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ゴーン・ガール

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(原題:Gone Girl 2014年/アメリカ 148分)
監督/デビッド・フィンチャー 製作/アーノン・ミルチャン、ジョシュア・ドーネン、リース・ウィザースプーン、シーン・チャフィン 原作/ギリアン・フリン 撮影/ジェフ・クローネンウェス 美術/ドナルド・グレアム・バート 衣装/トリッシュ・サマービル 編集/カーク・バクスター 音楽/トレント・レズナー、アティカス・ロス
出演/ベン・アフレック、ロザムンド・パイク、ニール・パトリック・ハリス、タイラー・ペリー、キム・ディケンズ、パトリック・フュジット、キャリー・クーン、デビッド・クレノン

概要とあらすじ
「セブン」「ソーシャル・ネットワーク」の鬼才デビッド・フィンチャー監督が、ギリアン・フリンの全米ベストセラー小説を映画化。「アルゴ」のベン・アフレックを主演に、ロザムンド・パイク、ニール・パトリック・ハリスらが共演。幸福な夫婦生活を送っていたニックとエイミー。しかし、結婚5周年の記念日にエイミーが失踪し、自宅のキッチンから大量の血痕が発見される。警察はアリバイが不自然なニックに疑いをかけ捜査を進めるが、メディアが事件を取り上げたことで、ニックは全米から疑いの目を向けられることとなる。音楽を、「ソーシャル・ネットワーク」「ドラゴン・タトゥーの女」でもタッグを組んだインダストリアルバンド「ナイン・インチ・ネイルズ」のトレント・レズナーと、同バンドのプロデューサーでもあるアティカス・ロスが共同で担当。(映画.comより



演じている自分をさらに演じる、ビバ結婚!

これは観たい!と思う映画があるときはいつも
それ以上の情報はできる限り遮断するようにしているので
公開前の11月発売の『映画秘宝1月号』
デビッド・フィンチャー監督『ゴーン・ガール』
大々的なネタバレとともに原作と映画との違いを比較する記事があっても
チラ見すらしませんでした。
あとは、映画館と上映時間を調べるのみ。

それでも、どうしたって情報が入ってきてしまいます。
ある朝、突然姿を消した妻の捜索が始まる、という
物語の基本設定に加えて
作品の魅力を紹介するために使われる短いコピー、
たとえば公式サイトにある
「あなたは愛する人のことをどれだけ知っていますか?」
というコピーを見ただけで
妻の失踪には妻自身が関係していることはわかります。
僕にも、どうやら妻の失踪は妻自身の狂言だなと
察しがついておりました。
だから前半で、ニック(ベン・アフレック)が混乱に陥り、
妻殺しの殺人犯へと仕立て上げられようとするさまをみても
冤罪なのか真犯人なのかというところに
ミステリーの面白さを感じることはありませんでした。
なぜなら、必ずや失踪した妻は登場するはずだから。

では、つまらなかったのかといえば
そうではありません。
この作品は、妻エイミー(ロザムンド・パイク)の失踪が
じつはエイミー自身が夫ニックを殺人犯に仕立て上げるために
綿密に計画した狂言だったー! という、
どんでん返しで驚かそうとするミステリー映画ではない
のです。
その証拠に、前半の大いなる前振りののちに
失踪中のエイミーは早々に登場します。
そこからニックとエイミーが繰り広げるサスペンスこそが
この作品の魅力なので、
ネタバレすると楽しみが台無しになる類の映画ではありません。

この物語の発端となる妻の失踪と
同情されたかと思えば殺人を疑われるニックを描いた前半は
2002年に実際に起きた「スコット・ピーターソン事件」
モデルにしています。
この事件では、妻は夫に殺されていたのですが
じつはそれが妻の狂言だったというのが原作で創作された部分です。

冒頭、朝っぱらから「THE BAR」でスコッチを飲むニック。
Tシャツ姿が妙に色っぽいバーテンの
マーゴット(キャリー・クーン)とは親密そうだけれど
この時点では関係性がわからず、
じつはニックとマーゴットは双子の兄弟で
「THE BAR」はふたりが経営しているということが
あとになってから、さりげなくわかるという構成が見事。
しかも「THE BAR」の所有者はエイミーという事実も。
カウンターで、マーゴットと「人生ゲーム」で遊ぶニックが
おなじみの自動車の形をしたコマに
子供が生まれたことを示すピンを刺していた
のは結末を暗示する伏線で
観終わったいま思い返すと、さらに感慨深い。
映画の始まりは朝の6:50くらいで
その流れのままバーのシーンとなるのですが
じつはニックがバーを訪れたのは11:00ごろ。
そのタイムラグの間にニックが何をしていたのかも
彼がアリバイを疑われる要素のひとつになっています。

帰宅したニックは、壊されたガラステーブルを発見し、
エイミーの不在に事件性を感じて警察に通報します。
捜査に現れたボニー刑事(キム・ディケンズ)が女性であることと
(なぜ彼女がいつもコーヒー片手で捜査するのかわからないが)
後半でニックが雇う弁護士ターナー(タイラー・ペリー)
大柄な男性だというのは示唆的です。
これは女 vs 男の戦いなのだっ!

エイミーが日記を綴りながら語る回想とともに
ニックとエイミーの出会いから現在に至るまでの経緯を辿ります。
ま、その日記も
エイミーがニックを陥れるために仕込んだアイテムで
出会った当時のバカみたいに浮かれた文章が
徐々に深刻さを深めるように意図的に文体を変化させているのですから
どこまで信用すべきかわかりませんが、
半分燃やされた日記が発見された後のニックへの取り調べからすると
密月時代の事実関係に偽装はないもよう。

エイミーは、作家である母親が書いた人気小説
『アメイジング・エイミー』(字幕では「完璧なエイミー」)のモデルで
それなりに有名な人物だということが
失踪後にメディアとゴシップ好きな大衆を喜ばせる要因になっていますが
「完璧」といわれる『アメイジング・エイミー』の主人公と、
現実のエイミーには当然ながら開きがあり、
自分の娘をモデルにして完璧な少女が主人公の小説を書く母親の
高慢な人格と娘に対する過度な期待
は十分に窺えます。
母親の高慢さは娘のエイミーにも受け継がれ、
答えを知っているのは自分だけで解答者を手玉にとろうとする
三択問題の出題が仕事というのも、さもありなん。
おそらくエイミーは『アメイジング・エイミー』の主人公と
本来の自分との格差にそれなりに思い悩んだ幼少期を過ごしたはずで
母親との関係と『アメイジング・エイミー』が
彼女のねじ曲がった支配欲を育んだのではないでしょうか。

とはいえ、エイミーが母親から受け継いだのは性根の悪さだけではなく
知性と実行力も母親譲りだと思えるのは
エイミーが失踪した夜、
ニックが妹マーゴットの家で呑気に寝ているあいだに
エイミーの母親はエイミー捜索のためのボランティア団体を起ち上げ、
情報を募るサイトまで開設していた
ことです。
それに引き替え、エイミーの母親に付き添っているだけの父親や
ニックたち男どもの頼りなさといったら……情けない。
(ニックの父親は、さらに頼りにならない状態)

すべてはエイミーの策略によるものだとわかっていても、
後半になってエイミーが実行した真実が明らかになると
その計画の周到さにお口あんぐり。
車を運転しながら日記を書くのに使ったペンを捨てていくシーン
痛快ですらあります。
彼女の意のままに計画は進んでいましたが
彼女はミスを犯し、所持金をすべて奪われます。
エイミーがコントロール出来なかった唯一の人間は
あとさき考えないバカだった
ことが面白く、
エイミーから金を奪った女が残していく
「世の中には悪い人間がいるのよ」というセリフが効いています。

途方に暮れたエイミーが思いついたのは
高校時代のストーカー、デジー(ニール・パトリック・ハリス)
大金持ちのデジーに助けられたと思ったのもつかの間、
念願叶ったデジーはエイミーを別荘に幽閉し、
常に監視しようとするのです。
エイミー、ピンチ。
そのかたわら、敏腕弁護士ターナーを雇ったニックが
潔白を訴えるために行動を始め、
メディアを通じたエイミーとニックの攻防戦が見物になります。

それでも、悪知恵が尽きることないエイミーは
あいかわらずの周到さでデジーを殺害し、
なんと、命からがら逃げてきたというテイで
ニックのもとへ還ってくる
のです。
事情聴取を受け、ニックとともに帰宅してシャワーを浴びるまで
エイミーはデジーの返り血を浴びたままなのは完全に異常だし、
不審点が多いエイミーの供述を鵜呑みにして
すぐに解放してしまう警察やFBIの行動も不可解だし、
ニックたちが真相を訴えないのも納得いきません。
すべてが世の中にどう受け止められるかに終始していることに
不満が残りますが
自分が思い描いている本当の自分というやつも
他人からどう見られているか、もしくはどう見られたいか
という対称性の中にある
と考えれば納得がいきます。
この作品は、失踪事件や偽装工作によって
サスペンスフルにデフォルメされているけれど、
『レボリューショナリー・ロード(2008)』
『ブルー・バレンタイン(2010)』のような
結婚生活にまつわる騙し合いやパワーバランスを描いている
考えるほうが妥当なように思えます。
それは、最後にエイミーがニックに対して
トドメとして差し出す事実からも窺えます。
「妊娠」というのものは、子どもが産まれるという喜びはあるけれど
ニックのようなすべての男に
人生を観念させる切り札にもなるのです。

とはいえ、エイミーは
自分の人生に何を望んでいるのかわからなくもなります。
世間を騙し、ニックを陥れることそのものに快感を覚えているとしても
彼女自身も被害者を演じ続けなければならないわけで
彼女にとって幸せとは何なのかを考えざるを得ません。

この作品はミステリー映画ではないといいましたが
前半でニックが殺人犯だと疑われる過程を
やっぱり本当はこいつが殺したんじゃないかと
メディアの偏向報道に左右されるバカな連中と同じように
エイミーに翻弄されたかったし、
後半でのニックの巻き返しも
もうちょっとエイミーを追い詰めるところまで
見てみたかったという、
ないものねだりをしたい気持ちがないワケじゃないけれど
いかにもデビッド・フィンチャーらしい作品でした。





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