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百円の恋

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(2014年/日本 113分)
監督/武正晴 脚本/足立紳 製作/間宮登良松 撮影/西村博光 照明/常谷良男 美術/将多 録音/古谷正志 編集/洲崎千恵子 衣装/宮本まさ江 音楽/海田庄吾
出演/安藤サクラ、新井浩文、稲川実代子、早織、宇野祥平、坂田聡、沖田裕樹、吉村界人、松浦慎一郎、伊藤洋三郎、重松収、根岸季衣

概要とあらすじ
松田優作の出身地・山口県で開催されている周南映画祭で、2012年に新設された脚本賞「松田優作賞」第1回グランプリを受賞した足立紳の脚本を、「イン・ザ・ヒーロー」の武正晴監督のメガホンで映画化。不器用でどん底の生活を送っていた女性が、ボクシングを通して変化していく姿を描いた。実家でひきこもり生活を送る32歳の一子は、離婚して出戻ってきた妹とケンカしてしまい、やけになって一人暮らしを始める。100円ショップで深夜勤務の職にありついた一子は、その帰り道に通るボクシングジムで寡黙に練習を続ける中年ボクサーの狩野と出会い、恋をする。しかし幸せも長くは続かず、そんな日々の中で一子は自らもボクシングを始める。14年・第27回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門で作品賞を受賞。(映画.comより



「もらとりあむイチ子」の「レイジング・ブル」

予告編を観たときから期待に胸膨らませていた
『百円の恋』
主人公の人間的成長と取り組んでいるなにかしらの上達が
クライマックスで結束点を迎える過程

見どころになるタイプの映画だろうと予測しておりましたが
物語のフォーマットはそのとおりの
本当によくある話です。
それでも、登場人物がなにかを上達させていくさまというのは
単純にワクワクするもので
コンビニの店内でボクシングの練習をする
安藤サクラのフットワークを観て、
これは面白いに違いないと確信したのです。

ありきたりになりかねないプロットを力業で牽引するのが
一子に扮する安藤サクラでしょう。
2週間しかない撮影期間中に
一度太ってから絞る
という離れ業をやってのけています。
デニーロ? いやいや、ベールかよマコノヒーかよ!
てなところですが
この肉体改造が作品に強烈な説得力を与えているのです。
甥っ子と並んでテレビゲームをする後ろ姿が映る冒頭のシーンで
たるんだわき腹が披露されますが、
惜しむらくは、
祐二(新井浩文)との初デートの前に
下着姿で鏡の前に立つシーンで
ぶよぶよの全身を十二分にみせて欲しかった
ところ。
いくらなんでも2週間ではあれが限界でしょうか。

もうひとつ、安藤サクラがこの作品に与えた説得力は
ボクシングの技術でしょう。
これを「ボクサーになりましたとさ」というテイでやられると
クライマックスの試合のシーンなどは
一気に空々しいものになってしまいます。
『映画秘宝』2015年2月号のインタビューによれば
もともと中学生の頃にボクシングの経験はあったそうですが
この作品のために積んだという3カ月のトレーニングで
あれほど「魅せる」フットワークを身につけるのは
凄いとしかいいようがありません。
しかも、当初の脚本では
ボクシングがこれほど比重を持っていなかったところ、
安藤サクラのあまりの仕上がり具合をみた武正晴監督
路線を変更したとのこと。
結果的に、日本映画独特の
「ミニマルなすかし笑い」に逃避することなく、
ズドンと一本、芯の通ったエンターテイメントになったと思います。

やっと実家を飛び出て一人暮らしを始めた
32歳の「もらとりあむイチ子」
コンビニで働くうちに37歳のボクサー祐二と知り合い、
おそらくは一子にとって初めての恋愛関係に。
「刺身のつま」新井浩文扮する祐二も
他人とまともなコミュニケーションが取れる人間ではなく、
すべてにやさぐれた、だらしのない男なのですが
買いに来たバナナを忘れて返るくらいの放心状態で
一子に対するあきらかな恋愛感情がみてとれます。
祐二の引退試合を観戦した一子は
ボクサー同士の殴り合いと、試合後に健闘をたたえ合う姿に魅了され、
ボクシングを始めることに。
要するに一子は、殴り合いにしろたたえ合いにしろ、
他者とのコミュニケーションに飢えているのです。
(もちろんそれは、自業自得なのですが)
ちなみに、祐二が所属し一子が通うことになるジムは
高田馬場に実在し、名前も劇中と同じ
「青木ボクシングジム」です。

一子のバイト先のコンビニにまつわる
サブキャラクターも多彩で、
鬱病の雇われ店長
賞味期限切れの弁当をもらいに来る(奪いにくる?)ばばあ、
ちゃらんぽらんなおしゃべりバツイチ男、
「マジかよ」しか言わない小僧
など
どれも癖のあるキャラクターですが
やっぱりこれもボクシング映画という芯が通っているからこその
彩り
なわけで、
このデタラメな人間しか登場しないコンビニが
物語の中心にならなくて本当によかったと思います。
この作品は基本的に登場人物の顔にカメラが寄ることはなく、
それはそれでいいのですが
あまりにも顔つきからその人となりが感じ取れないので
弁当ばばあを演じているのが根岸季衣だと気づくのに
随分時間がかかりました。

演出にも細かなアイデアが感じられます。
いつもカップヌードルを食べているボクシングジムのボスが
カップヌードルを食べ終わった瞬間に
「飯にいこう!」
なんていうのは笑いどころですが
一子の歩き方やちょっとした挙動などで
そのときの心理状態をコミカルに表現しているし、
(例えば、家から飛び出したばかりの一子のぞんざいな歩き方と
 夜のジムに祐二が忘れたバナナを届けに行ったときの
 おどおどした前屈みの歩き方の違いとか)
一子と祐二が初デートで軽トラに乗っているシーンで
歯周病でドブのような口臭の一子が話すときに
口に手を当てている一瞬のカット
などが
繊細な演出を感じさせてくれます。
また、アパートを飛び出して
ロードワークにいく一子を捉えたシーンでは
違う服装の一子が交互にカットバックされ、
一子のロードワークがその日だけのものではなく、
連日に渡って行なわれていることを
簡潔に表現している編集も見事です。

白眉は、風邪をひいた一子が
祐二が焼いたデカいステーキを食べる長回しのシーン。

風邪引いてるっつーのに、消化の悪そうな特大ステーキを買って
(しかも一子の金で)
カチカチに焼いてしまう祐二の頭の悪さと
彼なりの不器用な愛情が伝わり、
表情は見えないけれど、笑ってしまってから泣き崩れる
一子の喜びも感じられて、
可笑しくも愛おしいシーンでした。

32歳で処女の一子が
おしゃべりバツイチにレイプされただけでも
ルサンチマンの炎を燃やすには十分な悲劇ですが
なんとなく付き合っているような感じの祐二が
豆腐屋の女のもとへ逃げて、
さらに追い打ちをかける
あたりは
かなりサディスティックです。
一見、自立を果たしたかにみえる一子は
じつは祐二という恋人(?)の存在に
あいかわらず依存していたので
彼女が本当に立ち上がるためには
祐二の存在すら断ち切る必要があるのです。

本格的にボクシングのトレーニングを始めた一子の姿には
単純にワクワクしてしまいます。
繰り返しますが、そのワクワクは
安藤サクラの肉体と形相による説得力あってこそです。
このあたりから僕の涙腺は決壊寸前なのです。
若者に対してなら「10年早いんだよ!」というところを
ジムのボスの「10年遅いんだよ!」という言葉に
心が痛みます。

やがて、試合の日を迎える一子。
リングに向かう一子の顔は引き締まり、目つきまで違います。
鎖骨や、肩から二の腕に至るしなやかな隆起をみるだけでも
単なる脂肪を落とすダイエットとはちがう
シャープな筋肉
を身につけていることがわかり、
これまた単純にカッコイイのです。
いざ試合が始まった時には
僕の涙腺はガバガバなのですが
なんとか嗚咽を漏らさずに持ちこたえているところに
観戦に来た一子の妹をカメラが捉えると
涙腺が崩壊してしまいます。
父親でも母親でもなく、妹でグッとくるのは
自分でも理由がよくわかりませんが
ああ、あんなに仲が悪かった相手と
いま心が通じ合っているーと思うと
もう、たまらんのです。

初めての試合でボコボコにされ、
白目をむいて倒れる一子。
これをできる女優が安藤サクラのほかにいるでしょうか?
ラストの試合後のシーンで、
一子と祐二が安易に抱き合ったりしないのがこれまたいい。
一子の戦いぶりに感銘を受けたと思しき祐二が
「飯でも喰いにいくか」と一子の手を取るのはいいけれど
あんなにだらしないバカ男が
そんなにあっさりと人が変わるはずもないので
油断は禁物。
それを察してというわけじゃないかもしれないけれど、
初めて自分で挑んだ戦いを敗戦で終えて悔しがる一子が
簡単に祐二に慰めてもらおうとはせず、
手を引く祐二を拒む姿に
彼女の本当の自立をみた
気がしました。

俳優の肉体と演技が物語を牽引するという
ストレートでありながら強い説得力を持つ
魅力的な作品でした。
テーマ曲は耳障りなだけだったけど。





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2015/01/24 (土) 16:05:57 | | # [ 編集 ]

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