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わたしはロランス

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(原題:Laurence Anyways 2012年/カナダ・フランス合作 168分)
監督・脚本・編集/グザビエ・ドラン 製作/リズ・ラフォンティーヌ 撮影/イブ・ベランジェ 美術/アン・プリチャード 衣装/グザビエ・ドラン 音楽/Noia
出演/メルビル・プポー、スザンヌ・クレマン、ナタリー・バイ

概要とあらすじ
23歳の気鋭カナダ人監督グザビエ・ドランが、女性になりたい男性とその恋人の10年にわたる愛を描いたラブストーリー。モントリオールで暮らす国語教師ロランスは、恋人フレッドに「女になりたい」と告白する。そんなロランスを非難しながらも、彼の最大の理解者になることを決意するフレッドだったが……。ロランス役に「ぼくを葬る」のメルビル・プポー。フレッド役のスザンヌ・クレマンがカンヌ映画祭ある視点部門で最優秀女優賞に輝いた。(映画.comより



「らしさ」を決定するもの

『わたしはロランス』という映画に
興味を持った時点で避けられないことかもしれませんが
グザビエ・ドランという監督が
1989年生まれの23歳(製作当時)だということは
できれば知らないほうがいいのかもしれません。
なぜなら、若くて才能があるというだけで癪に障るし、
ましてやこの作品は、
社会的に抑圧された「本当の自分」を解放して
外見や性別をも超えた愛を貫くことができるのか、という
なんとも深遠な題材を描こうとしているので
リクルートスーツにくるまって就活にいそしむ年頃の若造に
「本当の自分」などわかってたまるかと斜に構え、
余計な粗探しに躍起になるかもしれないからです。
ま、映画が始まってしまえばそんなことは忘れてしまうでしょうけど。
だって、これといって粗なんてないんすから。ちっ。

なんせ、19歳で初監督した作品から3作目の『わたしはロランス』まで
連続でカンヌ映画祭に出品してるんですから
年寄りがやっかむ隙もないほど
才能に溢れているとしかいいようがないのです。

加えて言えば、監督のみならず脚本と編集もやってのけるのですから
感覚だけに頼った作風ではないのも明らか。
どういう意図があるのか知らないけれど
いまどき珍しいスタンダードサイズ
ばっちり納まる構図は作為的なもの。
癪に障るなんて高慢な態度は消え失せ、むしろ空恐ろしくなってきます。

ロランス(メルビル・プポー)フレッド(スザンヌ・クレマン)
言葉遊びをしながらじゃれあう姿がじつに楽しそうで
このふたりは、本当に気が合うんだなあということが伝わってきます。
わりと早めに、ロランスは子供の頃から
ずっと女性になりたかったことを告白しますが
彼が抑圧した積年の想いを爆発させるまでの過程はさほど描かれないものの
女子生徒がかき上げる髪をさりげなく視界に入れ、
自分の坊主頭をかき上げる指には
伸ばした爪のようにクリップを挟んでいるだけで、すべてが理解できます。
男性として、女生徒から人気が高かったロランスが
はじめて女装をして教室に登場したとき、
生徒達は息を呑み、しばし静まりかえった後、
「え〜と、8ページなんですけど」とひとりの生徒が切り出すシーンは
生徒たちは一瞬驚いたけれど、女装したロランスを受け入れたとも見えるし、
彼の女装に触れるのが怖いから関心のないフリをしたようにも見えます。
その後、ロランスが好奇の目にさらされることを考えると後者でしょうか。

ロランスは心は女性で、女装したいけれどゲイではないと言い、
恋愛の対象はあくまで女性のようです。
このへん、トランスジェンダーの内訳が非常に複雑で
単純に「オカマ」の一言で片付けられそうにありません。
不思議なのは、身体は男性だけど心は女性だという人間が
化粧をし、スカートをはき、ヒールの高い靴を履く、という
一般的な社会の中での「女性らしい」風貌を求めることです。
「女は女に生まれるのではない、女になるのだ」なんて言葉があるくらいで
女性として生まれ育ってきた人の中には、
そのような一般的な社会が求める「女性らしさ」を
男性社会による押し付けだとする向きもあるわけで、
(そのように主張するフェミニストは一様に「女性の魅力」に乏しい……
 なんて言い始めると、余計にややこしくなるのでやめます)
ロランスのようなひとが女装を求める根幹は
なんだろうという疑問が膨れあがります。
それは、フェミニストの主張とは異なり、
一般的な女性が選ぶ服装は女性が本能的に求めているものだから
ロランスも本能に従って女装を求めるのか、
それとも一般的な社会の規範の中で定義されている「女性」の一員として
認められたいからなのか……
どちらにせよ「○○らしさ」ということに係わってきそうですが
そもそも「自分らしさ」なんてものは幻想で、
もともと自分があらかじめ備え持っていたものではなく、
周囲によって相対的に定義されるものだからして……
あ〜もう〜、どんどん映画から離れていくじゃないかっ!!

当然ながら、保守的な社会との確執やマイノリティの苦悩が描かれ
いかにも若者らしく(←まだこだわってるのか?)
旧態依然とした社会に対するアンチテーゼに終始するかと思いきや、
ロランスの母ジュリエンヌ(ナタリー・バイ)
家庭内での抑圧された生活も並行して描いているのが秀逸。
そして、ロランスの唯一の理解者であり恋人であるフレッドが
なにからなにまでロランスに賛同して行動を共にするわけではなく、
フレッド自身が大きく悩み揺れながら、明解な答えを出すこともできずに
思考とは別の感情によって右往左往しているのが見事です。

ロランスとフレッドの、愛し合っているもの同士の口喧嘩は
迫力とリアリティともに素晴らしいものでしたが
ロランスの口から蝶が羽ばたいてからの後半は
演出に感情の視覚化が激しくなりました。
部屋の中を瀧のように流れる水空から降ってくる洗濯物
シュールなどという安っぽい表現ではなく、
純粋に彼らの目にはこう見えているんだろうなという表現でした。
また、二人が別れる前、仕事を求めるフレッドを面接する男の顔に
ブラインド越しに差し込む光によって縞模様の影を落として、
男の邪(よこしま)な(!)態度を演出する小技が憎い。
ロランスが読むフレッドの手紙の内容が
文字でどーん!
と出てきたときは、しびれましたねぇ。

枯れ葉が舞って、ロランスとフレッドの関係にも秋が訪れたあと、
映画の撮影現場で働く髪を短く切ったフレッドが登場したときには
その後の話だと思ったのですが、坊主頭のロランスが登城して
これがふたりの出会いのシーンだと悟るのです。
フレッドに蝶をかたどったなにか(なんだあれ?)をプレゼントするロランス。
てことは、ロランスの口から蝶が飛び立ったときには
すでに二人の密月は終わっていたということでしょうかね。

グザビエ・ドラン監督は、
ロランスと別れたフレッドが亭主を見つけるパーティに
出演していた
みたいですが
ビジュアル的な驚きのみならず、ストーリーテリングの巧妙さも兼ね備えた
グザビエくんをできるだけ速やかに体育館裏に呼び出して恫喝し、
年長者の恐ろしさを思い知らせる必要がありそうです。
(↑まだ言ってんのか!)





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コメント

見逃しました。

こんばんは。

この作品の予告を劇場で観ましたが、
かなりインパクトがあったことを覚えています。
映画館にまで足を運べない状況にあり、見逃してしまいました。
DVDレンタルはは来月ですね。
楽しみにしてます。

2014/03/21 (金) 19:29:21 | URL | ぷっちん #Drcz0VvE [ 編集 ]

Re: 見逃しました。

>ぷっちんさん
いつもありがとうございます。
僕もやっと二番館で観ることができました。
おすすめします!

2014/03/21 (金) 21:01:49 | URL | のほうず #- [ 編集 ]

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