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偽大学生

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(1960年/日本 94分)
監督/増村保造 原作/大江健三郎 脚色/白坂依志夫 撮影/村井博 美術/渡辺竹三郎 音楽/芥川也寸志
出演/ジェリー藤尾、若尾文子、藤巻潤、村瀬幸子、船越英二、岩崎加根子、中村伸郎、伊丹一三、三田村元、大辻伺郎

概要とあらすじ
大江健三郎の『偽証の時』の映画化で、「青い野獣」の白坂依志夫が脚色し、「足にさわった女(1960)」の増村保造が監督した。撮影も同じく「足にさわった女(1960)」の村井博。T大歴史学研究会のメンバーに一人の新入生が加わった。上級の木田や睦子は彼を疑うことなく仲間として迎えた。リーダーの空谷が逮捕されたのも、この新入生からの伝言で分った。彼、大津彦一は立派なT大生になっていたのだ。(映画.comより抜粋)



キチガイじゃないというやつはキチガイ

大江健三郎の『偽証の時』を原作にしている『偽大学生』
大江氏がTV放映もソフト化も許可していないらしく
名画座で上映されたときしかお目にかかれないようです。
そんなこととは露知らず、
大江健三郎のファンでもあるし、ググってもDVDが見あたらないので
これは行っとかなきゃな〜くらいの気持ちだった僕は
あとからその事実を知って、
仕事をほったらかして映画館に行った自分を褒めてやりたい気分です。
偉いぞ、オレ! そして、偉いぞ、早稲田松竹!

この作品には、
権威を持った思想の矛盾や正義が持つ暴力性、
囚われたものと捕らえたものの立場の逆転などの
大江健三郎の初期作品にみられる特徴が
存分に表現されていると思うのですが
なにが気にくわなくてソフト化を許可しないんでしょうかね。
幼なじみで義理の兄、伊丹一三(=伊丹十三)も出演してるんだから
大目に見てもいいじゃんね?
それほど、多くの人に観ていただきたい作品だと思うのですが。

母親から届いた「今年こそ大丈夫なんでしょうね?」という手紙が
浪人生・大津(ジェリー藤尾)に与えるプレッシャーに
同情したくなりますが
東都大学(=東京大学)の合格発表の張り紙の中に
自分の名前を見つけられなかった大津は
母親に合格したと嘘の電報を送り、
「偽大学生」として過ごす決断をします。
この決断が彼の災難の全ての発端です。

東都大学の学賞入りの学ランを着込んだ大津が
まず最初にやることは
校内に忍び込んで講義を受けることではなく
したり顔でジャズ喫茶で本を読み、優越感に浸ることだという設定が
大津の考えの浅さを表していて秀逸です。
そのジャズ喫茶で、よりによって
学生運動のリーダー格の空谷(伊丹一三)が逮捕される現場に遭遇し、
東都大学の学生だと思われた大津は
空谷に伝言を頼まれ、ついに本当の東都大学生と
接触することになるのです。

最初はおどおどしていた大津ですが
学生運動のメンバー達に受け入れられると有頂天になり、
メンバー達に食事を振る舞ったりするようになります。
(もちろん母親からの仕送りで)
このあたりからエスカレートする大津のお調子者ぐあいには
ジェリー藤尾のキャスティングが見事にはまっていると思います。
ジェリー藤尾はその境遇から差別を受けた辛い経験もあるようですが
ハーフである彼の無所属な風貌が大津役にはぴったりでした。
また劇中、大津が体力に自信がある描写がありますが
ジェリー藤尾本人も喧嘩上等の数々の武勇伝をお持ちのようで
まさに適役なのではないでしょうか。

調子に乗った大津は、デモで警察相手に大暴れして逮捕され
尋問の際にあっさりと「偽大学生」であることが
ばれてしまいます。
「お前はアカのスパイで、学生に混じって扇動してんだろ?」
疑われるものの
「僕はただ学生気分を味わいたかっただけなんですぅ〜」
あっさり白状すると、これまたあっさり釈放。
その後「偽大学生」であることが学生達にもばれて
釈放のあっさり具合が、今度は学生運動家たちから
スパイ疑惑をかけられ、監禁される刃目になるのです。

椅子に縛り付けられ、まともな食事もできず
いすに座ったままの姿勢で空き缶に小便をするしかない状態の大津は
徐々に壊れていき、想いを寄せる高木睦子(若尾文子)
唐突に噛み付いたりします。
大津を監禁し拷問している時点で、学生運動家たちの
行為の正当性は危うくなってくるのですが
このままではまずいし、だからといって大津を解放して
大津に監禁の事実を警察に知らされても困るので
疲弊しながらも大津から眼が離せない学生達は
大津を捕らえているというより
大津に囚われている
のです。
大便をもよおした大津を便所に行かせるために
仕方なく縄をほどくシーンで
「なんでもっとほどきやすい結び方にしてないの?」というセリフが
彼らの幼稚さ=アマチュア性を表しています。

隙を見て逃げ出した大津でしたが
今度は警察に捕まり、監禁の事実を問い詰められる刃目に。
もう、このあたりはコメディです。
ちょっとした見栄から大学生になりすました大津は
国家権力と学生運動という二つの勢力の抗争に知らぬ間に巻き込まれ
利用され、翻弄されているだけなのです。

大津監禁の事実が警察にばれた学生運動家たちは
必死にアリバイ工作に励み、
大津監禁の事実をなかったことにしようとします。
睦子(若尾文子)だけは良心の呵責に悩みますが
監禁に関わったほかの学生達は
自分たちの掲げる思想の実現のためには
多少の犠牲や欺瞞は仕方がないと考えています。
言わずもがな、これは彼らが忌み嫌う保守権力が
やっていることと同じ
なのです。
学生運動家たちはやたらと「我々」と口にしますが
一体「我々」とは誰のことなのでしょうか。
そこにはすでに自己責任における自由の発露など微塵もなく
自身が帰属しているなにものかに判断と責任をゆだねた
飼い犬の姿があるだけです。
やがて、このような原理主義的で排他的な思想が
「総括」というお題目の下、
連合赤軍の「浅間山荘事件」へと繫がっていき、
破綻するのは歴史が証明しています。

嘘に嘘を重ね、大津をキチガイとすることで
裁判で無罪を勝ち取った学生運動家たち。
精神鑑定の結果、施設に送られることになった大津が
「自分はキチガイじゃない!」と訴えれば訴えるほど
いかにもキチガイらしく見えてくるのは世の常です。

学生運動家たちが嘘で勝ち取った無罪放免を祝う集会
ゲストとして、大津と大津の母親を招待するシーンは
本当におぞましい。
息子の非を詫びて、
泣きながら頭を下げる母親の姿が痛ましいのですが
それでもなお思い直すことなくゲラゲラと笑う学生達の醜悪さ。
勉強の成績がいいことと
頭がいいということは別物だと本当に実感します。

そんななか、なぜかへらへら笑顔だった大津が
東都大学の学生であることの誇らしさを訴えるのです。
自責の念に駆られた睦子が
「あなたが非道い拷問を受けたのは事実でしょ?」というと
大津が「この人は嘘をついている!」と言い返すシーンは
ゾッとしました。
大津は集まった学生に「東都大学、バンザイ!」と
手を挙げることを強要します。
キチガイとなってしまった大津の主張することは
そこに集まっている東都大学の学生達が考えていることと
まったく同じです。
すなわち、東都大学の学生達はキチガイなのです。
東都大学の学生達がキチガイではないというのなら
大津もキチガイではありません。

大津の振る舞いが、本当に気がふれたのか
気がふれたフリをして学生達をバカにしているのか
判然としないところが絶妙です。
この作品全体を通して表現される、
真実は見方によって違ってくるということが
伝わってくる悩ましいラストは
サミュエル・フラーの『ショック集団』
思い起こしました。

増村保造監督、大江健三郎ともに
東大生であったというのも皮肉ですな。

※映画の動画が見つからないのでこちらを↓




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