" />

ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日

lifeofpi.jpg



(原題:Life of Pi 2012年/アメリカ 126分)
監督/アン・リー 原作/ヤン・マーテル 脚本/デビッド・マギー
出演/スラージ・シャルマ、イルファン・カーン、タブー、レイフ・スポール、ジェラール・ドパルデュー

概要とあらすじ
カナダ人作家のヤン・マーテルが2001年に発表し、ブッカー賞を受賞した世界的ベストセラー小説「パイの物語」を、「ブロークバック・マウンテン」「ラスト、コーション」のアン・リー監督が映画化。乗っていた貨物船が遭難し、一匹のトラとともに救命ボートで漂流することになった少年パイのたどる運命を描く。1960年インド・ポンディシェリに生まれた少年パイは、父親が経営する動物園でさまざまな動物たちと触れ合いながら育つ。パイが16歳になった年、両親はカナダへの移住を決め、一家は動物たちを貨物船に乗せてインドをたつが、洋上で嵐に遭遇し貨物船が沈没。必死で救命ボートにしがみついたパイはただ一命を取りとめるが、そこには体重200キロを超すベンガルトラがいた。(映画.comより)



シマウマの縞はボーダーセーラーだったのか!!

意外にも、という言い方が妥当かどうかわかりませんが
映画館の観客層は若干高めだと感じました。
「わたしは結構です」と入場口で3Dメガネの受け取りを
遠慮していたおばあちゃんがいましたが、
広告の入ったティッシュじゃないんだから
3D映画を観るときは、ぜひ3Dメガネを受け取ってください。
決して恥ずかしいことじゃありませぬよ。

救命ボートに乗った少年と一匹の虎が海を漂流する物語。
と聞くと、『ナルニア国物語』のような
ファンタジーアドヴェンチャーを思い描くところですが
まったく間違いとは言えないものの、夢見るおとぎ話ではなく、
いや、夢見るおとぎ話という言い方もできるけれども
ファンタジーアドヴェンチャーと片付けてしまうのは早計で、
いや、ファンタジーアドヴェンチャーと言ってしまっても
差し支えないかもしれないから、もういっそのこと
「これは『ナルニア国物語』です!」と言い切ってしまうのは
完全に間違っている、そんな作品です。

「映画化不可能」といわれていたという原作『パイの物語』ですが
「映画化不可能」というふれ込みはちょくちょく耳にするので
やればできるくせにと思ったりもするのですが
当然のごとくCGの使用は不可欠で、また、
CGの技術向上は加速度的に日進月歩なのですから
制作中に最初は出来なかったことが
出来るようになったりすることもあるわけで、
監督やスタッフがどういう完成形をイメージするのかが
とても重要になってくるのではないでしょうか。

アン・リー監督がインタビューで語っているとおり
原作とそれを映像化した映画とはまったくの別物で
小説では読者の想像力にまかせておけばいいものを
映画では読者が想像するものを画で見せなければなりません。
小説を忠実に再現した画が観客をがっかりさせたり、
辟易させたりする要因となるのを注意深く避けながら、
観客を拘束する上映時間にも配慮しつつ脚本を書き進めるためには
ただ原作に書かれているものを書かれたままに
デッサンしているだけでは十分とは言えないのです。

それにしても、虎! トラよ! 嗚呼べンガルトラよ!
いやさ、リチャード・パーカーよ!


凄すぎるでしょ。
これ以上、なにをどう進化させればいいのか
わからないほどCGの技術が素晴らしいのです。
ほんの一昔前までは、髪の毛などの繊細な部分で
CGであることが露骨に見て取れて興醒めだったものですが
CGであることをまったく意識させないほどのリアリティーです。
(ほんとは頭の中でずっと「これがCGかよ〜」と
 思いながら観ていたので別の意味で意識してたけど)

この作品では、動物をCGで表現するときに
たとえば、人間を慰めるために顔を舌で舐めたり、
悲しいシーンで涙を流したりするような擬人化を避けたそうです。
これが動物と心が通じ合ったなどというのが
人間の勝手な解釈にすぎない思い込みであることを示し、
夢のような世界でありながら現実感を保っているのです。
そそそそそ、そう、これが『ナルニア国物語』との
純然たる違いなのです!
 やっと出てきた! 助かった!
(念のため『ナルニア国物語』批判じゃありませんから)

パイとリチャード・パーカー(虎)の漂流の旅は
途中から徐々に、現実と夢想が入り乱れたような
シュールかつ幻想的な映像に包まれるようになっていきます。
鑑賞しているこの時点では、この幻想的な表現は
パイの内面をイメージするための
飛躍したグラフィカルな表現だと捉えていましたが、
結末で明かされるエピソードを知った後で振り返ってみると
単なるイメージ映像ではなく、
物語と密接に関係した表現
だったとわかります。
このように、同じCGでも
前半は現実に存在するものを忠実に再現するために使われ、
後半では現実には存在しないものを顕在させるために
使われています。

もちろん虎だけではなく、海の表現も大迫力です。
高波がうねりまくる嵐のシーンは本当に船酔いしそうになったし
波ひとつない海面が鏡となって空を映し出すシーンは
天地の区別がつかなくなるような感覚でした。
ここでも多くのCG技術が使われていますが
それと併せて、波を作る機能を備えた巨大なプールをセットにして
撮影されたというから驚きです。

この作品は、純粋な少年が冒険の中で
徐々にたくましく成長していくさまを描く成長譚のほかに
もうひとつ、宗教もしくは信仰について物語る一面があります。
パイは幼いころから「神」の存在に対して強い興味を持っていますが
宗派、教義などの違いには無頓着です。
あえて言えば「信仰心」はあっても「宗教心」がないのです。
パイの父親は、パイに向かって
「3つの神を信じることは何も信じないのと同じだ」と言いますが
あるひとつの宗教を信じるということは
同時にそのほかの宗教を信じないことの逆説的表明にもなり、
自らを正当化するために他者を駆逐する原理主義へと
到ってしまうのではないでしょうか。
その原理主義がもたらす弊害は
現代を生きる私たちがよく知るところでしょう。

純真な心を持つパイは、
無意識に「人間の力が及ばないなにか」の存在を
感じ取っていたのではないでしょうか。
「神とはなにか」という問題は
すでに多くの賢者識者があまたの答えを出しているでしょうが
この作品が示す「神=自然」というひとつの考えは
アン・リー監督が台湾出身であることを引き合いに出さずとも
東洋的な発想であると言えるのではないでしょうか。

パイの幻想が最も顕著に現れるのが
大量のミーアキャットが住む謎の浮島です。
体力の限界を迎えたパイとリチャード・パーカー(虎)に
あたかも手を差し伸べるように出現したその島は
夜になると生きものの命を奪う島へと姿を変える
此岸と彼岸の出入口のような存在でしょう。
(どうでもいいことですが、映画館では
 このミーアキャットの仕草などを見て
 うふふおほほ的な笑いが起きていました。
 もしかしたら「動物もの」を観る感じだったのかなぁ。
 確かにユーモラスではあったけども…
 まあ、自由に笑ったりすればいいんだけどさぁ)

——1/30追記
  後日、つらつらと考えていて思い当たったこと。
  パイと虎との海上でのサバイバルは
  観客が目にするスクリーンに映し出される光景とは別の
  もうひとつの物語が水面下で(←海だけにね)同時進行しており、
  そのもうひとつの物語におけるパイの肉体的衰弱とシンクロして
  スクリーンに映し出される映像が幻想の色合いを濃くしていく。
  そして、パイの肉体的衰弱が極限に達したとき、
  ふたつの物語がひとつになり、ある到達点を迎える。
  すなわち、大量のミーアキャットが住む謎の浮島は
  パイの臨死体験だというほかない。
  パイが樹の上で見つけたのが人間の歯であったことは
  パイが幼少期に母親から聞かされた「口の中に宇宙がある」という寓話と
  前半で強調されるパイの家族がベジタリアンであることに端を発して
  海上のサバイバルでの狩猟に到る過程における
  この作品の「生きること=食べること=殺生」という
  ひとつのテーマの側面にも関連し、
  その人間の歯が隠されていた花は、パイの恋人が
  ダンスの中でポーズを取っていた蓮の花と酷似していることから
  恋人との思い出が臨死状態の死の淵から
  パイを此岸へ連れ戻したと言えるのではなかろうか。
  
主人公パイを演じるスラージ・シャルマは
なんと俳優未経験の学生
なかなかの演技だったと思いますが
撮影前は泳げないどころか、海を見たことすらなかったというから
おまえ、それでよくオーディションに応募したな
としか言いようがありません。
演技初挑戦というわりには、過酷な漂流生活を演じるために
体重を68kgから75kgへ増やしたあと、60kgに減らすという
デ・ニーロばりの役者根性です。
細かいですが、トビウオのシーンで
ウロコまみれになっているのが笑えました。
(これまた、どうでもいい話ですが
 この映画で沈没する船は「ツシマ号」という日本の船で
 ボートの備品にも日本語が書かれています。
 映画の中に日本語や日本人が出てくると
 ちょっと嬉しいというか、
 なんか、ほっこりしません? しません?)

そして、ラストで明かされる
観客が観てきたものとは別のもうひとつの物語
僕にはそのどちらが真実なのか追究することは
あまり有意義だとは思えません。
パイが平常心を保つために言葉を必要とし、
鉛筆がなくなるまで日記を書き続けていた手帳は
波の中へ消えてしまいました。
そこにはどちらの物語が書かれていたのでしょうか……

ちなみに、公式サイト及びパンフレットによると
書類の手違いでつけられた「リチャード・パーカー」という
虎の名前には因縁があるようです。
まずは、エドガー・アラン・ポーの1837年の
「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」で
海を漂流中に食糧が尽きた4人の男たちが
くじびきで決まったひとりを食べてしまう物語。
その不運にも食べられた男の名前が「リチャード・パーカー」
そして、もうひとつは
1884年に実際に起きた「ミニュネット号事件」で
これまた4人で救命ボートで遭難中に
衰弱したひとりの少年を殺して3人で食べてしまったという事件。
その食べられた少年の名前が「リチャード・パーカー」

……だそうです。
世界中の「リチャード・パーカー」のみなさん!
気をつけなはれや!






にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ 
関連記事
スポンサーサイト

コメント

検索で貴サイトに辿り着きました

 初めまして。「ライフ・オブ・パイ」について色々検索していて貴サイトに辿り着きました。
 とても面白い文章ばかりで楽しませて戴きました。「ライフ・オブ・パイ」の解釈については、色々と論議が交されているようなので、様々な意見を読んでみましたが、ミーアキャットの島について、貴サイトの解釈が最もしっくり来ました…というか、わたしの感じたことと同じで、とても嬉しく感じました。森の奥で花開く蓮の花…、このキーワードには、言葉にするなら、愛とか、宇宙といった深遠なものを感じます。
 もし、よろしければ、わたしのブログで貴サイトの紹介をしたいのですが如何でしょうか。

 今後も貴サイトの更新を楽しみにしています。応援しています!:)

2013/02/03 (日) 10:20:06 | URL | うまうま #dlLumDTQ [ 編集 ]

うまうまさん

コメントありがとうございます。ブログの作法(?)がよくわかっていないので、失礼があるかもしれませんがご容赦を。こちらこそよろしくお願いいたします。

2013/02/03 (日) 20:38:18 | URL | nohouz #- [ 編集 ]

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。

2013/04/12 (金) 13:06:26 | URL | 投資 #- [ 編集 ]

投資さん

コメントありがとうございます。励みになります。
また来てやってください。

2013/04/28 (日) 14:14:17 | URL | nohouz #- [ 編集 ]

大迫力!

早稲田松竹2Dにて観賞。

あたり前の言い方になりますが、
イマジネーション溢れた圧倒的な映像の連続に
最後迄、胸はバクバクしっぱなしで、正直観た後は疲れました。
オジさんには2Dで充分満足。
個人的には冒頭のフランスのプールのシーンが一番好きかな。
プールと空が同化しちゃうんだぜぇ。(笑)

物語の方はうまうまさんが云う通り、
2つある真実を、どちらが真実だと考えるのは野暮ですね。
パイが生き延びた想いを考えれば、他者にどう思われようと、
パイ自身が真実だと云ってる方が真実なのでしょう。

リチャード・パーカーの名前は因縁があったんですね。
小説のあとに事実としての名前が同じだったとはコワイ。

それにしてもアン・リーはジャンルレスな監督ですげえや。
共通するのは登場人物に対する視線がメチャ優しい所かな?

それと、J・ドパルデュー久々に観たな。
相変わらずペリカン体型で笑ったぁ。
ちょい役だったねぇ。

2013/07/03 (水) 16:38:23 | URL | OKU #- [ 編集 ]

Re: 大迫力!

>OKUさん
コメントありがとうございます。
あなたはもしかして、あなたですね。

早稲田松竹は、最近デジタル導入しましたね。
まあ、とにかく映画の面白さ満載の作品でした。

2013/07/04 (木) 11:53:13 | URL | のほうず #- [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

«  | ホーム |  »

プロフィール

のほうず
映画が好きで観るのはいいが、
かたっぱしから忘れていくので
オツムのリハビリ的ブログ。
******************
当ブログの文章・画像およびイラストの無断転載を禁じます。引用される場合は、出典の表記と当ブログへのリンクを設定してください。

FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

お気に召したら
クリックお願いします。
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

スポンサードリンク

↓過去の記事はこちらから!↓

検索フォーム

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

カウンタ