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ANA+OTTO アナとオットー

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(原題:Los amantes del Circulo Polar 1998年/スペイン 112分)
監督・脚本/フリオ・メデム 撮影/カロエフ・ベリディ 音楽/アルベルト・イグレシアス 編集/イバン・アレド
出演/ナイワ・ニムリ、フェレ・マルティネス、ヤロスラヴ・ビエルスキ、マル・ヴァルディヴィエルソ

概要とあらすじ
8歳の時に運命的な出会いをした男女の愛の軌跡を綴ったラヴ・ロマンス。監督・脚本はスペインの新鋭フリオ・メデム(第2作『バカス』は92年度東京国際映画祭で上映)。製作はフェルナンド・ボバイラ、エンリケ・ロペス=ラビニュ。製作総指揮はチャルリ・リョレンテ、フェルナンド・デ=ガルシリャン。撮影はカロ・F・ベリディ。音楽はアルベルト・イグレシアス。編集はイバン・アレド。出演は「オープン・ユア・アイズ」のナイワ・ニムリ、「テシス 次に私が殺される」のフェレ・マルティネスほか。(映画.comより)



偶然っていわれてもな。

スタンリー・キューブリックが
『驚異的な才能を持った、間違いなく天才だ』と評したと言われる
フリオ・メデム監督の『ANA+OTTO アナとオットー』
キューブリックは1999年に亡くなりましたが
彼はこの作品(1998年)を観ていたのでしょうか。

「人生は巡り会いだ。
 僕は人生で一度だけ運命のひとに出逢ったが、はぐれてしまった」

というナレーションで始まるこの作品は
いわゆる「運命の赤い糸」を巡る物語です。
冒頭から、サッカーボールの行方や
バスと衝突しそうになる交通事故の描写など
「偶然」を印象的に扱っていますが
作品全体を通して見渡してみると
「偶然」というよりも「必然」で覆われています。
赤い糸で結ばれたアナとオットーのふたりは
偶然ではなく必然で結ばれているようにしか思えません。
また、運命に導かれたふたりの必然とは別に
アナの父親の死からラストシーンに到るまで
交通事故というものが
人生を変える「良くない偶然」として強調されています。

アナ=ana と、オットー=otto のふたりはそれぞれ
逆から読んでも同じ名前になっていますが
これはふたりの運命が一つの輪をなして循環していることの
象徴でしょう。

小学生の頃から、お互いの出会いに運命を感じているふたりですが
それぞれの親が親密になり、やがて結婚することになって
はからずもアナとオットーは義兄弟になってしまいます。
もう『翔んだカップル』か『愛のむき出し』状態です。
(ほかにもっと上手いたとえがありそうだけど
 なーんにも思いつかないわ。うふ。)
長い人生を描く作品では、どうしたって
序盤は説眼的にならざるを得ないと思うのですが
「お父さんは出世したのよ」というセリフのあと
カットバックして後部座席に座っているアナとオットーを移すと
車とふたりの服装がグレードアップしていたり、
その直後に赤いバスと衝突しそうになって
急ブレーキをかけてカットが変わると
アナとオットーが高校生くらいに成長しているという演出は
小気味よくて見事でした。

当然ながら、アナとオットーのふたりが成長していくなかで
それぞれの年代によって違う役者が演じているのですが
正直に言って、成人になったときのふたりが
ぜんぜん美しくない……アナ、カワイクナクナッテイルヨ……
そんなことは仕方がないのは承知の上ですが
子供から、少女へといたるまでのアナを演じていたふたりが
あまりにも可愛らしく、色っぽかったので
ちょっと残念。
オットーは、ま、男だからどうでもいいっちゃいいんですけど
やっぱり、どんどんマヌケ面になっていった印象です。

アナとオットーのそれぞれの視点を
チャプターに分けている構成の仕方が
黒澤明の『羅生門』を引き合いにされたりしているようですが
とくに序盤の、お互いが好きなんだけど
相手はどう思ってるんだろうという
思春期の恋愛感情の揺れを表現するには適していたと思いました。

アナとオットーを結ぶ運命の赤い糸は
オットーのおじいちゃんが
パラシュートが木にひっかかって宙づりになっているドイツ兵を
助けたことに端を発します、
そのドイツ兵の名前がオットーで、
そこからオットーの名前が命名されるのです。
アナの母親はオットーの父親と結婚するものの
テレビのディレクターかなんかと恋仲になり、またしても離婚。
そのディレクターの名前がオットーの父親と同じで
しかもオットーのおじいちゃんが助けた
ドイツ兵のオットーの息子で、
かたや職を探していたオットーはパイロットになる……
というぐあいに物語の運命の連鎖は、
ほぼオットーにまつわるものばかり
です。
では、アナはどうかといえば、
元ドイツ兵のオットーじいさんの奥さんが
スペイン人だったというくらいの共通点しかありません。

これでは、ふたりが運命的な出会いを果たすというよりは
オットーの運命にアナがちょこっと顔を出したようにしか思えません。
いっそのこと、元ドイツ兵のオットーじいさんの奥さんの名前を
クリスティーナではなく、アナにしちゃえばいいのに。

離ればなれになったふたりが
オープンカフェですれ違うシーンもなんだか中途半端で
オットーが吸うタバコの匂いでアナがオットーを思い出すのであれば
タバコの銘柄に関するエピソードも欲しいところ。

要するに、さまざまな「偶然」による巡り合わせが
運命を感じさせるために用意されたものにしか思えず、
真相を明かされたとしても、まったく驚きがないのです。
このような物語を都合良く編み上げるのであれば
もっとあからさまに寓話的なファンタジーとして
描く必要があるのではないでしょうか。

ついにふたりは再会することができた、というラストシーンも
アナの視点を入れたことによって
カタルシスを削いでしまっているように思います。

美しい映像は見事でしたが
辻褄合わせに翻弄されたと感じる作品でした。





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