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アギーレ・神の怒り

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(原題:Aguirre, der Zorn Gottes 1972年/西ドイツ 93分)
監督・脚本/ベルナー・ヘルツォーク 撮影/トーマス・マウフ 音楽/ポポル・ブー 編集/ベアテ・マインカ=ジェリングハウス 特殊効果/Juvenal Herrera、ミゲル・バスケス
出演/クラウス・キンスキー、ヘレナ・ロホ、ルイ・グエッラ、デル・ネグロ、ペーター・ベルリング、セシリア・リベーラ

概要とあらすじ
1560年末、黄金郷エル・ドラドをめざして進軍したスペインの探険隊の末路を描くドラマ。監督・脚本はヴェルナー・ヘルツォーク。撮影はトーマス・マウフ、音楽はポポル・ヴーが担当。1560年末、インディオたちが語る伝説の国、黄金郷エル・ドラド発見のためスペインの征服者たちがアマゾンの奥地めざしてアンデス山脈最後の峠を越えていた。峻険な山道、処女林、沼地が彼らを待っている。隊長ゴンザロ・ピサロは、周囲の状況、地理を調査するため40人ほどの分遣隊を組織し、ペドロ・デ・ウルスア(ルイ・グエッラ)を分遣隊長に任命した。副官はドン・ロペ・デ・アギーレ(クラウス・キンスキー)。兵士の他にウルスアの愛人イネス(エレナ・ロホ)、15歳になるアギーレの娘フロレス(セシリア・リヴェーラ)、僧ガスパル・デ・カルヴァハル(D・ネグロ)、貴族のドン・フェルナンド・デ・グズマン(ペーター・ベルリング)も一緒だった……(映画.comより抜粋)



川下り版『地獄の黙示録』

2005年にタイム誌が選ぶ歴代映画ベスト100に選出されたという
『アギーレ・神の怒り』

物語がものすごく心に訴えかけてくるとか、
圧倒的に洗練された映像美に打ちのめされるとか言う前に
オープニングでの、急斜面の岩肌を降りてくる隊列を見れば
そのロケーションと撮影の過酷さが伝わってきます。
本当に、一歩足を踏み外せば
奈落の底へと落ちてしまうような山肌の細い道を
俳優たちが列をなして進んでいくのは身の毛もよだつ緊張感で
どうかCGであってほしいと願うほどです。

その後の濁流がうねる川の勢いもハンパないのですが
そこでも筏に乗せられた俳優たちが
戦々恐々としている表情が映し出されます。

あらすじとしては、黄金郷エル・ドラド発見のため
スペインの征服者たちがアマゾンの奥地めざして進んでいるのですが
原住民の反撃を恐れ、また食糧も尽きてきたことから
選ばれた40名が食糧を調達するために先行することになったのです。
一週間以内に戻ってこなければならない先行隊のなかで
副官のアギーレ(クラウス・キンスキー)
隊長ピサロの眼から離れたことで自身の虚栄心を露わにし始めます。
なぜ、アギーレがそれほどまで独立心が強く反抗的なのかわかりませんが
とにかくアギーレは先行隊を掌握し、
邪魔者は次から次へと始末していくのです。

この作品は、先行隊に随行し生き残った
宣教師カルバハル(デル・ネグロ)の日記が
回想としてナレーションで語られるのですが
登場人物の中でもっとも優柔不断で
おぞましいほど決断力に欠けた人物がこのカルバハル
なのです。
アギーレが支配欲を示し始めた頃、アギーレの蛮行に耐える女性から
「あなたしか頼れる人はいないわ」と言われたカルバハルは
「教会は主のために常に強いものについた」
暴君アギーレに従うことを受け入れるのです。
そこには宣教という大義があったのかもしれませんが
(もちろん現地人にとっては知ったこっちゃないが)
虐げられた弱者をないがしろにして
なにが神だキリストだバカ野郎! なのです。
宣教師カルバハルのいじきたなさは終始一貫し、
そのうえ最後まで生き残って回想しているのですから
もっとも恥知らずな人間はカルバハルです。
と、少なくとも僕はそう思います。

穏やかになった川を進んでいく筏で
これから訪れるであろうエルドラドの君主として
アギーレによって適当に任命された暫定の王が
「右も左も我が土地だ〜わはは」とぬかしているのには腹が立ちました。
すでに原住民が住んでいる土地に勝手にやってきて
略奪と虐殺を繰り返すただの強盗団のくせに
なーにが「我が土地」だよ!
本人たちも無自覚な白人特有の傲慢さがよくわかります。
筏に近寄ってきた友好的な現地人に対して
カルバハルが聖書を渡すと
言葉がわからない現地人は聖書を耳に当てた後、投げ捨てますが
それを「冒涜だ!」として、現地人を殺してしまいます。

僕も電車のホームで見知らぬ人から突然額に手をかざされ、
その手を払いのけると
「神に失礼です!」と言われた経験がありますが
なにかを勝手に信じるものの傲慢な強制は
絶対に許す気にはなれません。

終盤で物語は明らかに幻想的な色合いを濃くしていきます。
終始、密林の間を流れる川を舞台にしたこの作品は
川を遡ると下るという違いこそあれ
『地獄の黙示録』が自然と思い浮かびます。
アギーレもウイラード大尉も
ジャングルのなかの川を漂ううちに
自分が超越した存在であるかのような倒錯を
甘んじて受け入れます。
また、アギーレたちを襲う原住民たちが
はっきりとは姿を現さないのも
本当の敵は自己の内部にあるといっているように思えました。





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