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共喰い

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(2013年/日本 102分)
監督/青山真治 原作/田中慎弥 脚本/荒井晴彦 撮影/今井孝博 照明/松本憲人 音響/菊池信之 美術/清水剛 衣装/篠塚奈美 編集/田巻源太 音楽/山田勳生、青山真治
出演/菅田将暉、木下美咲、篠原友希子、光石研、田中裕子

概要とあらすじ
第146回芥川賞受賞を受賞した田中慎弥の小説を、「EUREKA」「東京公園」の青山真治監督が映画化。山口県下関市を舞台に、高校生の遠馬、暴力的な性癖を持つ父、その愛人らが繰り広げるひと夏の出来事を、原作とは異なる映画オリジナルのエンディングとともに描き出す。昭和63年、山口県下関市の「川辺」と呼ばれる場所で父親とその愛人と3人で暮らす高校生の遠馬は、性行為の際に相手の女性を殴るという粗暴な性癖をもつ父親を忌み嫌っていた。しかし、17歳の誕生日を迎えた日、幼なじみの千草と初めて交わった遠馬は、自分にも粗野な父親と同じ血が流れていることを自覚させられる。主人公の遠馬を演じるのは、「仮面ライダーW」「王様とボク」などで注目を集める若手俳優・菅田将暉。(映画.comより



頭の中はセックスばっかり

自他共に認める不勉強ゆえ、
青山真治監督の過去作を観たことがないものですから
「北九州三部作」と呼ばれる作品群のあとに
下関を舞台にした『共喰い』を撮ったということの意味合いに
残念ながら言及することはできません。
原作者の田中慎弥にしても、芥川賞受賞会見での
めんどくさそうなやつだな、というくらいの印象しかなく
もちろん原作小説も読んじゃいないので
いかなる予備知識もないまま感じたところを
つらつら書いているわけです。
悪く言えば、ただの無知。よくいえば、ピュア。

ぶっきらぼうに画面いっぱいに出てくるタイトルには
古き良き日本映画の厚かましさを感じて
なんだかにんまり。
ナレーションで語られる昭和62年という時代設定が
とくに終盤で大きな意味を持ってくるのには
まだ気がついていません。

予告編や紹介記事を見る限りでは
この作品は父親である円(まどか=光石研)を中心にした
物語になるのではと予想していたのですが
意外にも円の息子である遠馬(菅田将暉)を主人公とした
物語でした。
性欲だけに従って生き、セックス中に女性を殴るという癖がある
円にはまったく悪びれる様子もなく、
遠馬の母親・仁子(田中裕子)はすでに別居して
ひとりで魚屋を営んでいます。
高校生の遠馬は、とにかくヤリたい盛りで
少なくとも男性なら少なからず身に覚えのある行動をとりますが
遠馬は父親が暴力的な性癖によって母親を苦しめていたことを知っていて
その父親の血を継ぐ自分も
同じように暴力的なセックスを求めるようになるのではないか、
という疑念に悩まされている、というのが
基本的な設定です。

母親・仁子は自ら円のもとを去ったわけですが
円のもとには、やはりかつての仁子と同じように
なぜか円に惹かれる琴子(篠原友希子)が寄り添っています。
また、遠馬の恋人・千種(木下美咲)
遠馬の好きなようにやらせています。
僕はなぜだか、この作品に登場する女性たちをみていて
野球のキャッチャーのことを「女房役」と呼ぶのを思い出しました。
ボールを投げるのはつねに男のほうで
女性はそれをひたすら受け止め、
ときには暴投に身を投げ出したりしながら、
ピッチャーである男の能力を引き出そうとしているように
感じたのです。
「いくで、マメタン!」「はいな、あんさん!」
ていう、『男どアホウ甲子園』をたとえに持ち出しても
誰もわからないでしょう。そりゃ、そうでしょう。

誰の目にも明らかなように
この作品は、エディプスコンプレックスの物語であり、
父殺しの物語で、思春期の男にとっては
通過儀礼のようなものでしょうが
それにしても、
うなぎや釣り竿、なんならカタツムリや亀も含めて
わかりやすい男根のイメージ
に満ちあふれています。
そして、セリフでも語られているように
「川辺」と呼ばれる場所そのものが女陰を表現しています。

少しだけ気になったのは、
登場人物たちの世界が非常に狭いことです。
魚屋に来ていた客や、街の子供は登場しましたが
主要人物以外はほとんど登場しません。
手当たり次第に女に手をつける父親に
眉をひそめたり、はたまた賛同したりする街の住人などが
いてもよかったのではないでしょうか。
挙げ句の果てに息子の恋人をレイプしてしまうほど
好き放題やっている父親が
あまりにも万能にみえたのは少し物足りない。

父と息子の葛藤に合わせて
冒頭に説明のあった昭和62年という設定は
昭和の終焉=平成前夜ということのようです。
まるでレクター博士みたいに捕らえられた仁子が
「あのひとより、長く生きようと思った」という
「あのひと」とは昭和天皇のことでしょう。
太平洋戦争の戦争責任を昭和天皇ひとりに託すのは
いかがなものかとは思いますが
とにかく、ひとつの時代の終わりと始まりを
表現しようとしているのは明らかです。
てことは、あのDVレイプ野郎の父親・円が
昭和の象徴
ということになってしまい、
いくらなんでも言い過ぎじゃないのとは思いますが、
なにはともあれ、キャッチャーミットを捨てた女性たちは
それぞれの方法で自立の道を辿ろうとしています。

あえていえば、同情するのは母親・仁子で
昭和的男根思想にいちはやく愛想を尽かして円と離れるものの、
ほかの街へと旅立って別の人生を歩むことはなく、
仁子自身が前時代的な慣習から逃れられない存在であるからこそ
彼女自身の手で円を殺し、
自分の人生に決着をつける必要があったのではないでしょうか。





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