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スーサイド・ショップ

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(原題:Le magasin des suicides 2012年/フランス・ベルギー・カナダ合作 79分)
監督/パトリス・ルコント 製作/ジル・ポデスタ、トマ・ラングマン、ミシェル・ペタン、ロラン・ペタン、アンドレ・ルーロー、セバスティアン・デロイ 原作/ジャン・トゥーレ 脚本/パトリス・ルコント 音楽/エティエンヌ・ペルション
声の出演/ベルナール・アラヌ、イザベル・スパッド、ケイシー・モッテ・クライン、イザベル・ジアニ、ロラン・ジャンドロン

概要とあらすじ
「髪結いの亭主」のパトリス・ルコント監督が自身初のアニメーション作品として、フランスでベストセラーとなったジャン・トゥーレの小説「ようこそ、自殺用品店へ」を映画化。代々続く根暗な自殺用品専門店に赤ちゃんが生まれたことから、変化していく家族の様子をブラックユーモアを交えて描く。世の中が絶望の空気に覆われ自殺者が後を絶たない都会で、唯一繁盛していたのが、ネガティブ思考のトゥヴァシュ一家が営む自殺専門用品店だった。そんなトゥヴァシュ家に男の子が生まれ、アランと名付けて育てられるが、アランは家族全員と正反対の無邪気で明るい性格だった。両親の必死の教育にもかかわらず、健やかでポジティブな少年へと成長したアランは、店の商品を「自殺できない用品」に変えていってしまう。(映画.comより



子供向けではなく、子供だまし。

『髪結いの亭主』『仕立て屋の恋』 で知られる
パトリス・ルコント監督作品はあ〜んまり好きではないのですが
ルコント監督初のアニメ作品となる『スーサイド・ショップ』
「自殺専門用品店」という設定とダークな絵柄が気に入って
それなりの期待を持って観てみることにしたのです。
あとから知ったことですが、
ルコント監督は映画監督としてデビューする前は
バンド・デシネの作家だったんですね。
ならば、絵に関してもお手の物のはず。

舞台は、絶望に覆われ灰色に染まった大都市。
 生きる意欲も希望も見出せない人々は、
 次から次へ自殺をはかっていた。
(公式サイトより)」
というディストピアで、三代に渡って自殺用品専門店を営むミシマ。
ミシマはすぐに三島由紀夫のことだとわかりますが
娘がマリリン(=モンロー)という名前なのも自殺者だからだそうで。
(ほかの家族に関しては知らないけど。おほほ)

我が国日本もなかなかの自殺大国だし、
人生に絶望して、いっそのこと死んでしまいたいという感情は
わからないではないのですが
誰もがこぞって自殺したがっているというこの世界の設定では
死を望む人たちの中には老若男女いるわけで
なんでどんどん死なないのかという疑問が湧いてきます。
死にたければさっさと死ねばいいのですが
年をとるまで自殺に踏み切っていない人がいるということは
裏を返せば、じつはやっぱりみんな本当は生きていたいということになり、
それは生きることに対する執着は存在するということなので
設定自体に齟齬を感じないわけではありません。
一応、自殺したくても公の場所では自殺できないという制約はありましたが
いっそのこと、誰もが可能な限り早く死にたいと考えているけど、
法律によって自殺が規制されているので
自殺許可証の発行を首を長くして待ち望んでいる、くらいのほうが
ディストピアの描写として振り切っていると思えるのですが
どうでしょうか。余計なお世話か。

ミシマが客に自殺用品を売り込むときに言った
「死は人生に一度ですよ。好きなように死にたいですよね」
というセリフには大きく頷きましたが
そんな世の中で、自殺用品専門店を営むミシマ一家が自殺しないのは、
自分たちがいなくなると自殺者が困る
という理由で
やっぱりちょっと腑に落ちない感があるのですが
ま、あんまりこの作品の設定にケチをつけるのは
野暮なことかもしれません。

てなことを言っておきながら、
やっぱり後半に向けて不満は募るばかり。
天真爛漫な末っ子のアランが生まれたことで
ミシマ家は混乱していくのですが
生きることに希望を持ったり、楽しんで笑ったりすることを禁じているミシマ家で
兄と姉は、両親の教育通りに悲観的な人間へと成長しているのに
なぜアランだけが少年の年頃になっても
両親の教育の影響を一切受けずに育ったのか
わかりません。
アランだけは生まれながらにしてポジティブなんだ、と
理解すればいいのでしょうか。
ならば、兄と姉は生まれつきネガティブということになりそうですが
生まれつきならふたりが改心することもないはずですがね……

とにかく、アランだけがこの物語の世界の常識に反して
徹底的に明るく、自分の正しさを疑う素振りも見せないことが
どうにも納得がいかないのです。
例えば、両親も世の中も超ネガティブな世界で生まれ育って、
アランもそれが当たり前だと思っていつも暗い顔をしているけど
楽しいことがあるとどうしても笑ってしまう……なんでだろう……
楽しいってダメなこと? 笑うってほんとにいけないこと?
……なんていう葛藤がアランには存在せず、
唯我独尊、超人的な善として全く周囲の影響を受けないのが
気に入らないのです。
唯一、アランがミシマの言うことを信じるのはタバコのシーンだけでしたが
むしろ、なんでそこだけ素直に鵜呑みにするのか逆に不思議。
どこにそんな金があったのか、修理工に車を改造させ、
爆音でミシマの店をメチャクチャにしてしまうあたりでは
だんだんアランに腹が立ってきました。

腹立ちついでにいえば
こんな自殺マンセーな世の中で、自殺用品専門店が
ミシマの店一軒しか登場しない
のもいかがなものでしょうか。
ライバル店があってもしかるべきだし、なんならそこには
アランと同じような考えを隠し持っている女の子がいたりして
アランと女の子は、いがみ合う親たちの板挟みになりつつ
笑って楽しむのは悪くないよという気づきをもたらせる……
なんて展開になれば、ベタかもしれませんが
物語の設定上の齟齬はなくなると思うのですが。

最後には、たかが子供の悪ふざけに全員が感化されて
自殺用品専門店を辞めてクレープ屋を始めちゃいます。

そして、そのクレープ屋は大繁盛しているのです。
よかったね! いやいや、よかったね、じゃねえよ!
人生に絶望し、自殺を望む人が多いのは社会の問題であって、
この一家が原因で世の中が悪くなっているわけではないはずです。
100万歩ゆずって、アランのおかげで家族たちが心を入れ替えたとしても
それによって世の中全体が人生をポジティブに捉えようと
改心する理由がさっぱりわかりません。

これまた、調子に乗って改定案を言わせていただくと
ミシマ家は楽しく生きることにしてクレープ屋を始めたけれど
世の中はあいかわらず死にたい人だらけだから、店は閑古鳥が鳴いている。
困ったねえ、なんて言っていると
死に損ねた昔の客が自殺用品を求めて現れ、
もう自殺用品売るのは辞めたんですよ、せっかくだからクレープ食べて帰って。
なんてひとつごちそうすると、おいしさのあまりに客はつい笑顔に。
こんなにおいしいなら、死ぬのはやめて明日も来ようかなてことで
みんなあははと笑って、ザッツ、オール!
どうですか、これ。悪くないでしょ。
これなら、このクレープ屋から世の中が変わっていくかも知れないと
思いませんか?

ま、とにかく。
楽しく生きようというごくごくあたりまえの結論にたどり着くために
わざわざ偽悪的な世界を舞台に設定することが許せません。

これは、年寄りを後ろから蹴り倒したあとに、大丈夫ですか?と手を取って
人に優しくするって大切だよねというようなものです。

「喜劇であって、暗く不吉な映画ではありません。とことん楽観的な映画です。
 そして、この映画は子ども向けでもあります。」

と、パトリス・ルコント監督はインタビューの中で言っています。
この翻訳が監督の真意を正確に捉えているかどうかわかりませんが
僕に言わせれば、この作品は子供向けではなく、子供だましです。
子供をナメんなよ。大人もナメんなよ。
それから、アニメもナメんなよ。

僕のように、この作品にがっかりした人には
シルヴァン・ショメのアニメ『ベルヴィル・ランデブー(2003)』
おすすめします。 まず、動く絵をみる喜びがありますから。

僕と違って、この作品にうっとりした人は
自殺用のロープでも買いに行けば?





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