ある種の白々しさを感じるはずですが
それが「あの」ミヒャエル・ハネケ監督の新作のタイトルだと知れば
そのぶっきらぼうさには何か裏があるはずだと
鼻白むのをやめるでしょう。

曲名でも絵画の題名でも映画の題名でも
そもそもタイトルをつけるときの動機は大雑把に言ってふたつあり、
ひとつは、作品を区別する事以外の意味を
できるだけ成さないようなもの(「風景A」など)。
もうひとつは、作品の答えを暗喩的に込めたものだと思うのですが
この『Amour』はまさに後者に当たるもので
言葉そのものよりも、そのぶっきらぼうな提示の仕方に
作品の意図を感じ取るべきでしょう。
『愛、アムール』という邦題は、ダサいだけでなく
作品の意図までないがしろにする意味で
看過できない罪深さなのです。

無音のオープニングクレジットが続き、
観客席に居心地の悪い緊張感が漂い始めたかと思うと、
文字通り扉をこじ開けて飛び込んでくる救急隊員たち。
彼らがそこで発見したのは
周りに花を散りばめられて、ベッドで静かに眠る老女の死体。
いきなり倒置法で結末を示してしまうのですが
この作品のテーマが謎解きではないことが示されています。

ジョルジュ(ジャン=ルイ・トランティニャン)
アンヌ(エマニュエル・リバ)はともに音楽家の老夫婦で
悠々自適な生活を送っているように見えます。
そんな二人の生活は、アンヌが突然病気を発症したことから
急転していきます。
はじめは狐につままれたような症状だったアンヌは
手術の失敗もあり、肉体的な不自由から
徐々に知能的な不自由へと悪化していくのです。

アンヌは教え子が高名なピアニスト、
アレクサンドル(アレクサンドル・タロー)であり、
(なんと、アレクサンドル・タローは俳優ではなく
 実際に有名なピアニストで、実名で登場しているんだとか!)
彼が子どもの頃、アンヌからどやされたというエピソードからも
文化的に強い美意識を持ち、
高いプライドも併せ持っていることが窺えます。
そんな彼女だからこそ、一度は手術を受けたものの
病院暮らしを受け入れるつもりはないのです。
「二度と入院させないで」と約束を迫られたジョルジュは
回復のためにはもっと治療を受けた方がいいという思いから
(もしくは自分がアンヌの面倒を見る自信がないことから)
とまどいをみせますが、アンヌの想いのほうを尊重するのです。

アンヌの症状が悪化の一途を辿るなか、
ジョルジュとアンヌの二人の日々が
ほとんど1シーン1カットの長回しによって
淡々と描かれていきます。
いわゆるドラマティック・アンダー・スコアと呼ばれるような
BGMや音楽は、登場人物が実際に
CDを聞いていたりするとき以外にはまったくありません。
二人の生活を執拗に観察するようなカメラワークは
観客が退屈に感じてじれてしまうほど客観的ですが
手法に意図を込めるハネケ監督からすれば
この退屈さこそが日常だということでしょうか。

ジョルジュとアンヌは明らかに裕福で
だからこそ、複数の看護師を雇って自宅介護ができるので、
「看護師を雇えない場合はこんな楽なもんじゃない!」と
いいたくなる気持ちもわかりますが
経済的に看護師を雇えないような状況にしてしまうと
二人の暮らしに貧困という余計な要素が入り込んでしまいます。
それは、この作品のテーマにとっては邪魔になるので
経済的に余裕があるという二人の設定は
テーマを踏み外さないために
登場人物に与えられた自由ととるべきでしょう。

ミヒャエル・ハネケ監督は映画.comのインタビューの中で
「私が扱いたかったのは、
 自分が本当に愛している人の苦しみを
 どういう風に周りの人が見守るか、
 そういうことを描きたかったのです」

と言っています。

ジョルジュにクビにされたヘルパーは
まるでペットのトリマーのようにアンヌを扱っていましたから
いわずもがなですが
娘のエヴァ(イザベル・ユペール)の態度は
いかにもありがちで、悪気がないぶんやっかいです。
たまに訪れては、ほかの治療法があるだろうと怒り、
アンヌの姿を見ては涙を流し、
「私はこんなに心配しているのに!」というのです。
エヴァには、たとえ悪気がなくとも
その言動は「自己愛」でしかなく
ジョルジュのアンヌに対する「愛」とは別のものです。
最愛の人が壊れていく過程を目の当たりにしながら
ジョルジュが涙を流すことはありません。
そんな、自分の感傷に浸っている暇などないのです。
エヴァはジョルジュに「どうするの!?」と詰め寄りますが
「私はこうします」ではないのです。
自分の問題だという意識がないからです。
それに対してジョルジュは
「じゃあ、真剣な話をしよう。どうする?
 おまえが引き取って世話するか?
 それともホームにいれるか?」

このあと、このシーンはすぐにカットされ
エヴァがどんな表情をしていたのかは、わかりません。
エヴァを責めるつもりはありませんが
エヴァがいくら母に対する愛情を主張しようとも
既にアンヌと共に生きていないのは明白です。

クソトリマーをクビにしたあと、
ジョルジュはアンヌに水を飲ませようとして
あまりにいうことを聞かないアンヌにいらだち、
手を挙げてしまいます。
ジョルジュとて、そんなに強い人間ではありません。
淡々としているようにみえて、いっぱいいっぱいなのです。
どんなに愛していても、自分の手に負えないと思う瞬間です。
この作品の中で、もっとも悲しいシーンでした。

二人が辿る結末は……ショッキングではありますが
日本でもニュースでよく耳にする話です。
この作品は夫婦の物語ですが、当然親子の場合もあるでしょう。
かくいう僕も、遠く離れた実家で年老いた母親に
ひとり暮らしをさせている一人息子ですが
自分の母親がアンヌのような状態になったとき、
自分はどうすればいいのか、考え続けてはいるものの
そのときになってみないと答えは出せません。
エヴァの状況ともまた違いますが……
要するに、ジョルジュの出した結末が「愛」の正解ではないのです。
当事者の数だけ答えの数もあるでしょう。
その人が「生きている」ということは
当然「心臓が動いている」という意味ではないわけで
「愛」というのは、その相手が望んだような状態にいることを
自分も望むということ
だと……仮にそうしておきましょう。
「愛」とは何なのかなんてさ、
こんなクソブログで答えが出るわけねーじゃん!!

ラストは、ファンタジックな終わり方でした。
ほらね? さすがのハネケと言えども
そう易々と「愛」の結論を示せるわけがありません。
しかし、余計な情緒を描かずに
観察者として事実だけをみせる手法
観客に多くのおみやげを持たせることになりました。
二度出てくる鳩が何を意味するのか、僕にはわかりません。
考えればなんか出てきそうですが、ははは、
憶測に過ぎないのでやめておきます。
ジョルジュが手紙(遺書?)を書くシーンでは
この鳩のことが語られ、文章の内容が字幕で示されますが
あれって、画面ではそもそも文字が判読できないのに
なぜ字幕で表現したのでしょうか。
フランス語がわかる人にはペンの動きでわかるってことなの?
若干、蛇足のニオイがします。

「老老介護」というものは
高齢化が進む日本においても深刻な問題ですが
ヨーロッパでもまったく同じことが起きているという事実に
ハッとさせられました。
しかし、この作品について某読売新聞の映画評で
「テーマが老老介護の作品」とあったのには
首をかしげざるをえません。
たしかに全編にわたって「老老介護」の日々が描かれますが
「老老介護」はあくまでも題材でしかなく
タイトルが示すとおり、これは「愛」を問う映画なのです。
しかもこの映画評では、ヘルパーがクビになった理由は
描かれていないとかいってるけど、ホントに映画見てんのかね?

ハネケ監督は先のインタビューの中で
「病気であるとか、死であるとか、
 そういうものを描いた作品ではなく、
 これは愛について語られた映画なのです。」

と言っています。

関係性に重きを置くハネケ監督らしい言葉ですが
某新聞の映画評のような
「老老介護の映画」だという表面的な捉え方が
観客の間口を広げたのは事実でしょう。

わりと最近観たばかりの『殺しが静かにやって来る』
印象が強いジャン=ルイ・トランティニャンと
『二十四時間の情事(原題:HIROSHIMA MON AMOUR)』
日本とも縁があるエマニュエル・リバの
二人の演技が素晴らしく、
とくに、徐々に痴呆症が深刻さを増すアンヌを演じた
エマニュエル・リバは鬼気迫るものがありました。

ぜひ。





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