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セッションズ

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(原題: The Sessions 2012年/アメリカ 95分)
監督・脚本/ベン・リューイン 撮影/ジェフリー・シンプソン 美術/ジョン・モット 衣装/ジャスティン・セイモア 編集/リサ・ブロムウェル 音楽/マルコ・ベルトラミ
出演/ジョン・ホークス、ヘレン・ハント、ウィリアム・H・メイシー、ムーン・ブラッドグッド、アニカ・マークス、リー・パールマン、アダム・アーキン

概要とあらすじ
障害者の性を題材に、首から下が麻痺してしまった男性が愛する女性と肉体的にもつながりたいという願いをかなえるため奮闘する日々を、温かなユーモアとともに描く。幼少期にかかったポリオが原因で首から下が麻痺し、重度の呼吸障害を抱えるマークは、それでも人生を悲観することなく生きてきた。38歳になり、若く美しいヘルパーのアマンダに恋したマークは、健常な男性同様に「愛する女性と肉体的にもつながりたい」と願うようになる。周囲の励ましもあり、意を決したマークはセックスセラピストのもとに通い始めるが……。主人公マークを演じたジョン・ホークスが第70回ゴールデングローブ賞ドラマ部門で主演男優賞に、セラピスト役のヘレン・ハントが第85回アカデミー賞で助演女優賞にそれぞれノミネートされた。監督は自身もポリオサバイバーであるベン・リューイン。(映画.comより



僕は童貞じゃないんだ。

どういうわけか、『暗闇から手をのばせ』という
障害者の性を取り上げた日本映画の記事に対するアクセスが多く、
ま、ありがたいことなのですが
僕としては、同作が期待を大幅に下回る出来だったので、
ビミョ〜な気持ち。
同作に対する不満を連ねた記事の文末に
「『セッションズ』が観たくなった」と書いて締めたのですが
ようやっとその『セッションズ』を観ることができました。
比較するべきじゃないのかもしれませんが
映画の出来としては雲泥の差。
テーマとの向き合い方と、その表現の仕方は月とスッポン。
どえらい差を感じました。
そのうえ、社会問題を告発してやろうという強張った態度ではなく、
ジョークとユーモアに溢れています。
監督のベン・リューイン自身が
この作品の主人公と同じ病気を患った経験を持っているという事実が
説得力となっているのかもしれません。
(現在も松葉杖で生活することを余儀なくされているそう)

実在の人物をモデルにしたマーク(ジョン・ホークス)
「ポリオ」という難病を患って首から下の自由が利かず、
寝たきりの状態です。
ポリオ(急性灰白髄炎=別名「小児まひ」)とは
ポリオウイルスによって発症するウイルス感染症で
筋肉を動かすことはできないが感覚はあるんだそうな。
感染症ということは後天性なわけで
先天的に身体が不自由な方はもちろん大変でしょうが
わずかでも自分の思うままに身体を動かすことができた記憶がある
後天性の障害を持つ方の苦悩は想像を絶するものがあります。
冒頭のシーンで、自由気ままに移動する猫の存在
マークの不自由さを際だたせます。

扱いが雑なヘルパーをクビにしたあとにやってきたのは
ヘルパー未経験のアマンダ(アニカ・マークス)
アマンダはいかにも美人でいい女。
世話をするうちに徐々にマークに心を寄せ始めるのですが
マークから「I Love You」といわれて、応えることができず、
ヘルパーを辞めてしまいます。
アマンダを中途半端で優柔不断な人間のように
受け止める人もいるかもしれませんが
僕には彼女の反応は一般的だと思われたし、
マークの思いに応えられなくても仕方がないことだと感じました。
マークの「I Love You」に応えるということは
自分の人生を彼の人生に捧げることを意味する
ので
相当に思い決断でしょう。
彼女の判断を非難するのは頑固な理想主義だと思うし、
逆差別のようにも感じます。

アマンダのあとを引き継いだのが
中国系のヴェラ(ムーン・ブラッドグッド)
丸眼鏡をかけた彼女は知的で魅力的で
マークとの接し方の距離感が絶妙です。
この作品の鍵となる存在でした。

取材の依頼をきっかけに、
マークはセックス・セラピストのセラピーを受ける決意をします。
彼の相手に任命されたのがシェリル(ヘレン・ハント)
シェリルにも実在するモデルがいるそうですが
彼女の仕事に対する取り組み方やセックス観は
作品中で、明らかにはされていません。

事実なのかわかりませんが、シェリルの出身地が
魔女裁判で有名なセーラム
というのが、ちょっと意味深。
シェリルには、夫と一人息子がいて
夫は彼女の仕事の内容を理解し、認めていると思われ、
一見、寛大なようにも見えますが、無関心なようにもみえます。
やがてシェリルがマークに対して心が動き始めると
夫はあからさまな嫉妬をみせるようになるのです。

ブレンダン神父(ウィリアム・H・メイシー)
観客の代理人のような存在です。
懺悔の形をとりながら
「こういうことがあったんですけど、どう思いますか?」
という質問に対して、観客の気持ちを代弁する役割でしょう。
さらには、神父ですから
宗教的・倫理的な見解も示すことになります。
それでいながら、ビール片手にマークを訪ねるシーンのように
マークの友人として、ひとりの人間としての行動も示し、
本音と建て前の間で揺れ動く観客の心理を体現していて
素晴らしい演技でした。

首から下が動かせないマークが
なんでボッキするんだろ、なんて一瞬考えましたが
そうかそうか、アソコは筋肉じゃないもんな!
……いやいや、そんなことはどうでもよく、
いろいろ難儀しながら、マークはシェリルと
3回目のセラピーで念願の合体を果たします。
次回はシェリルをイカせたいというマークは
自分が快楽を知り、喜びを知ったことで
次はシェリルを喜ばせたいと考えたのではないでしょうか。
マークは、ユーモアのある人間で
つねにジョークで人を笑わせる頭のいい人ですが
そのジョークにはいつも自虐的な皮肉が込められているのも
彼の心境の複雑さを表しています。
シェリルをイカせたいという彼の願いは
下世話な男の欲望のようにもみえますが
常に人の手を借りなければ生活できないマークにとって
誰かに喜びを与えるということこそが
彼の鬱屈した心を癒すのかもしれません。

停電が命取りになるマークは
担ぎ込まれた病院で、またしても新たな女性に遭遇。
結構、モテモテじゃないかよとイラっとしますが
その女性に対して、自己紹介代わりに言うセリフが自慢げでナイス。
「君に伝えたいことがある。僕は童貞じゃないんだ」

たしかに、主人公は実在した重度の障害者だし、
ヒロインはセックス・セラピーを行なうセラピストという
奇抜な設定ですが
先にも述べたように、社会問題を告発するという意図ではなく
身体の自由が利かない男と、治療として肉体を捧げる女性という
デフォルメされた役柄の二人を介して
恋愛感情における切っても切れない心と肉体の関係を
見事に表現した作品だと思います。

セリフのなかで、布団を「フトン」と表現していましたが
「フトン」は身体にいいとかなんとか、
特別な共通認識があるんでしょうかね?





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