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闇のあとの光

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(原題:Post Tenebras Lux 2012年/メキシコ・フランス・ドイツ・オランダ合作 115分)
監督/カルロス・レイガダス 製作/カルロス・レイガダス、ハイメ・ロマンディア 脚本/カルロス・レイガダス 撮影/アレクシス・サベ 編集/ナタリア・ロペス 音響/ジル・ローラン 美術/ノエミ・ゴンザレス
出演/アドルフォ・ヒメネス・カストロ、ナタリア・アセベド、ルートゥ・レイガダス、エレアサル・レイガダス、ウィレバルド・トーレス

概要とあらすじ
「バトル・イン・ヘブン」「静かな光」などで知られるメキシコの鬼才カルロス・レイガダス監督が、カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した長編第4作。メキシコの大自然の中で暮らす若き夫婦と2人の幼い子どもたち。平穏な毎日を送る彼らに、ある日、事件が起こり……。自然の中における人間の生と性を、神もしくは悪魔の視点を介在させつつ、レイガダス監督独自の美しい映像で描く。2012年・第25回東京国際映画祭「WORLD CINEMA」部門で上映され(映画祭上映時タイトル「闇の後の光」)、14年にロードショー公開。レイガダス監督作の日本における初の劇場公開作品となった。(映画.comより



表現はこんなに自由でいいんだ!!

凄い映画を観てしまった……
『闇のあとの光』を観た後で最初に感じたのは
表現にはまだこんな可能性が残されていたのかという
驚きでした。
本作が日本初公開となったカルロス・レイガダス監督のことは
まったく知りませんでしたが
いかなる既成概念にも依拠しない大胆な映画作りに
完全にノックアウトされてしまいました。

冒頭、水浸しの草原で牛と犬と馬が戯れているなかを
幼い少女がはしゃいでいるようすが映し出されます。
(本作に登場するふたりの幼児は監督の実の子供だとか)
美しい夕暮れの風景はやがて雷鳴が鳴り響き、
漆黒の闇に包まれるだけで、どうしようもない不安を感じます。
まるで夢か幻想のように、
デジタル処理された画面の端がぶれて重なる映像
本作の全般にわたって登場しますが
すべてのシーンがそうではないので
表現上なんらかの区別があるはずですが
僕にはわかりません。

とにかく、冒頭のシーンで画面に釘付けなのですが
一転して室内のシーンになって
映画が落ち着きを見せるのかと思いきや、
静かにドアを開けて登場したのは
赤く発光する「なにか」!!
頭と足はおそらく羊の形をしており、
長い尻尾の先は矢印形になっているのをみると
悪魔か、それとも神か。
ゆっくりと部屋をうろつく「なにか」は
なぜか道具箱を手に提げています。
あの道具箱は監督の父親のものだそうですが
「なにか」はなにかを修理する目的で現れたのでしょうか。
眼を覚ました弟に目撃された「なにか」は
弟の前を素通りし、別の部屋に消えていきます。

この「なにか」の出現をきっかけにして
家族が少しずつ歪みを見せる……
というような紹介の仕方を見かけましたが
それすら解説としては怪しいもので
「なにか」を原因にしてなにかの事態が発生したというのは
まだ論理的な思考に囚われているように思えます。
本作は、そのような演繹法的な論理の構築を
すべて拒絶している
ように思います。
いや、拒絶というより意に介さないというべきか。
詩的なイマジネーションの相互作用のほうに
重きを置いているように感じるのです。

その後、飼い犬に対して過度なしつけをする
突発的な暴力、
なにかしらの依存者が集まる集会、
少年のラグビーの試合、大家族のパーティー、
セレブの集まる乱交サウナ、
姉への見せしめとして立派な樹を切り倒せと言う地主
など
ホームビデオを断片的に編集したようなシーンが
続きます。
それぞれは無関係のようでもありながら、
あきらかにどこかで繫がっているものばかりです。
幼かったふたりの子どもたちが成長していたり、
かと思えば幼少期に戻っていたりと
時間軸も縦横無尽に入れ替わります。

それでも、監督によれば
植入者である白人と現地人との関係や生活の格差、
貧困がもたらす犯罪、儀式めいた性の隠された秘密など
メキシコの歴史や社会問題と夫婦生活の破綻を
ない交ぜにして表現している
とのこと。
ありきたりなことを言えば
映画表現には時間が介在するので
どうしてもシーンの時間的な流れにそって
理解しようとしますが、
監督は、いかにしてその映画的時間から逸脱して
詩的な抽象世界を表現するかに腐心しているように感じました。

とはいうものの、登場人物たちには
物語の時間の中でしっかりとした関係性もあり、
そのなかで悲劇が生まれます。
だからといって気をゆるしていると
フアンを撃った男が自分の首を引きちぎって自殺する
という、とんでもないシーンが待ち受けています。
現実に不可能だなどと考えてはいけません。
映像が放つ力に酔うべきです。
そこには理解を超えた納得があるはずです。
本作の映像は、物語を補足するためにあるのではなく、
映像そのものが表現なのです。

これで、エンディングかと思いきや、
最後にラグビーの試合が。
先のシーンで登場したチームは
トライを挙げられたあとで円陣を組み、
「俺たちは優勢だ。チームワークを見せろ」
チームメイトを鼓舞したと思ったら
ばっさりと映画が終わります。
負けているにもかかわらず、優勢だと自分たちを鼓舞するのは
老人たちによるチェスのシーンを思い起こしますが
決着がつくまでは諦めないとでもいうような
ポジティブな生命力を感じさせます。

本作そのものの衝撃はもとより、
表現はこんなに自由でいいんだと
思わせてくれるような作品です。
理解できたかって? んなわけないでしょう。
でも、確実に僕は「なにか」を受け取ったのでした。





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