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V/H/S ネクストレベル

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(原題:V/H/S/2 2013年/アメリカ 96分)
監督/サイモン・バレット、アダム・ウィンガード、エドゥアルド・サンチェス、グレッグ・ヘイル、ティモ・ジャヤント、ギャレス・ヒュー・エバンス、ジェイソン・アイズナー

概要とあらすじ
新進気鋭のクリエイターが集結し、ファウンドフッテージ形式で描かれたホラーオムニバス「V/H/S シンドローム」(2012)のシリーズ第2作。失踪した青年の捜索依頼を受けた私立探偵の男と助手の女は、調査のため青年が滞在していたという古い一軒家にやってくる。そこには大量のビデオテープと血痕が残されており、助手の女は手がかりを求めてビデオテープを再生する。しかし、そこに収められた映像は想像を絶する恐ろしいものだった。女はとり憑かれたように次々とテープを再生していくが……。参加監督は「サプライズ」のアダム・ウィンガード、「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」のエドゥアルド・サンチェス、「ホーボー・ウィズ・ショットガン」のジェイソン・アイズナー、「ザ・レイド」のギャレス・エバンスら。(映画.comより



こだわる必要があるのかね?

一部の好事家の間で話題の『V/H/S』シリーズの第2弾のあたる
『V/H/S ネクストレベル』のDVDがリリースされたので
ちょいと観てみようと思ったのですが
第1作目の『V/H/S シンドローム』を観ていなかったもんだから
まずは律儀に『V/H/S シンドローム』から観てみると
これが予想以上にひどい出来で
感想を書く気にもなれませんでした。

それでも、なんとか嫌な思いを掘り返して
『V/H/S シンドローム』について書くとすれば
なにかしら異常事態が発生するまでの映像は
まさに他人のホームビデオを見せられているときと同様に
とんでもなく退屈
で、
当然、過度な手ぶれやアングルの稚拙さなどが目に付くのですが
そもそものPOVの魅力である臨場感よりも
粗雑な印象のほうが際だっていて、不快でしかありません。

どんな大変な状況になっても登場人物がカメラを離さないという
POVにおける齟齬
をなくすためか
カメラ付きメガネとかカメラ付き着ぐるみとかの設定には
かなり無理があるし、
そのなんだかハイテクな録画機能付きカメラで撮影した映像を
わざわざVHSにダビングしているのも不自然。

それぞれのエピソードもPOVの特性を活かしたものとは言えず、
アイデアも凡庸。
最後の、パソコンでチャットをやっているエピソードには
かすかな期待を抱きましたが
繰り返しになるけれど、チャットの映像をPCに保存して
さらにVHSに落としていること自体がやっぱり不自然で
そもそもVHSという時代遅れのメディアに対する郷愁を
現代に置き換えて再現しようとする企画自体に疑問を感じました。

というわけで、すっかり辟易していたのですが
『V/H/S ネクストレベル』は面白いぞ、という意見を
どこかで目にしたので、半信半疑でDVDを手にしたのです。
どうですか、この律儀さ! 誰も褒めてくれないけど。
観ないと文句も言えませんからね。

で、観てみると……
同じじゃん! ちっともネクストレベルになってねーじゃん!!

人の家に忍び込んでビデオテープを再生するという
構造的にメタなシーンが、
ファウンド・フッテージの体裁を保つための設定なのかもしれないけど
前作同様に、このブリッジにあたるシーンにも
ホラーの要素を入れようとしてるのが、まぎらわしいだけなのです。
たとえば、ホラーを扱う映像会社に応募してきたビデオを
オーディションしているような客観性がほしいところです。

そして、やっぱり前作同様に
POVという制限の中で表現することを強いられながら
誰もがその制限を邪魔だとしか思っていない
ところが
ひしひしと伝わってきて、
どうにかしてPOVから逸脱しようと四苦八苦しているようすが
手に取るように感じられます。
じゃあ、そもそも作り手を苦しめるだけのPOVの設定に
いったい何の意味があるのか、改めて疑問に思えてくるのです。

1本目では、録画機能付き義眼を埋め込まれた男が
見えなくてもいいものまで見えるようになってしまう話ですが
そのSF的医療技術の設定は、先述したようなPOVの齟齬を補うために
用意されたものであって
最後に主人公が自分の目をくり抜こうとも
一人相撲を眺めている感は否めません。

2本目は、公園サイクリングからのゾンビ。
サイクリングするのに、なぜヘルメットの上に
カメラをつけなければいけないのか疑問だし、
彼女とスマホで会話している現代に、撮影した映像を
わざわざVHSにダビングしている不自然さがどーしても気になる。
(おれも、しつこいな)
時代はクラウドですよ?
VHSをメディアとして扱うには
撮影された時代を30年前くらいに設定しないと、さ。
ていうか、パーティーをやっている子供が映った時点で
別のカメラにかわっているわけで、
ヘルメットの上のカメラと別のカメラの映像を
誰が編集したの? という気持ちの悪い齟齬が
またしてもでてきます。

かろうじて、まともだったのは
『ザ・レイド』ギャレス・エバンス監督による
インドネシアのカルト宗教ものでしょう。
山ほどあるPOVの欠点を、報道陣の取材という設定によって
無理なくクリアしていると思います。
これならカメラが何台あっても不思議ではありません。

ほかのエピソードが
テープの切れ目やブロックノイズ、
ただ見づらいだけの手ぶれを多用して
すでに古くさい臨場感を出そうとしているのに反して
ギャレス・エバンス監督のパートは
しっかりとビジュアル的に構成された絵面を見せようという
心意気が感じられて好感が持てます。

4本目にいたっては、
親が外出している間にガキが騒いでると
宇宙人が襲ってくるのですが、
ついそこまで宇宙船に乗ってやってきたはずの宇宙人は
走って追いかけてきて人間にかじりつくのです。
これ、ゾンビだよね……

てなわけで、やればやるほど
POVの欠点をさらけ出しているようにしか思えず、
面白いことをやろうとすれば
POVから逸脱しなければならないという
一体何のための苦行なのかわからなくなってきます。
POVという呪縛がなかったとしても
どれもこれも発想が貧困で
長編ではボツになるような企画を
短編なら許されると勘違いしているように思えてなりません。
短編ほど難しいものはないのに。

ホラーオムニバスでは
『ABC・オブ・デス』がありますが
こちらは、与えられたアルファベットから始まる題材と
5分以内に誰かが死ぬという設定で
演出の手法を制限するものではないというのが
このシリーズと似て非なるところでしょう。
発想というのは、いかなるときも自由であるべきですが
なんでも好きにやっていいよといわれると、かえって難しいもので
フォーマットを与えられたほうが
発想がラクになるというのはよくあることです。
しかし、手段を限定されると
作り手にとって、窮屈にしかならないのではないでしょうか。

『クロニクル』
POVの新境地を切り開いたいま、
旧態然としたPOVにどんな価値があるのか疑問です。







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