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マンディンゴ

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(原題:Mandingo 1975年/アメリカ 127分)
監督/リチャード・フライシャー 脚本/ノーマン・ウェクスラー 制作/ディノ・デ・ラウレンティス
出演/ジェームズ・メイソン、スーザン・ジョージ、ペリー・キング、ケン・ノートン、ブレンダ・サイクス

概要とあらすじ
19世紀半ば、専制的な貴族主義を誇りつつ奴隷制度にしがみつくしかない南部にあって、奴隷農場を経営する一族の栄光と没落の歴史を描く。題名の「マンディンゴ」とは、ハンサムで頑強な肉体を持つマンディンゴ族のことで、黒人奴隷の中で最も高価な値で売買されたという。製作総指揮はラルフ・サープ、製作はディノ・デ・ラウレンティス、監督は「スパイクス・ギャング」のリチャード・フライシャー、脚本はノーマン・ウェクスラー、原作はカイル・オンストット、撮影はリチャード・H・クライン、音楽はモーリス・ジャールが各々担当。出演はジェームズ・メイスン、スーザン・ジョージ、ペリー・キング、ケン・ノートン、ブレンダ・サイクス、ポール・ベネディクト、ロイ・プールなど。日本語版監修は清水俊二。イーストマンカラー、ビスタサイズ。1975年作品。(映画.comより)



ジャンゴ 繫がれざる者[予習 その1]

——オレは生まれた この時代に
  自由のない この時代に
  自由が欲しくても 手が届かない
  自分の物は この心だけ
  そうとも 俺の物はこの心だけ
  幸せがどういうものか 知りもしない

マディ・ウォーターズが歌うブルースで始まる『マンディンゴ』
リンカーン大統領による奴隷解放宣言より40年ほど遡った
1820年代のアメリカ南部が舞台です。

農場を経営するマックスウェル(ジェームズ・メイソン)
白いヨーロッパ調の屋敷の前に並べられた黒人奴隷たちを
吟味しながら売買するオープニングシーンは
この作品が奴隷制度の真実を扱った映画であることを宣言し、
マックスウェルをはじめとした白人たちが
黒人奴隷たちを家畜として品定めすることに
微塵も疑問に感じていないことを突きつけてきます。
放り投げた木の枝を奴隷に取りに行かせ、
その動きで俊敏さを試すくだりはまさに犬扱いです。

かつて日本でも『ルーツ』というアメリカのTVドラマが話題になり
ある年齢層の日本人にとっては聞き覚えのある
「クンタ・キンテ」という主人公の名前は
流行語と言っても過言ではないほど知れ渡りましたが
『ルーツ』の評価が
いわば『裸足のげん』的な迎え入れ方をされたのに対し
その前年に公開された『マンディンゴ』は
ヒットしたものの、批評家たちからは酷評の嵐だったようです。
それは『ルーツ』が、ある種洗練されて教訓めいているのに対し、
『マンディンゴ』は目を覆うような醜い事実を
ただただ見せつけられ、恥部を刺激されたたことに対する
アメリカ白人たちの瞬発的な拒否反応と捉えてよさそうです。

現在では、人種差別は決して許されないものとして
表面上は認識されていると思いますが
『マンディンゴ』に登場する白人たちの
黒人奴隷に対する振る舞いはあっけらかんとしており、
黒人たちを虐待してやろうなどという憎悪すらも持たず
まさに家畜やペットを飼い慣らし、愛でるようにして
扱っているところが恐ろしいのです。

「マンディンゴ」とは、西アフリカはマリ帝国の血を引く
マンディンカ族のことを指し、
当時の白人たちにとって「マンディンゴ」は
強くて美しい奴隷の血統とされ、高値で売買されていたそうです。
マックスウェルの息子ハモンド(ペリー・キング)が手に入れた
「マンディンゴ」のミード(ケン・ノートン)
その腕っ節を見込まれ、
白人が奴隷同士の殺し合いを見て楽しむために
闘犬のごとく鍛え上げられます。
(ミードに扮するケン・ノートンは
 あのモハメド・アリを倒したこともある元プロボクサー!)
やがてミードは、自分を特別扱いしてくれるハモンドを
慕うようになるのですが、ラストシーンでは
「やっぱり、おまえも白人だ!」という言葉を最後に
釜茹でにされ、ピッチフォークで突き刺されて
死んでしまうのです……

リウマチを患っている農場主マックスウェルが
リウマチの毒を足の裏から黒人にうつすことで完治すると信じ、
ロッキングチェアに座りながら
まるでオットマンのように黒人の子どもの腹に
自分の足をのせている映像はおぞましくも象徴的ですが
息子のハモンドも
幼少時のケガで片脚に障害を持つことから
まともに動くこともできない白人が
強靱な肉体を持った黒人たちを支配している
理不尽な構図を強調しています。

黒人の子どもをオットマン扱いしていることにはじまり、
黒人を診察する医者は獣医だったり、
黒人女性はオナホールまがいの扱いで、それどころか
子どもを産ませて、産まれた子どもをまた売るという鬼畜ぶり。
ベテラン奴隷(?)の黒人女性いにいたっては
24人も子どもを産まされたというから恐ろしい限りです。

このような社会的な問題を提議するような作品には
必ずやそこで描かれる世界観に疑問を感じて
葛藤する主人公が登場し、観客をメッセージへと導くのですが
『マンディンゴ』で「かろうじて」その役割に該当するのは
農場主マックスウェルの息子ハモンドです。

「かろうじて」とつけ加えたのは
ハモンドは黒人奴隷に対して親和的な情を持ち合わせているものの
根本的には差別に対して無自覚で、ペットに対する
一方的な友情や愛情となんら変わりはないと思うからです。
この作品には奴隷の「血統書」まで登場しますから
黒人をペットや家畜のように虐げたり、
愛したりする登場人物たちを観ていると
首輪をつけた犬や猫にわけのわからない服を着させて
「かわいい〜」とか言っているペット愛好家たちを
思い起こさずにはいられないのです。
黒人を動物扱いしてはいけない……
では、動物は? あいつらは動物だから構わない?

ハモンドは奴隷制度の根本的な不条理に立ち向かうわけでもなく
むしろ優柔不断な寛容さを見せ、
黒人の赤ちゃんを抱いて、可愛らしいと思いながら
何のためらいもなく売り飛ばすこともできるのです。
また、処女信仰のようなくだらない虚栄心にも囚われています。
ハモンドの振る舞いは差別を行使する人間の無自覚さを表し、
因果応報の報いを被るしかないように仕立てられています。
作中に見られる、水平軸が傾いた構図
世界観のバランスの欠如を示し、
多用される鏡が、スクリーンに映し出される映像とは別に
そこで行われている出来事を観客にはね返しているのでは
ないでしょうか。

このような差別が恐ろしくも巧妙なのは
差別する側の思惑とは別に(もしくは思惑通りに)
差別されている者どうしが敵対しあうような構造に
なっていることです。
誰しも、奴隷として扱われて気分がいいわけはありませんが
生きるために現状を甘んじて容認した者と
現状をなんとか打破しようとする者の間に生じる軋轢ほど
哀しいものはありません。

金銭欲、虐待、嫉妬、姦通、近親相姦……と
黒人奴隷問題を訴えるだけに留まらず、
人間の業を凝縮したような作品でした。
『マンディンゴ』に描かれているようなことを
昔のことだと高をくくらないほうがいいかもしれません。
今でも私たちは、ありもしない下位のカテゴリーを捻出し、
相対的に自分が上位にいる状況を作って
悦にいるというのはよくあることです。
『マンディンゴ』に登場する白人たちほど
あっけらかんと差別することはもはやないでしょうが
むしろそれだからこそ、差別は巧妙に隠されていると
言えるかもしれません。

エンディングでは
オープニングのマディ・ウォーターズのブルースの続きが流れます。

——わからないよ 誰を責めるべきか
  まったくわからない 誰が悪いのか
  ただ生きるだけさ





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