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ヤコブへの手紙

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(原題: Postia Pappi Jaakobille 2009年/フィンランド 76分)
監督/クラウス・ハロ 原案/ヤーナ・マッコネン 脚本/クラウス・ハロ 、ヤーナ・マッコネン 撮影/トゥオモ・フトゥリ 美術/カイサ・マキネン 照明/カッレ・ペンティラ 編集/サム・ヘイッキラ
出演/カーリナ・ハザード、ヘイッキ・ノウシアイネン、ユッカ・ケイノネン

概要とあらすじ
1970年代のフィンランド。恩赦を受けて12年ぶりに刑務所を出所したレイラは、片田舎で暮らす盲目のヤコブ牧師のもとに身を寄せることになる。彼女に与えられた仕事は、ヤコブのもとに毎日届くさまざまな人々からの悩みの手紙を朗読し、返事を代筆すること。心を固く閉ざしているレイラは、嫌々ながらもその仕事をこなしていたが、ある日ヤコブへの手紙がぴたりと届かなくなってしまう。第82回アカデミー賞外国語映画賞フィンランド代表で、「フィンランド映画祭2010」で上映された。(映画.comより



誰にでもある孤独

ハードディスクの奥底で眠っていた
『ヤコブへの手紙』
観終わったあと、さて感想でも書こうかしらんと
作品情報をググってみると、ヒットしたページのなかに
「ヤコブの手紙」があるではないか。
Wikipediaを斜め読みしたところ、
「ヤコブの手紙」は、新約聖書中の一書で
信仰を持つ者に必要な行ないを説いたものだとか。
タイトルからして、この作品と無関係なわけがないのですが
聖書と映画との関連性を考え始めると
長〜い旅になりそうなので、深追いはせず、
引っかけてるね! くらいのサラッとした態度に留めたいと思います。

終身刑をうけて
刑務所に12年間服役していたレイラ(カーリナ・ハザード)
突然の恩赦を受けて釈放されることに。
終盤までレイラがどんな罪を犯したのかは告げられません。
予想外に出所できることになっても
レイラは「頼んだ覚えはない」
喜ぶどころか、むしろ不機嫌な様子で
彼女が人生に投げやりな態度であることがわかります。

レイラは、いまひとつ釈然としないまま
恩赦を願い出たという
ヤコブ牧師(ヘイッキ・ノウシアイネン)のもとで
働くようになります。
ヤコブ牧師は一人暮らしで盲目の老人で
レイラが到着する日になると
危なっかしい手つきで紅茶セットの用意をしていることから
レイラの来訪を心待ちにしていたことがわかります。

ヤコブ牧師のもとには、相談の手紙が毎日届きます
その手紙を読み聞かせ、返事を代筆するのがレイラの仕事。
信仰心のかけらもなく、人間関係においても警戒心の強いレイラは
聖書を引き合いにして手紙に応えるヤコブ牧師を
なかば見下したような態度で接しています。
それに対してヤコブ牧師は
わずかでも誰かの役に立っていることが重要だと説くのです。
また、たとえ家が雨漏りだらけのボロ家でも
手紙が届かなくなると困るからこの場所を動くことはできない
とも言うのです。

ところが、必ず毎日届いていたヤコブ牧師宛の手紙が
突然一通も来なくなって、穏やかな日常が揺らぎ始めます。
レイラを恐れている郵便配達人(ユッカ・ケイノネン)
ヤコブ牧師の家の前まで来ると、気まずそうに方向転換していしまいます。

ヤコブ牧師は手紙の質問に答えることが
人の助けになっていると考えていたのですが
じつは手紙によって助けられていたのはヤコブ牧師のほう
手紙だけがヤコブ牧師に存在する意味を与える唯一のものだったのです。
手紙が届かなくなった途端に、
彼は必要とされていない人間の孤独を突きつけらてしまいます。
この事実は、神の言葉を伝える牧師としての
彼の信仰心をも揺るがすものでした。

ただ、この「誰からも必要とされていないかもしれない孤独感」というのは
彼が盲目の老人で、さびれた村の牧師だからではなく
まったくもって現代にも通じるのではないでしょうか。
いつでもどこでもひっきりなしに
コミュニケーションがとれるツールが発達して
常に誰かと「つながっている」ことが可能になると
逆説的に「つながっていない」状態が際だち、
孤独に戦々恐々とする人たちは
つながりを偽ったり、自己演出したりするようになっています。
しかも、自分に対する注目度を示すのが
「いいね」やリツイートの数として数値化されるもんだから
なおさら、やっかいです。

そして、どーせ自分のことなんか
誰も理解してくれないし、気にしちゃいないよと
ふてくされて、他人とコミュニケーションを築くことに
しらけてしまっている状態が
レイラなのではないでしょうか。

「新郎新婦を待たせるわけに行かない」と
ありもしない結婚式が行なわれる教会へと急ぐヤコブ牧師
精神的に崩壊してしまい、絶望の淵にいます。
少しずつヤコブ牧師に気を許し始めていたレイラでしたが
無人の教会でのヤコブ牧師を観たあと、
彼の元から逃げ出そうとするも逡巡した挙げ句、
ひとり首を吊ろうとしていたのは
彼女がどの程度思い詰めていたのか、ちょっとわかりませんでしたが、
ともかく、
すっかり意気消沈し、下着のままでだらしなくごろついている
ヤコブ牧師を励まそうと
カタログを手に、届いた手紙を読むフリをするレイラは
やがて自分の過去を懺悔するように語り始め、
彼女が犯した罪が明らかになります。
そして、彼女が恩赦を受けて釈放された本当の理由も。
レイラは自分を必要としてくれる存在を発見し、
生きていく意味を見つけたのです。

とまあ、重厚かつ美しい映像で
自分に置きかえながら感動できる素晴らしい作品ではありましたが
どういう事情があるのかないのか
上映時間が76分と短く、
とくにレイラの心の移り変わりを表現するには
少し時間が足りないように感じました。
少ないセリフで、読み取らせるようにじっくりと映像で語る演出なだけに
性急に感じられる部分があり、ちょっと残念ではありました。





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