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ドニー・ダーコ

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(原題:Donnie Darko 2001年/アメリカ 113分)
監督・脚本/リチャード・ケリー 撮影/スティーブン・ポスター 音楽/マイケル・アンドリュース
出演/ジェイク・ギレンホール、ジェナ・マローン、メアリー・マクドネル、ドリュー・バリモア、パトリック・スウェイジ、ホームズ・オズボーン、キャサリン・ロス、ノア・ワイリー、マギー・ギレンホール

概要とあらすじ
88年、米マサチューセッツの小さな町。精神科医に通う投薬治療中の高校生ドニーの前に、ある夜、銀色のウサギが現れ、あと28日で世界が終わると告げる。それからドニーの周囲で奇妙なできごとが起きていく。仕掛けのあるドラマ作りが話題。脚本を読んだドリュー・バリモアが製作を担当して出演、ノア・ワイリー、キャサリン・ロス、パトリック・スウェイジらが共演。音楽はデュラン・デュランなど80年代のヒット曲多数。(映画.comより



大量の謎と大量のヒント…答えは?

難解かつ、一部に熱狂的なファンを持つカルト映画、
『ドニー・ダーコ』
確かに鑑賞後にきょとんとする映画には違いありません。
それでも、主人公ドニー(ジェイク・ギレンホール)
死んでしまう直前まで時間を遡って運命の流れを変え、
自分の命と引き替えに周囲の人たちを救うという物語
の大筋は
おそらくほとんどの人が理解しているはずでしょう。
ただ、それにまつわる多くの謎が気易い理解を拒むのです。
DVD特典映像の監督インタビューでは
「何回も見返したくなるような映画を作りたかった」といっているように
かなり意図的に説明を避けているようにも思います。
だからこそというべきか、
細かく散りばめられた大量のヒントを手がかりに
この作品に込められた謎を解いていく楽しみが生まれるというもの。
もちろんそれには、理解する前に
「なんか面白かった」と感じることが重要で
「なんか面白かった」の先を知りたくなった僕は
メモをとりつつDVDを見返し、ネット上の意見を参考にしながら
自分なりの答え合わせをしたのです。

この作品を、何も知らずに観ていると
序盤は、観客が容易に感情移入できそうな
あまりイケてない主人公ドニーを中心にした
学園ドラマ、もしくはヒューマンドラマの様相を呈しています。
あとから思えば、学校のシーンで
スローモーションや早送りになるカットがあったのは
時間にまつわる演出
だとわかります。

夢遊病のような症状があるドニーは
母親に悪態をついた10月2日の夜
ウサギの着ぐるみを着たフランクに「起きろ」と呼び出され、
「お前を見ていた」
「世界の終わりまであと28日と6時間と42分12秒しかない」

と告げられます。
時間がないことを伝えるフランクがウサギであることは
すぐに『不思議の国のアリス』の白うさぎを連想させますが
翌朝ゴルフ場で目が覚めたダニーが帰宅すると、
自宅のダニーの部屋に飛行機のジェット部分が墜落していたのです。
ダーコ一家は連邦航空局が用意したホテルへ一時的に宿泊するのですが
ホテルのベッドに横たわったドニーの父親と母親が
ドニーの将来を案じたかのように何気なく会話する
自分たちが学生時代の卒業直前に死んでしまった同級生が
「フランキー」という名前
なのも物語と無関係だとは思えません。

さて、カレン先生(製作者でもあるドリュー・バリモア)の授業中に
やってきたワケあり転校生グレッチェン(ジェナ・マローン)
ドニーとつき合うことになるのは
ドニーが学校の水道管を破裂させて学校が休校になったのがきっかけ。
このようにウサギに導かれているドニーは
「案内してやる」という一言のナレーションに従って
物理のモニトフ先生(ノア・ワイリー)を訪ね、
タイムトラベルのことを質問します。
そんなことに興味を持ってくれる生徒が嬉しいのか
モニトフ先生はホーキング博士を引き合いに出しながら
好意的に説明してくれます。
カレン先生とモニトフ先生は恋人同士であり、
ふたりとも現実に鬱屈を抱えているようすで
さらにはドニーに一目置いているようす。

モニトフ先生とダニーの会話で登場するのが
タイムトラベルの出入口となるワームホールで、
最近では『インターステラ—』でも登場した
現代の科学理論で考えられている時間をワープする穴です。
こういうところが、単なるSFファンタジーではないので
余計に話をややこしくさせていたりします。
ところが、ウサギがドニーを導いたのはモニトフ先生ではなく、
モニトフ先生を通じて紹介される
「死神オババ」と呼ばれるR・スパロウであり、
彼女が書いた「タイムトラベルの哲学」という本なのです。
R・スパロウは、尼さんから科学の教師になり、
この本を出版して教師を辞めたと語られているように
どうやら科学の勉強を進めるにつれて
神の存在を否定するようになったと考えていいでしょう。
あくまで推測の域を出ませんが
R・スパロウがいつも車に轢かれるように道の真ん中に立っているのは
自分の死によって「その時」が訪れるのを期待し、
郵便受けをのぞいているのは
未来からの手紙を待っているからではないでしょうか。
ともかく、死神オババはドニーに
「生き物は皆孤独に死ぬ」という謎めいたメッセージを伝えるのです。

明らかに作品の方向性が変化し、観客を困惑に陥れるのが
テレビでアメフトの試合を観ていたドニーの父親の
みぞおちあたりから出てくる液体状のグニョ〜でしょう。
グニョ〜が一体なんなのか、明確には応えられませんが
精神的ななにかの表現なのは間違いないでしょう。
自分のグニョ〜に導かれたドニーは
両親の寝室から一丁の拳銃を手にします。
その後、ドニーの暴力性は増しますが
鏡のなかに映るウサギの右目を包丁で刺すのをみれば
ウサギがドニーのオルターエゴ(別人格)だとわかります。

やっぱり、ウサギに導かれたドニーが
自己啓発セラピストのジム・カニングハム(パトリック・スウェイジ)
家に放火すると、なんと焼け跡から「児童ポルノの館」が出現。
ジム・カニングハムは告発されます。
過剰に保守的なファーマー先生(ベス・グラント)
ジム・カニングハムの児童ポルノ嗜好を陰謀だと考えて
彼の潔白を晴らすために戦う構えをみせ、
本来自身の役割だったダンスチームの引率の代役を
ドニーの母親(メアリー・マクドネル)に依頼するのでした。
そのダンスチームには、ドニーの妹サマンサ(デイヴィー・チェイス)
メンバーとしていたのでした。

両親が不在のタイミングで
ドニーの姉(マギー・ギレンホール=ホントの姉!)
大学合格祝いのパーティを催され、
ドニーとグレッチェンが結ばれたあと、
慌てた様子のドニーはグレッチェンと友人を引き連れ、
R・スパロウの家の「地下室の扉」へ急ぎます。
いったい、そこになにがあるのかと思いきや
能無しチンピラと遭遇。
格闘しているうちに一台の車が猛スピードで現れ、
横たわったグレッチェンをひき殺してしまいます。
車から降りてきたのは、ピエロの格好をした男と
あのウサギ。
怒りにかられたドニーはウサギの右目を拳銃で撃つのです。

すべてを悟ったかのようなドニーは
死んだグレッチェンを車に乗せて見晴らしのいい場所まで
車を飛ばします。
そのとき、空にはおそらく時空の切れ目らしき黒い雲が。
自分の部屋に戻ったドニーが
満足げに笑いながらベッドに沈むと、
「あの日」のように飛行機のエンジン部分が
ドニーの部屋を直撃する
のです。

ダンスチームの大会のあと、
ドニーの母親と妹が乗った飛行機が飛び立ったのは
10月30日のロスアンジェルス発、ヴァージニア行きの飛行機でした。
最初にドニーがゴルフ場で寝ているあいだに
飛行機のエンジンが落ちてきたのは10月2日でした。
「28日と6時間と42分12秒」というのは
きっちりこの間の時間のことだったのです。

ただ、落ちてきたエンジンが直撃して死ぬはずだったドニーを
ウサギを媒介にして導き、わざわざ死から回避させた張本人には
『インターステラー』でいうところの「彼ら」のような
超越的な存在を設定せざるを得ません。
当初、10月2日にエンジンが落ちてきたときには
飛行機事故の原因は解明されませんでした。
要するに、あのエンジンは10月30日に落ちたはずのものが
なにかの手違いで10月2日に落ちてしまったのではないでしょうか。
その時間のねじれを解消するために白羽の矢が立ったのが
被害者であるドニーだったのではないでしょうか。
「彼ら」はドニーを使って、時間の流れをやり直させたと考えます。

では、なぜ「28日と6時間と42分12秒」という
タイムリミットがあったのかというのは
10月31日がハロウィンだからと考えられます。
いまではコスプレを楽しむお祭りのようになっているハロウィンは
もともと日本のお盆のように死者の魂が還ってくる日でした。
それは次元の違う世界に住むものどうしが接触する日です。
一度は死んだはずのドニーが
別次元での時間の流れを過ごしたのちに、もとの時間の流れへと戻るには
この日しかなかったのではいでしょうか。

ドニーがジム・カニングハムの家を放火するとき、
グレッチェンと観に行った映画が『死霊のはらわた』
まさに死者が蘇る映画だったのは言うまでもありません。
そのスクリーンには、「入口」がぽっかりと空いていましたが
そのとき映画館で併映されていたのが『最後の誘惑』というのも
意味深です。

さりとて、この作品の魅力がSF的なギミックに限らないのが
さらにややこしいところ=面白いところで
タイムトリップの設定なくしても
大人が全部クソに見える思春期の鬱屈を表現しているし、
思春期に限らず、カレン先生やモニトフ先生のような
実直な大人が抱える生きづらさをも含んでいます。
暴かれるべき大人の嘘の象徴はジム・カニングハムでしたが
太った中国系の少女、シェリータは
本質より外見で全てを否定されてしまう存在の象徴
でした。
密かにドニーに想いを寄せるシェリータが
終盤で耳当て(?)をしていたのは
おそらく周囲の醜聞を拒絶するためだし、
クビを宣告されたばかりのカレン先生が
ダンスで酷評を浴びてうなだれるシェリータを見かけて心許すのは
シェリータが感じている疎外感に
シンパシーを感じているからにほかなりません。
また、映画館で『死霊のはらわた』鑑賞中のドニーが
ウサギに「なんで着ぐるみを着てるんだ?」と聞くと
「お前だって人間の着ぐるみを着てるじゃないか」
返されるのも、
いわゆる外的自己のことを揶揄しています。

また、それにつけ加えて
この作品の舞台が1988年というのも重要ではないでしょうか。
劇中でも登場するように
1988年はブッシュとデュカキスという二人が
大統領選挙で激しく争った年です。
マサチューセッツ州知事時代のデュカキスは
「マサチューセッツの奇跡」といわれるほどの功績を挙げていたのですが
大統領選挙において、ブッシュ陣営から
根拠の薄弱なネガティブ・キャンペーンをくらい、
「史上最も汚い選挙戦」を繰り広げた挙げ句に
負けてしまったのです。
ドニーの父親のみぞおちからグニョ〜が出たとき、
グニョ〜に導かれてビールを取りに行った父親は
冷蔵庫に貼ってあった「デュカキスに投票を!」という、
おそらくは母親のメモ書き
をみて
一瞬グニョ〜が萎えてしまいます。
この、少ししか登場しない大統領選挙のモチーフは
本質を理解されない人間と
ネガキャンに翻弄される一般大衆の愚かさを揶揄する
エッセンスになっていると思います。

「正しい」時間に戻ったドニーの実家では
家族みなが悲しみに打ちひしがれていますが、
母親は憔悴しているようだけれど
ひとりタバコをふかし、ちょっとようすが違います。
おそらく母親はアルコール依存症
この日の前の晩も飲んでいたのでしょう。
家族と食事をしているときでも
母親だけがワインを飲んでいるシーンが出てきます。
彼女がアルコールに身を委ねるのは
ダニーを心配するあまりに心労が重なったゆえのことで
父親と母親が妙にべったりなのは
父親が母親の病状を気遣っているからではないでしょうか。
直前の、さまざまな登場人物を振り返るようなシーンでも
母親の場面では、バックで流れる曲の歌詞が
「酒に溺れて〜」という歌詞になっていました。

完全にリセットされた世界。
見ず知らずのはずの母親とグレッチェンは
覚えのない記憶に導かれて、なんとなく手を振り合うのです。
つられて、近所のガキが手を振ってたけど
お前は関係ないから!!

参考にしたブログ『時間旅行』
http://www.jikanryoko.com/donii1.htm





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