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そこのみにて光輝く

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(2014年/日本 120分)
監督/呉美保 製作/永田守、菅原和博 原作/佐藤泰志 脚本/高田亮 撮影/近藤龍人 照明/藤井勇 録音/吉田憲義 美術/井上心平 編集/木村悦子 音楽/田中拓人
出演/綾野剛、池脇千鶴、菅田将暉、高橋和也、火野正平、伊佐山ひろ子、田村泰二郎

概要とあらすじ
芥川賞候補に幾度も名を連ねながら受賞がかなわず、41歳で自ら命を絶った不遇の作家・佐藤泰志の唯一の長編小説を、綾野剛の主演で映画化。「オカンの嫁入り」の呉美保監督がメガホンをとり、愛を捨てた男と愛を諦めた女の出会いを描く。仕事を辞めブラブラと過ごしていた佐藤達夫は、粗暴だが人懐こい青年・大城拓児とパチンコ屋で知り合う。ついて来るよう案内された先には、取り残されたように存在する一軒のバラックで、寝たきりの父、その世話に追われる母、水商売で一家を支える千夏がいた。世間からさげすまれたその場所で、ひとり光輝く千夏に達夫はひかれていく。しかしそんな時、事件が起こり……。(映画.comより



「底」からでも朝日は昇る

公開規模はそれほど大きいわけではないのに
じわじわと評判が伝わっていった
『そこのみにて光輝く』
これが作品の実力ってやつでしょうか。
いつものように見逃した僕も
やっとDVDで観ることができました。
呉美保監督の作品を観るのはこれが初めてですが
これは、前作の『オカンの嫁入り(2010)』にも
目を通さねばなるまいと思っている次第です。

やっぱり、いつものとおり
佐藤泰志の原作は読んでおらず、
どうやら原作とはかなり違う部分が多いようですが
無学な僕でもこの作品の世界からすぐに思い当たるのは
中上健次です。
ただ経済的に恵まれていないというだけでなく、
どんなにあがいても自分の力では抜け出せない、
もがけばもがくほど深みにはまるアリ地獄のような
絶望のループ構造
を描いているという点においては
共通しているものがあるような気がします。

主人公・達夫を演じる綾野剛
いまやひっぱりだこの人気俳優ですが
それでなくても腫れぼったい彼のまぶたが
この作品ではより一層重そうに見えます。
なにやら撮影期間中、役作りのために
その日の撮影が終わるとすぐに飲みに行き、
半ば二日酔いで翌日の撮影を迎えていた
そうで、
パチンコ→散歩→酒→寝るが生活の基本パターンである達夫の
いかにもダルくて重そうな仕草に
反映されています。
また、二日酔いの鈍い倦怠感というのは
この作品全体に漂っている空気でもあると思います。

パチンコ屋の店内で、
拓児(菅田将暉)が達夫にライターを貸してくれと
声をかけてきたのをきっかけに
ふたりは知り合います。
この拓児のキャラクターが最高です。
菅田将暉は『共食い』のうじうじした印象とは打って変わり、
元気で素直な馬鹿を好演しています。
伸びきった金髪の根元の黒さ歯の汚さ
いつも同じシャツと赤い短パン姿などから
拓児の「育ち」が一目で分かります。
この作品は、バカに向けてバカが作った映画と違い、
説明的なセリフは一切ありません。
観ればわかることならみせればいいのです。
だって、映画なんだから。

そして、達夫と恋に落ちる千夏を演じた池脇千鶴は、
これぞ本領発揮というべき素晴らしさです。
池脇千鶴はモデルのようなナイズバディとは言いがたく、
顔も美人と言うには幼すぎる童顔。
にもかかわらず、いや、だからこそ、
強烈なリアリティを持ったエロスを放っています。
『ジョゼと虎と魚たち』でもアナルセックスしてましたが
(してない、してない。設定がね)
今作でも、堂々たるセックスシーンを演じていました。
なにしろ、地元有力者の愛人であり、売春もしている千夏が
達夫とセックスするのは特別な意味があるはずで
ただ濡れ場がありますというのとはわけが違うはずです。
ちゃんと、達夫が千夏の乳首を口に含んでいたのは
呉美保監督の演出によるところでしょうが、グッジョブです。
(おっぱいの周りに顔をこすりつけるだけのセックスシーンは
 もう勘弁してくれ。)

貧困が原因の不遇、
非常に狭小なコミュニティでのがんじがらめの「腐れ縁」など
千夏にはさまざまな束縛と重圧がまとわりついています。
それにひきかえ、達夫は千夏一家とはそもそもの境遇が違い、
達夫の鬱屈は職場での個人的なトラウマによるもので
困難にせよ脱出不可能というわけではありません。
事実、拓児に連れられて
初めて千夏の家(というか掘っ立て小屋)を訪れたとき、
あまりに貧しい生活ぶりを目撃した達夫はたじろいでいました。
だからこそ、達夫が玄関をまたいで家の中に入るとき、
ことさら足元がクローズアップされて

この家族と関わることの重さを強調していたのです。

達夫と千夏に共通しているのは
血縁、とくに親との関わりではないでしょうか。
千夏の場合は、
脳梗塞で倒れて寝たきりの父親が、それでも性欲を持て余していて
尋常ではない「介護」を強いられていますが
達夫も、妹からの手紙で説明されるように
死んだ父親の墓をどうするのかと、
子供としての役割を果たせと迫られています。
これには僕の個人的な境遇もあって
共感するところが大いにありました。
十代で海外留学とか、海外移住とかいう話を聞くと
結構なことだけど、親はどうすんの? と、すぐに思ってしまいます。
束縛されているといえば、そうなのかも知れませんが
じゃあ、誰が親の世話をするのかといえば選択の余地はないわけで
親の世話をすることを面倒だとか、ましてや不遇だとか感じるわけでもなく
あたりまえの責務だと受け入れて、
それを放棄することはありえないのです。

そのうえで、達夫が千夏との結婚を決意した際に
「家族が欲しくなった」と打ち明けるのは重要で
自分が誰かに愛されたいという感情よりも
誰かを愛したいという想いのほうが強くなったことを表しています。
誰かに愛されているということよりも、
自分が誰かを愛しているという実感を得るほうが
生きる力になるものです。

拓児が最後の凶行に及んだときに
僕が心の中で「殺せ! 殺せ!」と叫んでいたとか、
達夫と千夏のセックスシーンの照明の変化とか、
函館を舞台にしているのにご当地映画の雰囲気はまったくないとか、
音楽の使い方が絶妙だとか、
焼きめし、カップラーメン、ジンギスカン、カレーなどの
食事を用いた表現も魅力的だったとか、
高橋和也火野正平の怪演も素晴らしかったとか、
書きたいことはいっぱいあるのだけれど
(それはいい映画だからこそなのだけれど)
とめどなくなりそうなので適当にするとして、
もし、祭の時に拓児が起こした傷害事件を報道で目にすれば
ああ、またどうしようもないバカがどうしようもないことをやったな
で、終わってしまうニュースでも
今作を観ればわかるように、
こんなバカをしでかすにもそれなりのワケがあるというこが
伝わるのではないでしょうか。
他人の人生は、そう簡単にはあなどれないのです。

とまあ、誰もが魅入ってしまう傑作には違いないのですが
あえて難点をあげつらってみれば
「パンチ de デート」かと思うほど(古いな。古すぎるな)
達夫と千夏が一目あったその日から恋の花を咲かせるのは、
どうなのよ
と思いました。
だってそうなんだもん♡と言われればそれまでですが、
千夏の境遇からすれば、男に対する猜疑心は相当強いはず
たとえ達夫が誰もが恋するイケメンだったとしても、
即座に心を許すのは、性急すぎるように感じました。
千夏が達夫をこのひとこそはと思うに値する、
なにかしらのきっかけがほしかったところ。

一晩中、拓児を探し回った達夫が千夏の家を訪れたとき、
父親に対する千夏の「介護」が
ついに度を超えてしまった
かのように見せかける編集のだましっぷりに
まんまとひっかかったあと、
頭を起こした父親が二言なにかを言うのですが
何度DVDを巻き戻して確認しても、
僕にはセリフが聞き取れませんでした。
どうやら「ちなつぅ」と言っていたみたいですが
結構、肝心なセリフなだけに残念でした。

ラストシーンで、
達夫と千夏の後ろで朝日が輝いているのは
間違いなく希望を意味しているはずです。
『そこのみにて光輝く』の「そこ」とは、
おそらく「底」の意味も含んでいると思いますが
社会の底辺にいるから輝いてみえるんだとしたら
淋しすぎるじゃありませんか。
おそらく、この映画を観た誰もが
達夫と千夏に輝く未来が待っていることを願うでしょう。
なにが幸せなのかわからないけれど、
とにかく達夫と千夏には「底」から脱出して欲しいと思います。

あ、拓児が出所したら
なんかうまいもん喰わせてやってくれ。





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