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セデック・バレ(第一部:太陽旗/第二部:虹の橋)

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(原題:Warriors of the Rainbow I : Sun Flag 2011年/台湾 第一部143分、第二部131分)
監督・脚本/ウェイ・ダーション 製作/ジョン・ウー、テレンス・チャン、ホアン・ジーミン 撮影/チン・ディンチャン 美術/種田陽平、赤塚佳仁 音楽/リッキー・ホー アクション監督/ヤン・ギルヨン、シム・ジェウォン
出演/リン・チンタイ、マー・ジーシアン、安藤政信、河原さぶ、ビビアン・スー、ダーチン、木村祐一、春田純一、シュー・イーファン、スー・ダー、ルオ・メイリン、ランディ・ウェン、ティエン・ジュン、リン・ユアンジエ、田中千絵

概要とあらすじ
台湾で大ヒットを記録した「海角七号 君想う、国境の南」のウェイ・ダーション監督が、日本統治下の台湾で起こった台湾先住民族セデック族による抗日暴動「霧社事件」を全2部作で描いた歴史大作。ジョン・ウー、テレンス・チャンらもプロデューサーを務め、プロダクションデザインの種田陽平、日本軍人役の安藤政信、木村祐一ら、日本からもスタッフ、キャストが参加している。1895年、日清戦争で清が敗れると、台湾中部の山岳地帯に暮らす狩猟民族セデック族の集落にまで日本の統治が及び、平穏な生活が奪われていく。それから35年、父親の跡を継ぎ一族の頭目となったモーナは、村の人々とともに日々を耐え忍んで生きていたが、ひとりのセデック族が日本人警察官と衝突したことから、一族のおさえこまれていた感情が爆発する。(映画.comより)



無念を押し殺さなければ、夢はかなわない

『セデック・バレ』という映画のことは
2013年のゴールデンウイーク頃に日本公開される
その数か月前に放送されたTBSラジオ「たまむすび」の
町山智浩さんの映画紹介のコーナーで知って興味を持ち、
Youtubeで予告編も観て、ずっと公開を心待ちにしていました。
ところが、いざ公開が決まってみると
この作品は第一部と第二部のふたつに分けられて
上映されることがわかりました。
なにしろ、4時間36分という長尺ですから
前後半で分けて上映するのは納得できます。
ていうか、分けてもらわないと観客もしんどい。

問題は、上映料金です。
前売り券は、第一部と第二部のどちらか一本で¥1,400。
2回券は¥2,400
ユーロスペースの当日券は
1回券が¥1,700、2回券が¥3,100だったようです。
僕はこの料金設定に納得がいきませんでした。
上映する映画館にしてみれば、4時間半の映画を上映するとなると
1日の上映回数はせいぜい2回、がんばって3回。
興行的に大変なのは十分に承知しています。
しかし、上映時間が長い作品の料金を高くするのであれば
上映時間が短い作品は料金を安くしなければ
筋が通らないはずですが、そうはなりません。
いわずもがな、映画の価値や面白さは
上映時間の長さによって測られるものではなく
もともと一本の作品として作られた映画を二本に分けて
料金を上乗せするのは、どうしても理解できません。
「いや、第一部と第二部は独立した別の作品だから」というのであれば
堂々とそれぞれ¥1,800ずつの料金にしていただきたい。

(そもそも¥1,800だって世界的に見れば相当高いんだけど)

みみっちいことをいうなと言われそうですが
頼みもしないのに、チャーハンを大盛りにされて
大盛り料金を請求されたら怒るでしょ? ふつー。
(ていうか、この上映料金に対する不満を全然聞かないんだけど
 もしかして、僕だけ? みんな、なんとも思わないのかね。)
というわけで、セデック族の魂が乗り移った僕は
上映料金に敢然と立ち向かい、映画館での鑑賞をスルー(我慢)して
森の中に潜んでDVD発売を待ち構えたのでした……

すっかり前置きが長くなってしまいましたが、
料金設定に納得がいかなくても、作品の評価とは無関係。
4時間36分という上映時間も
この作品にとっては必須だったことがわかります。
凄惨で深刻な史実に基づいているにもかかわらず
テンポのよいエンターテイメント作品としても成立していて
ダレることはありません。

1895年、日清戦争で清に勝利した日本が豊富な資源を求めて、
台湾の山岳地帯まで統治を進めようとする以前、
セデック族(日本では高砂族と呼ばれていた)の
タクダヤ蕃マヘボ社
(蕃(ばん)は部族、社=(しゃ)は集落のこと。)
主人公、モーナ・ルダオ(ダーチン)
いきなり出草(しゅっそう=首チョンパ)して
英雄になるシーンから始まります。
(「セデック・バレ」とはセデック語で「真実の人=英雄」という意味。)
首狩り族のかれらは、狩猟場を巡って敵対する部族の首を刈ることで
一人前の男として認められるのです。
マヘボ社のなかでも一番の猛者であるモーナは
若くて血の気が多く、味方を銃で撃ってしまっても意に介せず、
「オレの前に出るな」で済ましてしまうような
冷血な男でもあります。

ついにやってきた日本軍に対抗するかれらの戦い方は
まさにゲリラ戦法。地の利を活かし、
さまざまな仕掛けを使って日本軍を攻撃しますが
彼らのこのような戦い方がこの作品に
面白さと痛快さを与えた要素のひとつではないでしょうか。

時は経って、1930年。
日本軍に制圧された「霧社(むしゃ)」
台湾総督府の統治政策によって、すっかり日本化され、
セデック族たち原住民も日本語を覚えさせられています。
そのように台湾総督府は原住民を統治・弾圧する一方で
郵便局を作ったり、線路を引いたり
台湾に生活のインフラの基盤を築いたという一面も
あったりするから歴史はややこしいのです。
台湾の人たちは、そんな日本のいい側面を覚えていてくれたからこそ
東日本大震災の被災地に200億円以上の義援金を
送ってくれたのかもしれません。

どんな組織でも同じですが、
末端の小者ほど、無能なくせに威張りちらすものです。
そんな小者の代表みたいな日本人巡査が
用もないのに冷やかしで
マヘボ社で行なわれていた結婚の宴会を訪れ、
祝いの席だからと酒を勧められると
「おまえらの汚い酒なんか飲めるか!」と振り払うのです。
セデック族たちの飲む酒は、
口の中で唾液で発酵(醸造?)させて作っているそうですが
とにかく、酒を断るとは無礼だと
タダオ・モーナ(ティエン・ジュン)がくってかかると
巡査はタダオを殴打。
我慢の限界を超えたタダオたちにボコボコにされた巡査は
タダオたちの反抗を上部に言いつけます。
これが「霧社事件」と呼ばれるセデック族の蜂起の
きっかけとなるのです。

歴史が苦手な僕は、題材となった「霧社事件」のことを
まったく知りませんでしたが
中国や台湾でもそれほど強く記憶されているわけではないようです。
とりいそぎ、Wikipediaをあたってみると
記載されている事件の経緯や背景はまるでこの作品のあらすじのようで
かなり史実を忠実に再現していることがわかります。

セデック族・マヘボ社のリーダーは
歳をとったモーナ・ルダオ(リン・チンタイ)
この眼光鋭いリン・チンタイというお方、
驚くことに俳優ではなく普段は牧師だそうですが
凶暴さを秘めた落ち着きっぷりが半端じゃありません。
吠えまくる犬だって、リン・チンタイが一喝すればすぐに黙ります。
ほかのセデック族の男たちの多くも
部族の血を引く演技未経験者だそうですが
みんな揃って顔力の強いイケメンばっかりなのです。
ものすごい量のフェロモンが出ていることでしょうな!

雪の降るシーンがありましたが
よく考えると、台湾は沖縄よりも南の島。
ということは、それだけ標高が高い場所だってことですな。
おそらく酸素も薄いであろう険しい山々を
全速力で駆け回るだけでも恐ろしい体力です。

モーナ率いるセデック族は
日本人たちが集まる小学校の運動会の日に狙いをつけて
ついに襲撃を開始します。
狂乱状態の戦闘シーンは迫力満点で
首チョンパのバリエーションも豊富です。
台詞回しに首をかしげざるを得ない木村祐一
見事な首チョンパされっぷりでした。
「無念を押し殺さなければ夢はかなわない」という歌詞がぐっとくる
「アメイジング・グレイス」みたいなゆったりとした曲をバックに
繰り広げられた大殺戮が終わると
死体だらけの小学校にモーナが現れ、一抹の無常観を漂わせて
『第一部:太陽旗』は終了。ふう〜。

『第二部:虹の橋』
「霧社事件」のあと、セデック族と
蜂起を鎮圧しようとする日本軍との攻防戦になるので
物語の多様性は第一部には劣りますが
破滅に向かうしかない戦いのなかで
どんどん疲弊しながらも決して諦めない男たちに加えて
女たちをめぐる要素が多くなっています。

第一部でショッキングだったのは
大殺戮から逃れて隠れていた日本人の女性と子どもたちを
見つけたセデック族が
ためらいもせずに皆殺しにするシーンでしたが
セデック族の女性たちも、食糧が不足するからと
幼い子どもたちを殺し、集団自決
します。
このあたりに彼ら特有の死生観が表れていて
反逆する勇敢な姿を見ても単純に肩入れできないところです。
とはいえ、かつてのわれわれ日本人も
「カミカゼ」「切腹」に代表されるような
無様に生き延びるくらいなら自ら死を選ぶという
死生観を持っていたのですから大差ないだろうし、
戦場で日本兵も女子供を殺しまくっていたのでしょうしね……

セデック族出身にもかかわらず、
警察官として働く花岡一郎(シュー・イーファン)
花岡二郎(スー・ダー)のふたりの置かれた立場や
モーナ率いるマヘボ社と同様に
日本軍によって統治されたタウツァ社が日本軍に従って
マヘボ社を攻撃する側に回ったりと
勧善懲悪とはほど遠く、簡単には割り切れない人々の思いが
清濁入り乱れて交錯しています。

崇高なオーラが漂うモーナも
橋の上で日本軍と対峙したとき、
「砲弾をよけるには?」と仲間に聞くので
なんかアイデアがあるのかと思いきや
「オレが盾になる!」と叫んでモーナの前に飛び出した息子を
そのまま盾にしたのにはズッコケましたが
その直後、空爆によって橋が爆破されてセデック族たちは川へ墜落!
と思ったら、何事もなかったように
戦いを続けてるのは……どゆこと?

毒ガス爆弾まで使った日本軍の攻撃によって
(一応、ジュネーブ協定違反)
仲間がどんどん殺されて減っていき、
討ち死にするまで戦うと思われたモーナは、
なぜか離脱して行方をくらますのですが
途中でたまたま出会った女子供たちを
自分の家族も含めて皆殺しにし、焼き払ってしまう
のです。
部族の「掟(ガヤ)」に従って、誇りだけを頼りに
戦っていたはずのモーナですが
反逆のヒーローと素直にいえるような存在ではなく
これまた清濁入り交じった人間なのです。

原住民の理解者だと思われていた小島(安藤政信)
セデック族の鎮圧が終わったあと
タウツァ社の頭目だったタイモ・ワリス(マー・ジーシアン)
仇討ちだという理由でタウツァ社の人々を煽り、
投降して収容所にいたセデック族を216人も
殺させています
(第二霧社事件)。

多くの人が
『アポカリプト』『アバター』を引き合いにするのはもっともですが
なにしろこの作品はほぼ事実だし
単純な反戦や道徳心を謳っているわけではありません。
ましてや、反日映画などではなく
ラストシーンで日本軍少将が口にする
「大和民族が100年も前に失った武士道を台湾で見るとは」
という、ちょっと取って付けたようなセリフからは
むしろ日本に対する親和性を感じます。

イノシシなどの獣や爆発シーン、
全編に漂う霧などのCGやVFXがチープだったのは残念なところですが
それよりも、モーナがベッドの下に溜め込んでいた
マッチの火薬が爆発するシーンの
炎から飛び出すモーナたちの唐突なイメージ映像や、
全滅したセデック族が虹の橋を渡っているファンタジックな演出には
困惑せざるを得ません。

そんなビミョーな部分があるにせよ
人間の神聖さと野蛮さを考えさせ、また活劇アクションものとしても
盛りだくさんで十分に楽しめる作品でした。

いやあ、長文になってしまった。
なんせ映画が長いんだから仕方ないね。
この記事も第一部と第二部にわけて、料金上乗せしようかな?
もともとタダだけど。





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