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ブルーバレンタイン

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(原題:Blue Valentine 2010年/アメリカ 112分)
監督/デレク・シアンフランス 脚本/デレク・シアンフランス、ジョーイ・カーティス、カミーユ・ドラヴィーニュ 撮影/アンドリー・パレーク 編集/ロン・パターネ、ジム・ヘルトン
出演/ライアン・ゴズリング、ミシェル・ウィリアムズ、フェイス・ウラディカ

概要とあらすじ
仕事が芳しくないディーンと、長年の勉強の末に資格を取り、病院で忙しく働くシンディの夫婦は、娘のフランキーと3人暮らし。2人はお互いに相手に不満を抱えていたが、それを口に出せば平和な日常が崩れてしまうことを恐れていた……。夢や希望にあふれていた過去と現在を交錯させ、2人の愛の変遷を描くラブストーリー。主演はライアン・ゴズリングと、本作で第83回米アカデミー主演女優賞にノミネートされたミシェル・ウィリアムズ。(映画.comより)



もう恋なんてしないなんて〜

一体、いままで何本の恋愛映画が作られてきたのでしょう。
「恋愛」というものが、
いつの時代も人々の興味を惹く対象であるのにもかかわらず
永遠に正解が出そうにもないことが
映画の作り手たちに繰り返し語らせる原因でしょうか。

夫婦の愛が冷めていく様子を描いた
『レボリューショナリー・ロード』と比較されることの多い
『ブルーバレンタイン』
デレク・シアンフランス監督の実体験が多く取り入れられ、
(映画の中でディーンが着用してた衣装は監督の私物だそうで)
まさに私小説的な趣があるのですが
『レボリューショナリー・ロード』よりも
さらに粘着質でタチの悪い作品だと思います。
もちろん、いい意味で。
(タイトルはトム・ウェイツへのオマージュだそうで)

この作品が、
多くの人を惹きつけ、各々に語りたくなる最大の理由は
やはり、ディーン(ライアン・ゴズリング)
シンディ(ミシェル・ウィリアムズ)の夫婦の愛情が
冷え切った挙げ句に崩壊してしまう具体的な原因が
描かれていない
ことではないでしょうか。
恋愛が始まって終わりを告げるプロセスのみを提示された観客は
物語に欠けている部分を自ら補填せざるを得なくなり
いわば解釈の汎用性を生んでいるのです。
いや、そもそも恋愛というものには
具体的な原因などないということを表現しているのかもしれません。
本当は「好き」や「嫌い」に理由などないのです。

それに加えて、現在と過去が巧みに入れ替わる編集
観客に嫌が応にも自分の思い出を喚起させるのだと思うのです。
ディーンとシンディのふたりが、愛を育てていく過去のシーンは
スーパー16フィルムを使った温かい映像で
ふたりの愛が崩壊へと向かう現実のシーンでは
デジタルビデオカメラを使っているそうで、
硬質で寒々しい映像になっています。

僕にとっては「コレはオレのことじゃないか!」と思ったほど
完全にディーン寄りの見方になってしまうのですが
観る人によって、意見が全く違うであろうこの作品は
もし僕の意見に反論をもらうことがあっても
まさに痴話げんかにしかならないような気がします。
よって、いつにもまして独断と偏見を貫くしかないのです。
もっぱら、自分が理解しやすくするために
作品では混在している現在と過去を区別して考えてみようと思います。

[過去のふたり]
定職には就いていないけれど、気ままにバイトをしているディーンが
新しい職場の引越屋で担当した老人の古い写真を見て
引越屋の仕事の範疇を超えてまで老人の世話をするあたりに
ディーンが望む結婚観と人生観が表れています。
仕事の休憩中にディーンが同僚に対して話す
「女は結局、王子様を待ってるんだ。職のいい相手を望んでるんだ」
というセリフが、あとの展開に響いてきます。

ディーンは、仕事中に出逢ってしまったシンディに一目惚れ。
(個人的には一目惚れするような女性には思えませんが)
持ち前のウィットに富んだ会話とウクレレで
少しずつシンディとの関係を縮めていきます。
かたやシンディは、おそらく、父親に虐げられていた母親の影響で
独立心が強く
、それなりに努力もし、
医師になることを夢見ている学生です。

やがて、ふたりは結ばれるのですが
(ふたりがバスで偶然再会したときに
 雨上がりの空に虹がかかっていたのは奇跡か? CGか?)
問題は、シンディがつき合っていたレスリング部の彼氏とのセックスで
どうやら妊娠してしまっていること。
ディーンとの関係が深まるなか、シンディは中絶を決意するのですが
産婦人科で治療中に思い返して、中絶治療を中断します。
ディーンはシンディの診察中、
産婦人科の待合室で気もそぞろに待っているのですが
自分によるものではない妊娠の中絶を
待合室で待たなければならない男の心境が
女性の皆さんに理解できるでしょうか?

そんな場所に付き添っていること自体、
ディーンの愛情の深さと真剣さを感じます。

診察前に交わされる看護婦との会話で
シンディが13歳で初体験し、
大学生の時点で20~25人の経験人数
がいることから
なかなかのビッチであることがわかります。
要するにシンディは、自分に寄ってくる男にはすぐになびいて
飽きたら次の男に乗り換えるということを繰り返しているのです。

それでも、ディーンとシンディは結婚を誓い合いますが
嫉妬に燃えた元彼に対するシンディの対応の仕方は
その後を予感させもするのです。

[現在のふたり=結婚7年]
超かわいい娘のフランキー(フェイス・ウラディカ)
いなくなった愛犬メーガンの名前を呼ぶ早朝のオープニングから
すでに不穏な物語を予感させますが
このとき、フランキーに起こされた父親であるディーンが
居間のソファで寝ていたことからして夫婦の不仲を想像させ、
その後、ディーンとフランキーのふたりに起こされるシンディが
ベッドで寝ていたことで、夫婦の不仲を確信します。
ディーンがピアニカを吹いてフランキーの相手をするうちに
シンディが作る朝ご飯はいいかげんなインスタントのオートミール。
この慌ただしい朝のシーンで
ディーンが娘フランキーを寵愛し、
シンディは家族のことを軽視していることが伝わります。

夫婦の冷え切った関係を修復するために
ディーンが思いついたのは、子ども抜きでラブホテルに行くこと。
ラブホを選択するセンスに疑問がある人もいるかも知れないが
ケンカの後にセックスして仲直りするというのは、よくあること。
セックス、大事ですよ!(誰に言ってるんだか)
セックスで仲直りするのが目的なのだから
ラブホを選択する気持ちは、男なら十分理解できるのです。
仕方なく選んだ部屋の名前が「キューピッドの入江」ではなく
「未来ルーム(future)」だったことは皮肉です。

いやいやながら、ラブホテルでの小旅行に同意したシンディも
できることなら冷めた夫婦関係を修復したいと考えていたのでしょうが
途中のスーパーで、よりによって元彼と偶然に再会してしまいます。
この元彼は、実はフランキーの実の父親なのですが
その後の道中で元彼に再会したことを聞いたディーンはいらだちます。
ディーンがいらだつ気持ちは手に取るように分かるのですが
元彼と再会したことを、いつ言っても、もしくは言わなくても
どちらにしろディーンは憤っていたはずで
この作品のなかで唯一(!)シンディに共感しました。
ペンキが付いたままのディーンの手に触れようとするシンディの手を
ディーンが避けたのはいただけませんな。

ラブホテルに到着し、
回転ベッドに興奮して、意味不明な宇宙人の笑い方を披露する
ディーンのはしゃぎっぷりを見れば
男にとって、高級ホテルでシャンパン飲みながら夜景を見るなんて
どうでもいいことがわかるでしょう。
とはいえ、この場合セックスはあくまで仲直りのきっかけであって
男がいつもただヤりたいだけではないことは、
この後のシーンでわかります。

ディーンが、シャワーを浴びるシンディに寄り添っていくシーンは
シンディがキスを拒みつつ、仕方なしにちょっと応じる感じなど
いやいや、男からすればまさに居たたまれないもので
その後の、床でセックスに及ぼうとするシーンでは
ディーンに愛撫されるのをシンディは拳を握りしめて我慢し、
ヤリたいならさっさと終わらせてとばかりに下着を脱ぎ捨てる行為が
なんとか愛情を取り戻そうと奮闘するディーンの気持ちをコケにし、
シンディが既にディーンに対して「生理的に嫌い」という
まったく議論の余地のない領域に到っていることを
如実に表しています。

この床でのやり取りの前に行なわれるふたりの会話は重要で
少し酔っぱらってきたシンディがディーンに対して
「歌とか、絵とか、才能を生かせずに失望しない?」
と、言います。それに対してディーンが
「才能ってなんだよ? 稼ぎの問題か? 俺は家族を愛している」と応えると
シンディは「いつも意味を曲解して文句を言い始める」と言い返すのですが
この会話にふたりの価値観の違いがはっきりと出ています。
上昇志向の強いシンディは、
ディーンに対しても上昇志向を求めているのです。
ディーンにとっては、愛する家族を守ることが人生の最重要課題なのですが
シンディにとっては、自身のキャリアアップのほうが重要で
それを求めないディーンを勝手に頼りなく感じて失望しているのです。
家族を最優先している夫なんて、文句ないと思いますけどねぇ。
シンディは、ディーンが「意味を曲解」していると言うものの
自分が言いたいことの本当の意味を説明することはありません。

(↑ここ重要)

明朝、病院からの電話によって、ホテルにディーンをひとり残して
シンディーが出勤してしまったことに腹を立てたディーンが
シンディーの勤務先の病院に押しかけて、完全な修羅場となります。
この作品をDVDで続けて2回見ましたが
今思い出しても、このシーンはド頭に来て
シンディに対してはらわたが煮えくりかえって仕方がありません。
女々しいだの、最低の男だのと、シンディは非難の根拠を全く示さずに
ディーンを罵倒します。
最終的にディーンは色気づいた医者を殴ってしまいましたが
自己中心的で暴力的なのは、明らかにシンディのほうです。
しかもおせっかいな同僚が「洗脳されないで」なんて言うところをみると
シンディが職場でディーンのことを
自分勝手な理屈で愚痴っていたであろう事もわかります。
汚らわしいものを見るようなシンディの表情は
本当におぞましく、不条理そのものです。

シンディの父親の家に行った後も、
ディーンが「俺が悪かった。教えてくれ。悪いところは直す」
最大限の譲歩をしているにもかかわらず
シンディの答えは「知らない」「わからない」なのです。
自分でも説明できないようなことを要求して
それをディーンが理解しないから、離婚したいんだそうです。
バカなの? 狂ってるよね?

僕に言わせれば、ディーンは最初から何も変わっていないのですが
シンディはディーンのユーモアやロマンチックさ、
または呑気さに惹かれたにもかかわらず
その惹かれたこと全てが嫌悪の対象になっているのです。
そうなったら、もうディーンにできることはありません。

離婚が常にそうであるように、ふたりの離婚の最大の被害者は
娘のフランキー
です。
シンディは、どうせすぐに次の男を見つけるでしょうが
ディーンほどフランキーを愛する父親は現れないでしょう。

頭の毛を抜いてまで時間の経過を表現した
ライアン・ゴズリングはもとより
腹が立つけど、ミシェル・ウィリアムズも名演でした。
映像も編集も見事でしたが、それにしても見終わった後で
グッタリする作品でした。

この先、シンディにはロクな未来が待っていないことを願います。
ディーンよ、次だ、次! まけるな、ディーン!





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コメント

感想に物凄く共感できました。
シンディはクソ女の代表です。

2016/01/09 (土) 09:01:14 | URL | S #- [ 編集 ]

Re: タイトルなし

> Sさん
コメントありがとうございます。
女性は難解ですねえ。

2016/01/09 (土) 09:29:33 | URL | のほうず #- [ 編集 ]

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