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GODZILLA ゴジラ

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(原題: Godzilla 2014年/アメリカ 124分)
監督/ギャレス・エドワーズ 製作/トーマス・タル、ジョン・ジャシュニ、メアリー・ペアレント、ブライアン・ロジャース 原案/デビッド・キャラハム 脚本/マックス・ボレンスタイン 撮影/シーマス・マッガーベイ 美術/オーウェン・パターソン 編集/ボブ・ダクセイ 音楽/アレクサンドル・デプラ 音楽監修/デイブ・ジョーダン
出演/アーロン・テイラー=ジョンソン、渡辺謙、エリザベス・オルセン、ジュリエット・ビノシュ、サリー・ホーキンス、デビッド・ストラザーン、ブライアン・クランストン

概要とあらすじ
1954年に東宝が製作・公開した日本の特撮怪獣映画の金字塔「ゴジラ」を、ハリウッドで新たにリメイク。監督はデビュー作「モンスターズ 地球外生命体」で注目されたイギリス出身の新鋭ギャレス・エドワーズが務め、「キック・アス」のアーロン・テイラー=ジョンソンが主演。日本を代表する国際的俳優の渡辺謙が、オリジナル版の精神を受け継ぐ科学者役で出演するほか、エリザベス・オルセン、ジュリエット・ビノシュ、サリー・ホーキンス、デビッド・ストラザーンらが実力派キャストが集った。(映画.comより



破壊神、千両役者、ラストサムライ

まあ、観るでしょ。
『パシフィック・リム』もなかなかの祭状態でしたが
『GODZILLA ゴジラ』の盛り上がりの熱量は
その上を行くものがあります。
ローランド・エメリッヒ版『GODZILLA(1998)』で受けた傷と
憤りからの反撥もあるのかもしれません。
ご多分に漏れず、子供の頃はゴジラが大好きで
キングギドラなんて本気で怖かったし、
丸顔でちっこいやつのあだ名は、だいたい「ミニラ」でした。
モスラやガメラだって大好物でしたが
平成の時代以降に作られたゴジラには
興味すらありませんでした。
そんな僕がゴジラファンだのと名乗るなどもってのほか、
昭和を子供として過ごした者の共通認識くらいの愛着しかありませんが
1954年のオリジナル「ゴジラ」
最大限の敬意を持って製作されているという前評判を耳にすれば
やっぱ、観るでしょ。
ちなみに、3D恐怖症の僕が観たのは2Dです。

そんなふうに、
ゴジラファンのパーティーにお邪魔するような気分だったのですが
水爆実験の資料映像が流れるなか、
ど迫力のオーケストラによる図太いブラスが鳴り響くと
一気に大興奮! やばい! この曲、かっこいい!
この音楽からしてオリジナル版リスペクト!
そして、資料映像のなかにちらちら現れるゴジラのものと思しき背びれ!
きゃー! ゴジさまー♡!
……完全に心を持って行かれました。

予想外にも、舞台はフィリピンから始まって
さっそく、日本代表渡辺謙扮する芹沢猪四郎博士が登場。
名前の芹沢はオリジナル版から、猪四郎は本多猪四郎監督から。

不穏な予感を感じさせながら舞台は日本へ。
原子力発電所がある街の名前が「ジャンジラ(雀路羅)」って
もうちょっと日本らしい地名にできないのかよと思いましたが
いろいろ配慮したんでしょうか。

原子力発電所で勤務する
研究者のジョー(ブライアン・クランストン)が誕生日だという
お決まりのハッピーな前振りタイミングで
謎の振動によって原子炉が暴走。
原子炉の近くで作業していたジョーの妻サンドラ(ジュリエット・ビノシュ)
助けようとするものの間に合わず、
見殺しにするしかないという、いきなりの切ないシーンです。
ジュリエット・ビノシュの贅沢な使い方。
原子炉がつぎつぎと崩れ落ちるさまは
福島第一原発のボロボロになった建屋を映像で知っているものからすれば
背筋が凍るような光景でした。

ときは一気に15年後。
すっかり成長したジョーの息子フォード(アーロン・テイラー=ジョンソン)
アメリカ海軍の爆弾処理部隊の長期任務が明けたばかり。
妻のエル(エリザベス・オルセン)と一人息子に再会して
ハッピーなのは、ジョーの誕生日と同じです。
なのにやっぱり、日本に留まって研究を続けていたジョーが
放射能汚染による立入禁止区域内に浸入したとして逮捕され、
身柄を引き取りに日本へ行くハメに。

懲りないジョーは、自宅にある15年前のデータを取りに行くため
再び立入禁止区域へ向かうと、
そこは放射能に汚染されてはいなかったのです。
これは、なにやら重大な隠蔽工作が行なわれておる!
ていうのはいいんだけど、
放射能に汚染されていないからって、
ガイガーカウンターの数値がゼロっていうのはいかがなものか。
放射能ゼロの場所なんてどこにもないんですけど。
ま、微妙な数値を見せてもそれが多いのか少ないのかなんて
わからないでしょうからね。大目に見よう。

とにかく、そこは放射能に汚染された地域ではなくて
「モナーク」という機関が怪獣の繭を研究していたのでした。
そしてそのモナークの中心人物が芹沢猪四郎博士。
芹沢博士は、物事の本質を鋭く突いたような言動をする人物ですが
住民を騙して広大な場所を占拠し、
自分の研究に没頭するようなマッド・サイエンティストでもあるのです。

ついに姿を現した怪獣「MUTO(ムートー)」。
Massive Unidentified Terrestrial Organism(未確認巨大陸生生命体)の略)
とはいえ、すぐには全貌がわかりません。
ここでは逃げ惑うモブ描写が重要で、
どんな生きものなのかわからず、わからないからこそ
とにかく怖いというのが恐怖感を煽ります。

ジョーが死んでしまったあと、芹沢博士とフォードは
アメリカ海軍といっしょにホノルルへ向かう道すがら、設定説明。
がっつり説明するけど説明臭くならないこの流れは好感が持てます。
ここでの渡辺謙の最大の見せ場が
日本語発音による「ゴジラ!」でしょう。
日本人としては拍手喝采のシーンですが
その後、誰一人として渡辺謙のこだわりに影響されず、
あいかわらず「ゴッディーラ」と発音していたのをみると
軽くスベったのか、ケン。いやさ芹沢。
あたかも東京在住の大阪出身者がマクドナルドのことを
頑なに「マクド!」と言い続けるように……

んなこたあ、どうでもよくて
今度はホノルルをMUTOが襲撃。
モノレールに乗っていたフォードが日本人の子供を助け、
ドア越しに両親と会話するシーンは冒頭のジョーのシーンの焼き直し。
(その後両親と再会するも、そのまま消える少年の家族。
 お礼ぐらい言えよ)
そして、ついに背びれしか見せていなかったゴジラが登場!
ぐーっと息を吸い込んで(?)、首をひねり、
タメにタメて……グオーーーーーッ!! と最初の咆哮。

イエーイ!!という歓声が出ないはずがありません。
おひねりが飛ばないのが不思議なくらい。
札束で編んだレイをかけないのが奇妙なほど。
このシーンのために、監督をはじめとするスタッフたちが
どれほど研究し、どれほど愛情を捧げたのでしょう。
自然は、人間のために神さまが作ったものだと考えている欧米人が
「自然=神=ゴジラ」というアジア的な発想を理解し、
さらに「見得を切る」という独特な所作の美学を表現したのですから
あっぱれというほかありません。

このシーン以降、
僕にはゴジラとMUTOが実在する生物にしか見えなくなりました。
まるで、美ら海水族館の水槽で泳ぐジンベイザメを見上げて
「うわ〜、腹はこんなふうになってんのか〜」と、まじまじ見入るように。
わかりづらいけど。

それにしても、ゴジラのチラリズムが半端ないのです。
これはもう「怪獣チラリ」です。
(なにをいってるんだか)
胸の谷間を見せられ、太ももを見せられて
こっちはもうキンキンにエレクトしているのに
指一本触らせてもくれません。
もういいよ! って帰ろうとするとまたチラっと見せられるので
ギリギリのおあずけ感にM心がうずきます。
ちなみに、雲や山に遮られて全体像が見えないようにするのは
中国において龍を描くときの作法でもあります。

アメリカ海軍が核弾頭を餌にして怪獣たちをおびき寄せ、
仕留めようとする計画を立てますが
父の形見だという懐中時計を見せた芹沢博士が
1945年8月6日8時15分を持ち出し、広島を言葉にさせたシーン
この作品の覚悟が窺えるし、
イギリス人のギャレス・エドワーズ監督だからこそ
実現したのかもしれません。

ついに、MUTOのメスまで登場しての怪獣バトル!
オスMUTOとメスMUTOのラブシーンもありながら
ゴジラの「自分は不器用ですから」的な佇まいがたまりません。
一時は優勢にみられたゴジラも
MUTO夫婦による「初めての共同作業」攻撃で劣勢になります。
しっかり音楽も哀しいムードに。
ゴジラもここまでかと思われた瞬間、
すっかり忘れていた放射熱線! このケレン味!
フォードがMUTOの巣を爆破、メスMUTOが気を取られているうちに
ゴジラは後ろ回し蹴り的に尻尾でオスを見事に仕留めるものの
崩れたビルの下敷きに。

説明はいろいろ省くとして
海に浮かぶ船の上でメスMUTOに襲われ、絶体絶命のフォード。
そこに倒れていたゴジラがやってきて、
メスMUTOの口の中に渾身の放射熱線!
メスMUTOの生首を片手に身体を翻すゴジラの姿はまさにSAMURAI。

結局、アメリカ海軍も芹沢博士も
怪獣=自然を前にして右往左往するだけで
人間の対抗策はすべて意味がないものでした。
芹沢博士がゴジラとMUTOを戦わせようとするアイデアも
当てずっぽうに過ぎず、
陸に押し寄せてくる津波を
たまたま反対から来た強力な台風が押し戻したようなものです。
ゴジラがMUTOを「狩る」=攻撃するのは
「自然における力の均衡を保つ」ためということになっていて、
人間を守ろうとしているわけではないのが重要で
人間の存在は世界のあり方にとって、ほぼ関係ないのです。
(邪魔かもしれないけど)
なにしろ「トイレの神さま」までいると信じている我々にとっては
わりと飲み込みやすい考え方のはずですが
そうでない世界の人々にとって
このような思想や美学がどのように理解されるのか
興味の湧くところです。
世界中でヒットしているそうなので、
ブルース・リーが虐げられたものの象徴となったように
ゴジラが単なるモンスターではなく、
自然に対する畏怖と敬意を象徴するアイコンとして認知される
ようになれば
素晴らしいね、と思います。
(とっくに、そうなってたらごめんちゃい)

すっかり、ゴジラに魅了されて全編が終了したと思ったら
エンドロールの音楽がこれまた燃える!
こんなに音楽に聴き入るエンドロールはなかなかありません。
この作品、映像もさることながら音の素晴らしさも重要です。
もし可能なら、できるだけ音響設備の整った映画館で
鑑賞されることをオススメします。

本多猪四郎監督が撮ったオリジナル版「ゴジラ」は
終戦から9年後という驚き。
この作品は本当に素晴らしかったけれど
やっぱ、これ、いまの日本映画が
やらなきゃいけないことなんじゃないかな。





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