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眼には眼を

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(原題:Oeil pour Oeil 1957年/フランス 113分)
監督/アンドレ・カイヤット 脚本/アンドレ・カイヤット、バエ・カッチャ 撮影/クリスチャン・マトラ 音楽/ルイギ
出演/クルト・ユルゲンス、フォルコ・ルリ、パスカル・オードレ、レア・パドバニ、ダリオ・モレノ、ポール・フランクール

概要とあらすじ
フランス映画の社会派、「洪水の前」のアンドレ・カイヤットが、アルメニア生れの青年作家ヴァエ・カッチャの原作をとりあげた復讐劇。この二人が共同で脚本を執筆、「女と奇蹟」のピエール・ボストが台詞を担当した。撮影は「歴史は女で作られる」のクリスチャン・マトラ。「陽はまた昇る」のジュリエット・グレコが吹替えで一曲歌っている。主演はドイツ出身の国際俳優「眼下の敵」のクルト・ユルゲンス、イタリア出身、「大いなる希望」のフォルコ・ルリ。他にレア・パドヴァーニ、パスカル・オードレ、ポール・フランクール等が助演する。(映画.comより)



気持ちはわかる。でもな。

「眼には眼を、歯には歯を」と聞くと
やられたらやりかえせ、という復讐のスローガンのように
受け止めていましたが、本来は
「眼を潰されたら、眼を潰しかえす以上のことはするな」という
過剰な復讐を戒めるもののようです。
リベンジ・ムービーは大好物だし、
日常でも、ゴキブリ野郎に非道い目に合わされたら
絶対にあのゴキブリをこらしめてやろうと思ってしまう性分ですが
実はそれはものすごくエネルギーを使ううえに、非生産的。
ゴキブリ野郎をまるで許したかのように思われるのが
癪に障るのをグッと堪えて、なんとか怒りをやり過ごし
新しい人生を模索するほうがよっぽど建設的なのです。
とはいえ、あのゴキブリがいまも普通に生活していると想像すると
ふつふつと怒りがこみ上げてきて
できるだけ長く苦しませてから殺してやりたいと思うのが
人情というもんですな。

ヴァルテル(クルト・ユルゲンス)は優秀な医師。
今日も今日とて、予定より2分早く手術を終えて
自宅でゆったりラジオを聞きながら一杯やっていると
マンションの管理人(警備員?)から電話がかかり、
車で現れた男が、妻が腹痛を訴えているので
助けを求めているとのこと。
すっかりOFFモードのヴァルテルは
ここじゃなんの処置もできないよ、
ここから20分で病院につくからそこで診てもらえ
、と
右から左へ受け流します。

翌朝、ヴァルテルが病院へ出勤すると
うろたえたようすの宿直の研修医が
昨晩訪れた子宮外妊娠の急患が
彼の誤診によって死んでしまったことを打ち明けます。
いわずもがな、それはヴァルテルが受け流した患者で
ヴァルテルの自宅を訪れたあと病院に向かった車は途中で故障し、
病院まで6時間かけて歩いたために手遅れとなったのです。

これがヴァルテルにまつわる災難の始まりです。
確かに、ヴァルテルは軽率だったかも知れないけれど
彼が自宅で治療にあたっていれば
彼女が助かったという保証もないのですが
妻を失ったボルタク(フォルコ・ルリ)
ヴァルテルに対する復讐心に火をつけたのです。

じわじわと嫌がらせを開始するボルタク。
(はじめは正体がわからないのでミステリー風味)
ヴァルテルに無言電話をかけたり、
故障した車を病院に置き去りにして警告します。
憔悴したヴァルテルは病院に寝泊まりし、
酒場が閉店になるまで飲み歩くようになりますが
酒場にもボルタクが出現し、
財布を忘れたヴァルテルの代金を肩代わりして
さらっと消えたりするのです。

ついにヴァルテルとボルタクは出会うものの
肝心の死んだ妻の話題には触れず
お互い腹にいちもつ抱えた状況なわけですが
車のガソリンが切れてボルタクの家に泊まることになった
ヴァルテルに用意された部屋は死んだ妻の部屋。
ボルタクは遠回しにヴァルテルを追い詰めていくのです。

一夜が明け、ガソリンを手に入れたヴァルテルは
ボルタクの妻の死にうしろめたさを感じていたのでしょう、
遠く離れた村に怪我人がいることを聞くと
自らすすんで診察に向かいます。
ところが、辿り着いた村はアラビア人だけの集落で
フランス語しか話せないヴァルテルは言葉も通じないし、
診察は断られるし、車のタイヤは盗まれるし、さんざんなのです。
そこへなぜか商談で訪れたというボルタクが登場。
すべてはボルタクの仕組んだ罠なのか……

唯一の交通手段のバスも4日に一度しか来ないことがわかり、
街まで徒歩で帰ることにしたヴァルテルが歩いていると
あとから出発したはずのボルタクの姿が。
「近道を知っているんですよ」という言葉を信じて
ボルタクに同行することにしたヴァルテル。
ふたりは深い谷の上を渡る、板を吊しただけの
そら恐ろしいロープウェイに乗るのですが
板が揺れたはずみで、ヴァルテルが買い込んだ水と食糧を
ボルタクが谷底へ落としてしまいます。わざと?

ここからは、灼熱の太陽に晒された砂漠のなかを
ふたりが延々と歩き続ける
のです。
ヴァルテルにしてみれば、ボルタクの復讐は逆恨みで
できればこんなやつと一緒に砂漠を歩きたくないはずですが
街への道を知っているボルタクと離れられないのです。
「あの山を越えれば街です」と言われてなんとか山を登ると
そこにはやっぱり砂漠が広がっているだけ。
「間違えました。あっちの山の向こうでした」
終始落ち着いたようすのボルタクに何度も肩すかしをくらいます。
喉の乾きに耐えられなくなってくると
「2時間歩けば井戸がありますよ」というので行ってみると空井戸。
「水があるとは言ってませんよ」と
あいかわらずしらっと応えるボルタクに
ヴァルテルは翻弄されっぱなしなのです。

ついに怒りが爆発したヴァルテルは
ボルタクが眠っている隙にカミソリで腕を切りつけ
「街に着いたらオレが治療してやる! だから本当のことを言え!」
と、形勢逆転したかにみえたものの、ボルタクが力尽き、
「先生は先にいってください。このまままっすぐ行けば街です」
というのです。
その言葉を信じて、ひとり歩き始めるヴァルテルの
後ろ姿を捉えるカメラがすーっと引いていくと
どこまでいってもなにもない広大な砂漠が映し出され
血を流しながら横たわったボルタクの高笑いが響き渡るのです。

おそらく、ボルタクには
ヴァルテルを非道い目に合わせて自分は生き残ろうという考えは
始めからなかったのでしょう。
自分の命を引き替えにしても
とにかくヴァルテルを苦しめることが目的だったのです。
しかもあくまで不可抗力を装って。
妻を失ってしまったものの、まだ幼い娘や家族がいるボルタクの復讐が
果たして妥当なのかどうか、
なんとも絶望的な気分になる作品でした。





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