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偽りなき者

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(原題: Jagten 2012年/デンマーク 115分)
監督/トマス・ビンターベア 脚本/トマス・ビンターベア、トビアス・リンホルム 撮影/シャルロッテ・ブルース・クリステンセン 美術/トーベン・スティー・ニルスン 衣装/マノン・ラスムッセン 編集アンヌ・ストラッド、ヤヌス・ビレスコフ=ヤンセン 音楽/ニゴライ・イーイロン
出演/マッツ・ミケルセン、トマス・ボー・ラーセン、アニカ・ビタコプ、ラセ・フォーゲルストラム、スーセ・ウォルド、ラース・ランゼ

概要とあらすじ
「セレブレーション」「光のほうへ」で知られるデンマークの名匠トマス・ビンターベアが、「007 カジノ・ロワイヤル」「アフター・ウェディング」のマッツ・ミケルセンを主演に迎えたヒューマンドラマ。変質者の烙印を押された男が、自らの尊厳を守り抜くため苦闘する姿を描き、2012年・第65回カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞ほか3冠に輝いた。親友テオの娘クララの作り話がもとで変質者の烙印を押されたルーカスは、身の潔白を証明しようとするが誰も耳を傾けてくれず、仕事も親友もすべてを失ってしまう。周囲から向けられる侮蔑や憎悪の眼差しが日に日に増していくなか、それでもルーカスは無実を訴え続けるが……。(映画.comより



自分の考えたいようにしか考えないバカども

冤罪をテーマにした作品だということは
知ったうえで観た『偽りなき者』
案の定、腹が立って腹が立って、
どうしようもない作品でした。いい意味で。
こういう理不尽な展開はどうにも我慢ならないタチでして
もし、ルーカス(マッツ・ミケルセン)と同じことが
自分の身に起こったら
ルーカスのように毅然としていられるとは思えません。

教師だったルーカスは小学校が廃校になったため、
幼稚園で保夫(?)として働いていますが
幼稚園で働く男性がルーカスだけというのが
彼の状況の特異性を物語っています。
どうやら、そもそもデンマークでは
幼児への性的虐待に対する警戒心が強い
という
下地もあるそうです。(公式サイト参照

妻とは離婚調停中で、息子とも離ればなれ。
いろんなことがうまくいかないルーカスですが
それでも、気の合う男友達と狩りを楽しみ、飲んだくれ、
同僚の恋人もできたり、それなりに上向きな徴候もみられます。
旧知の親友テオ(トマス・ボー・ラーセン)から
離婚した妻との現状を訊かれ、お茶を濁すルーカスをみて
「お前の嘘はすぐにわかるさ」というテオ。
テオ……なんにもわかっちゃいなかったな!!
ただ、「お前は嘘をついているときは目線をそらす」というセリフが
クリスマスイブの教会での
テオを射貫くようなルーカスの強く冷たい視線の意味を示唆しています。
ルーカスの目をみて、テオはルーカスの無実を(やっと)悟ったのです。

子供がついた嘘が原因で
エラいことになるのはわかっていたので
もっとこう、クソガキが大人をもてあそぶような内容だと思っていたら
「ルーカスが空に向かっておっ立った棒みたいなチンコを見せた」という
テオの娘クララ(アニカ・ビタコプ)
意図を持ってしたたかな嘘をついたわけではなく、
周囲の「善人たち」が勝手に騒ぎ立てていたのでした。
クララは、大好きなルーカスにラブレターを送ったら返されたので
なによいけずとばかりに、ルーカスに意地悪をしたのです。
よりによって、最近耳にしたばかりの
「空に向かっておっ立った棒みたいなチンコ」という言葉を使って。

すべての元凶はクララの話を最初に聞いた園長の
グレテ(スーセ・ウォルド)でしょう。
この正義漢ぶったクソババアのせいでルーカスの不幸が始まります。
とにかくクララの話を鵜呑みにして
ルーカスに対しては状況も説明せず、
まったく事情を聞こうともしないのです。
いやいや、クララの話を鵜呑みにするならまだしも
勝手にどんどん話に尾ひれをつけていきます。

「大人同士の間であることが、子供との間で起きた」
ルーカスに説明するものの、この時点で
クララの言葉からは、すでにかなりの飛躍をしています。
しかも判断能力がないからか、わけのわからないオッサンを連れてきて
クララから話を聞こうとするのですが
「握らされた?」「白い液体が出た?」
クララが言ってもいないエロ妄想を勝手に展開していきます。
そして勝手に気分が悪くなって、ゲロするクソ園長。
なにやってんだよ、バカ。

我が国における「放射脳」と同じで
こういうバカにとっては、被害が大きければ大きいほど
自分の正義心を満たすためには好都合
なのです。
事実を検証しようとしないところがこういうバカには共通していますが
挙げ句の果てには、幼稚園の園児のほとんどが
ルーカスの性的虐待を受けていることになってしまいます。
「誰もがルーカスにいやらしいことをされているんです。
 みんな、言わないだけで」
ってやつです。
どっかの「魂」のない雑誌なら
ルーカスに対する理不尽で悪質な攻撃も「問題提起」だと
言い逃れするのかもしれませんな。

この作品のセリフにもあったし、
『それでも僕はやってない』でもそうでしたが、
「やった」という人間がいる以上、
「やっていない」ことを証明するのは至難の業です。
アリバイってやつがものをいうこともあるでしょうが、
だって、なんにもしてないんだから、証拠がない。
こうなってしまった以上は、やさぐれたらやつらの思うつぼ。
絶望して自殺なんかしたら好き放題にいわれるでしょう。
でも、これをやり過ごすには恐るべき忍耐力が必要になりそうです。
あのクソ園長を30回くらい殴りたいと思っている僕には
到底無理です。

デンマーク人のアンデルセン『はだかの王様』のように
子供は真実を語るものだという強い思い込みがあるようで
たしかにそれは、ひとつの真理ではあるのかもしれないが
この作品で描こうとされているのは
集団ヒステリーによる暴力のほうでしょう。
無事にルーカスの無実が認められたかにみえたあと、
ラストシーンで何者かに銃で狙われるルーカス
無実が証明されても遺恨は残っているというわけです。
勝手な思い込みによってルーカスを攻撃していた連中は
ルーカスが無実だとわかると
こんどは自分が間違っていたと認めたくない
というわけで
ルーカスの苦難はさらに続きそうです。

もちろん、ルーカスに感情移入しながら観ていたわけですが、
もし自分がルーカスと同じ境遇に陥ったら、と考えるのは
ルーカスを手本にしながら、
ブチギレるのを堪え忍ぶ自分の姿を思い描けばいいけれど、
もし、自分の親友や家族がルーカスと同じ境遇になったらと考えると
そっちのほうがよっぽど対処が難しいような気がします。
ルーカスの恋人のように
「ほんとに、やってないよね?」と問いただしただけでも
当人が疑われていると感じるのは当然ですから。
ルーカスを疑わずに、冷静に解決策を模索していた
街の有力者らしき親友の行動は
なかなか真似できるものではないと思いますよ。





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