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天使の処刑人 バイオレット&デイジー

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(原題:Violet & Daisy 2011年/アメリカ 88分)
監督・脚本/ジェフリー・フレッチャー 撮影/バニヤ・ツァーンユル 編集/ジョー・クロッツ 音楽/ポール・カンテロン 衣装/ジェニー・ゲーリング
出演/アレクシス・ブレーデル、シアーシャ・ローナン、ジェームズ・ガンドルフィーニ、ダニー・トレホ、マリアンヌ・ジャン=バプティスト

概要とあらすじ
「つぐない」「ハンナ」のシアーシャ・ローナンと「旅するジーンズと16歳の夏」「シン・シティ」のアレクシス・ブレーデルが、ティーンエイジャーの殺し屋に扮したアクションドラマ。ニューヨークでお手軽な仕事だけを請け負う殺し屋のバイオレットとデイジーは、あこがれの新作ドレス欲しさに、ある仕事を引き受ける。それは、自ら電話をかけ殺してほしいと頼んできた男を殺すだけの、ごく簡単な仕事のはずだった。しかし、男は別の殺し屋にも狙われており、2人は思わぬ事態に巻き込まれていく。「プレシャス」でアカデミー脚本賞を受賞したジェフリー・フレッチャーが、オリジナル脚本で初監督を務めた。(映画.comより)



父との和解を巡る、少女の烙印。

「シュール」という言葉は
わけのわからないものの総称として便利に使われていますが
「シュール」と謳われる、もしくは自ら名乗るもののなかには
ただ支離滅裂なだけのものが多いのも事実。
『プレシャス』の脚本家・ジェフリー・フレッチャー
初監督作品となる『天使の処刑人 バイオレット&デイジー』
そのような数ある偽シュールとは違って
意図に即した結果の飛躍もしくは逸脱だと感じられ、
本来の意味での「シュール」な作品だと
言えるのではないでしょうか。
少なくとも、僕にはそう言いたくなるような作品なのです。

ティーンエイジャーの殺し屋二人組、
バイオレット(アレクシス・ブレーデル)
デイジー(シアーシャ・ローナン)
尼さんの格好でピザを配達するオープニングから
投げ出すようにタイトルが出るまでの
ふたりの仕事っぷりがかっこいいのですが
そもそも尼さんがピザを配達するはずもなく、
まったく変装になっていないのがミソ。
すなわち、これは変装ではなくコスプレなのです。
彼女たちは、ふざけて遊んだり、
おしゃれを楽しんだりすることの延長で
殺し屋稼業をやっているのです。

デイジーが18歳を迎える誕生日のシーンがありますが
どうやら少し年上らしいバイオレットが何歳なのか
正確にはわかりません。
そんなに年齢が離れた設定ではないはずですが
実年齢ではデイジー役のシアーシャ・ローナンが19歳で
バイオレット役のアレクシス・ブレーデルは、
なんと32歳!
ま、アレクシス姉さんも可愛らしいお顔立ちなので
できるだけ実年齢は意識しないようにしましょう。

ふたりは、アイドル「バービー・サンデー」の新作ドレスを
オソロで買うために
マチェーテを持っていないダニー・トレホからの
仕事の依頼を請け負うことにします。
あとのシーンでも出てきますが
マチェーテを持っていないので手ぶらのダニー・トレホと
デイジーは、殺しの打ち合わせ中にも関わらず
アルプス一万尺みたいな手遊びを始めます。
こういうすっとぼけた演出は随所に出てきますが
ふたりの(とくにデイジーの)幼児性を表しています。

新たな殺しのターゲットの家に向かったふたりは
なぜか大きな赤い三輪車に乗って現れ、
清掃業者風のつなぎを着ています。
ターゲットが住むアパートは
近々取り壊す予定でほとんど住人がおらず、
昼間はまちがいなく留守だと聞かされているのですから
ふたりが清掃業者を装う必要はまったくなく
またしてもコスプレなのです。

ターゲットの帰宅を待つうちにソファで寝てしまう呑気なふたり。
そこへ帰ってきたターゲットの
マイケル(ジェームズ・ガンドルフィーニ)
眠りこけるふたりに毛布をそっと掛けてやり
ふたりがやっと眼を覚ましたときには、マイケルも寝ちゃってます。
(いろんな作品で渋さが光ったガンドルフィーニさん、
 心臓発作で亡くなってたんですね。51歳…ご冥福をお祈りします)

無抵抗などころか丸腰で、
むしろ殺されたがっているマイケルに面喰らい、
ちょっと会話しちゃったもんだから
殺しづらくなっちゃったふたりはグズグズなのです。
プロの殺し屋なのに。ははは。
仕方がないから眼をつぶったまま連射して殺そうとするものの
眼を開けると、マイケルはそこには居らず
キッチンから手づくりクッキーを持ってきて
ふたりに振る舞うのです。
ついでにミルクまで飲んだふたりが
口に「白いひげ」をつけているという表現って
一体何年ぶりに見ただろうか。まさに子供なのです。

銃弾をすべて使い切ってしまったので
バイオレットが銃弾を買いに出かけた間、
(殺しの途中で弾を買いに行く殺し屋なんて初めて見たぞ)
マイケルとデイジーは話し込み、
またしてもアルプス一万尺みたいなのをやってじゃれているうちに
じつは、マイケルは膵臓ガンに冒されていて余命幾ばくもなく、
最愛の一人娘には、母の死の原因がマイケルにあると誤解され
忌み嫌われていることを知ります。
すっかりマイケルに情が移るデイジー。

なんつって、あいかわらず呑気なことをやっていると
マイケルを狙う別の殺し屋集団が現れます。
ここでデイジーがみせる、
わかったようなわからないような時間稼ぎのシーンがコミカルで
タランティーノが得意とする講釈とはまた違う面白味があります。
そこへ銃弾を買って(?)帰ってきたバイオレットが登場し、
殺し屋集団を皆殺し。
(外出中のバイオレットのシーンにもいろいろあるんだけど)
喜ぶふたりは、いま殺したばかりの死体の上で飛び跳ねて
上島竜平のごとく血を吹かせるという「死体ダンス」なるもので
きゃっきゃ、きゃっきゃ、いうとりますがな。
なんだそれ。わはは。

ふたりが身につけているコスチュームには
バイオレットは「8」、デイジーは「9」という
ナンバーがついています。
なんだろなーと思って見ていたのですが、
なんと、あの数字は「殺し屋のランキング順位」!!
まるっきり、鈴木清順『殺しの烙印(1967)』でしょ!
一体、誰に対して自分のランキングをアピールしているのか
まったくもって不明ですが
このあと、ちゃんと「殺し屋ランキング1位」も登場します。
がぜん2位〜7位の存在が気になってきますが
こういうの、ふざけてて最高。

デイジーとコンビを組む前のバイオレットには
どうやら死んでしまったローズという相棒がいたようです。
爆撃機が空を覆い、デイジーがスチュワーデスになっている
唐突なシーンは、ローズが飛行機事故によって命を落としたと
考えることもできそうですが、真相は謎のままです。

バイオレットとデイジー、マイケルのやりとりは
あきらかに父と娘の関係を表現したものであり、
バイオレットとデイジーが抱えるファザコンが垣間見えます。
映画においてマザコンはよく描かれる題材ですし、
男は基本的にマザコンで、それをずーっと引きずりながら
生きているのだと言えなくもないのですが
娘が父親に対して抱くファザコンの場合は
「殺して」でも断ち切らなければならないものなのでしょうか。
こればっかりは、男の僕には実感としてわかりませんが。

バイオレットについては、父親に関するエピソードがあるものの
デイジーには、自身の家族に関する話はありませんでした。
(僕の記憶違いでなければいいのだけれど)
そのかわり、デイジーはバイオレットと
「人形病院」で出逢ったと語っています。
なんだよ、「人形病院」って。ははは。
エンドロールでちらっと「人形病院」のようすが出てくるものの
それ以外にはまったく説明する描写はないのですが
僕の身勝手な解釈を言わせてもらえば
「人形病院」とはママゴト(お医者さんごっこというべきか)の
ことなのではないでしょうか。
すなわち、バイオレットがママゴトで作り上げた
妄想上の遊び相手がデイジー
だと
考えることはできないでしょうか。
だからこそ、デイジーは空砲しか撃つことができないのだと。
もしそうだとすると、かつての妄想上の遊び相手ローズは
なぜ死ななければならなかったのかという疑問が
改めて出てくるのですが。

そもそも、バイオレット&デイジーというふたりの名前は
かの見せ物小屋映画『フリークス(1932)』に本人役で登場した
シャム双生児、デイジー&ヴァイオレット・ヒルトン姉妹
由来しているそうです。
そうなると、バイオレットとデイジーの関係は
単なる百合的な間柄ではなく
さらに深い一心同体な関係、同一人物の別人格だと
考えてもいいように思います。

彼女たちのアイドルである
「バービー・サンデー」のコンサートが
キャンセルになったことで始まるこの物語は
アイドルに憧れて夢と戯れるような状況、
ただ楽しく遊んでいるだけの未来は「キャンセル」されて
決して訪れることはないのだと宣言しているようにも思えます。
現実の日々は、毎日が「サンデー=日曜日」ではないのです。

10のチャプターで構成されたこの作品は
子供が路上に落書きしたケンケンパの10や、
バイオレットとデイジーの殺し屋ランキングが
8位と9位であることからも
10点満点にちょっと届かない
未完成な状態を描いているようにもみえます。

バイオレンス満載のスラップスティックな作品だと
思われがちだと想像しますが
超現実的な表現を盛り込みながら
少女が葛藤しながら現実と向かい合い、
大人の女性へと成長する通過儀礼の物語だと思いました。
マイケルとの出会いによって成長したデイジーは
ついに、空砲ではなく、実弾を撃つのです。

結末を迎える前に、
もうひと盛り上がり欲しかったというのが本音で
心に強烈な爪痕を残す作品とまでは言えませんが
振り返って考えれば考えるほど
深みを増していくような作品でした。
ジェフリー・フレッチャー監督の今後に期待大です。





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