" />

ゼロ・ダーク・サーティ

zerodarkthirty.jpg



(原題:Zero Dark Thirty 2012年/アメリカ 158分)
監督/キャスリン・ビグロー 脚本/マーク・ボール 撮影/グレッグ・フレイザー
出演/ジェシカ・チャステイン、ジェイソン・クラーク、ジョエル・エドガートン、ジェニファー・イーリー、マーク・ストロング、カイル・チャンドラー、ジェームズ・ガンドルフィーニ

概要とあらすじ
2011年5月2日に実行された、国際テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラディン捕縛・暗殺作戦の裏側を、「ハート・ロッカー」のキャスリン・ビグロー監督が映画化。テロリストの追跡を専門とするCIAの女性分析官マヤを中心に、作戦に携わった人々の苦悩や使命感、執念を描き出していく。9・11テロ後、CIAは巨額の予算をつぎ込みビンラディンを追うが、何の手がかりも得られずにいた。そんな中、CIAのパキスタン支局に若く優秀な女性分析官のマヤが派遣される。マヤはやがて、ビンラディンに繋がると思われるアブ・アフメドという男の存在をつかむが……。脚本は「ハート・ロッカー」のマーク・ボール。主人公マヤを演じるのは、「ヘルプ 心がつなぐストーリー」「ツリー・オブ・ライフ」のジェシカ・チャステイン。(映画.comより)



AM0:30, 2, May, 2011

2012年は、ベン・アフレック監督の『アルゴ』
イランで実際に起こったアメリカ大使館人質事件の
CIAによる救出作戦を描いて注目を集めましたが、
『アルゴ』は1979年の出来事。
2011年5月2日のビンラディン暗殺作戦を描いた
『ゼロ・ダーク・サーティ』がマスコミ向けの試写を催したのが
2012年11月ということですから
まず驚くべきは、その制作スピードです。

監督のキャスリン・ビグローと脚本のマーク・ボールが
『ハート・ロッカー』の次回作として
2001年、アフガニスタンの山岳部トラボラに潜伏しているとされた
ビンラディンを襲撃し、それに失敗した
アメリカ軍の作戦を題材に企画、取材を重ねていたところ、
ビンラディン暗殺のニュースが飛び込んできて
急遽、企画を変更したとのことですが
それまでの取材や人脈が十二分に役立ったとはいえ、
当然ながら、題材への視点や作品への取り組み方に
大きな方向転換を強いられるわけで
それをこの短期間で考え直し、まとめ上げるのは
並大抵のことではないと思います。

冒頭から、真っ暗なスクリーン
911当時の混乱した通話のやり取りだけが流され、
音声のみの数分で一気に観客の緊迫感を煽ります。
普通ならここは、誰もが知っている
煙を上げる貿易センタービルの映像を使いそうなところだし、
そうしても誰も責めるものはいないと思うのですが
敢えて何も映さず、音声だけにしたのは
『ゼロ・ダーク・サーティ』が911の映画ではなく、
その後の10年を語る映画なのだという
宣言なのではないでしょうか。

ほかにも大量のニュース映像があるはずですが
オバマ大統領がテレビ画面に映るシーンを除いて
オバマ大統領やクリントン副大統領ほか数名が
ビンラディン暗殺作戦をリアルタイムで中継するモニターを
固唾を呑んで見つめる映像などは挿入されていないことからも
『ゼロ・ダーク・サーティ』が
外野の視点を加えず、あくまで現場で何が起こっていたのか
注力していることが窺えます。

捕らえたアルカイダの一員を拷問するシーンや
拷問なしでは秘密を聞き出せないという意味のセリフが
「拷問を正当化している」として
アメリカでは社会問題にまでなっているようです。
捕虜に対する虐待は国際戦争法規によって
禁止されているということらしいのですが
僕に言わせれば、ミサイルはボタンひとつで容赦なく撃ち込むくせに
虐待や拷問は禁止だなどと善人ぶられても本末転倒。
会議で人殺しを話し合う連中の戯言にしか聞こえません。

虐待や拷問を支持するつもりなど毛頭ありませんが
一瞬の迷いが命を落とすことになる戦場で
銃を向け合っている兵士たちからすれば
仲間を殺したかもしれない捕虜と向き合ったら
秘密を吐かせるために暴力を使いたくなる心情は理解できます。

「拷問を正当化している」という批判に対して
キャスリン・ビグロー監督はインタビューで
『ゼロ・ダーク・サーティ』は拷問を描いてはいるが
アルカイダの一員が重要な情報を漏らすのは
「平和的に食事」をしているシーンだと言っています。
確かにそのとおりですし、キャスリン・ビグロー監督に
拷問を正当化するつもりなどないはずですが
「平和的な食事」とは、
いわゆる「アメとムチ」の「アメ」であって
「ムチ」があるからこそ「アメ」が効果的なのも事実でしょう。

とはいえ、「戦争捕虜の拷問禁止」のような空々しい建前が
人間のさらなる暴走をかろうじて食い止めているのも理解できます。

周囲からはその若さを懸念され、激しい拷問から目をそらしていた
女性分析官のマヤ(ジェシカ・チャステイン)
徐々に才能を発揮し、同僚の死を契機に変貌します。
彼女の目的は、ビンラディンを捕まえるのではなく
「殺す」ことへと変わっていくのですが
殺された同僚の復讐のためというよりは
狂気に取り憑かれたかのように見えます。
当然ながら、映画では次から次へと
いろんなことが起きるように見えてしまいますが
実際には、911から10年が経っており、
マヤがビンラディンのアジトを発見してから
作戦実行まで半年もかかっているのですから
マヤが正常な状態ではなくなるのも当然のことといえるでしょう。

そして、クライマックスのアジト潜入シーン!
時は真夜中、『ゼロ・ダーク・サーティ』が意味する午前0時30分です。
すでに、マヤと同僚が食事をしているホテルが爆破するシーンで
ビクーーッ!と体が過剰反応し、両隣の客に
自らのチキンぶりをお披露目してしまっていたのですが
この潜入シーンの緊張感たるやハンパないっす!
一面グリーンの暗視カメラの映像を織り交ぜながら
ありがちな細かいカット割りもせずに
何が映っているかがかろうじてわかるような暗闇のなかを
じわじわとビンラディンに詰め寄っていくさまは
まさに息を呑むという表現がぴったりです。
しかもその建物が、限られた情報を元に
原寸大で建てられたセットだというから驚きです。

横たわった敵の死体めがけて、
さらに銃弾を撃ち込むネイビー・シールズたち。
これは「ダブル・タップ」「トリプル・タップ」などといわれる
完全にとどめを刺すテクニックだそうで
サスペンスでよくみる、死んだと思っていた相手が
最後の力を振り絞って主人公めがけてピストルを撃って、バタッ…
なんてことは戦場ではやらせないんですね。

すべてが終わり、特別にチャーターされた軍用機に
たったひとりで乗り込んだマヤは
「これからどこへ行く?」と聞かれ、
なにも答えずに涙を流します。

このシーンについて、ジェシカ・チャステインは
パンフレットのインタビューで
「その感覚は、私がビンラディン殺害のニュースを聞いたときに
 感じたものと近いかもしれない。
 決して『やった!』ってガッツポーズするんじゃなくって
 『……そう……死んだの……』としか言いようがない感じ

と答えています。

この感じ方は、本当によく理解できます。
僕自身もそのニュースをテレビで知ったときには
「ああ、…うん、」と全く同じ印象でした。(ホントだってば!)
ビンラディンを殺して、めでたしめでたしとはならないことは
誰しも直感したんじゃないでしょうか。
「そうか、殺しちゃったのか」という、
逆に嫌な感じすらあったのを憶えています。

『ゼロ・ダーク・サーティ』はアメリカ映画ですし、
アメリカからの視点になっているのは当然ですが
決して単純にビンラディンやアルカイダを
悪党として描いているわけではなく、
むしろ双方の思想や心情を描かないことで
客観性を保っているのではないかと思います。
その点では、エンターテイメント色が強く
イラン人が悪者に見えなくもない『アルゴ』と比較すると
より一層リアリティーに徹した作品だと
いえるのではないでしょうか。

「これからどこへ行く?」という問いかけは
観客ひとりひとりに向けられた問題として考えるべきでしょう。
うまく答えられそうにもありませんが。





にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ 
↑お気に召したらクリックしていただけますと、もんどりうって喜びます。

関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | ホーム |  »

プロフィール

のほうず

のほうず
映画が好きで観るのはいいが、
かたっぱしから忘れていくので
オツムのリハビリ的ブログ。
******************
当ブログの文章・画像およびイラストの無断転載を禁じます。引用される場合は、出典の表記と当ブログへのリンクを設定してください。

FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

お気に召したら
クリックお願いします。
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

スポンサードリンク

↓過去の記事はこちらから!↓

検索フォーム

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

カウンタ