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三人の女

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(原題:3 Women 1977年/アメリカ 124分)
監督・脚本/ロバート・アルトマン 撮影/チャールズ・ロッシャー・Jr 音楽/ジェラルド・バズビー
出演/シェリー・デュヴァル、シシー・スペイセク、ジャニス・ルール、ロバート・フォーティエ、ルース・レルソン、ジョン・クロムウェル、パトリシア・レズニック、デニス・クリストファー

概要とあらすじ
カリフォルニアにある老人患者専門のリハビリ・センターにやってきた娘ピンキーは、看護婦ミリーに付き添い、見習いとして働き始める。やがてふたりは不思議な絵を描いている女性ウィリーの夫が経営するアパートで生活し始める。そんな折、ミリーから邪魔者扱いされ、部屋を追い出されたピンキーが自殺を図るという事件が。彼女は一命を取りとめるが、その後、性格が一変して……。3人の女たちの姿をミステリアスな映像美で綴る。 (映画.comより)



シャイニング VS キャリー

シニカルな群像劇が多いロバート・アルトマン監督の作品の中でも
特殊な部類に入るのではないかと思えるのが
この『三人の女』です。
長らくDVD化されていませんでしたが、
知らないうちにリリースされていたご様子。

イングマル・ベルイマン監督
「仮面/ペルソナ」からインスピレーションを得たと言われるこの作品は
登場人物の誰かに感情移入するたぐいの作品ではなく、
だらだらとした、とりとめのない日常が繰り返されるようでいて
何かが少しずつずれているディティールの非日常感と
不吉な行く末を予感させる音楽が
観客の興味を捕らえて放さないのです。

みんな大好き『シャイニング』
シェリー・デュヴァル扮するミリーは、リハビリ・センターで働く看護婦。
そこへ新入り看護婦として登場するピンキーに扮するのが
みんな大好き『キャリー』のシシー・スペイセク。
こんな二人が揃ったら、ロクなことは起こりません。

ミリーに過剰になついてくるピンキーは
登場したときから、少女にしか見えない風貌に違和感があるのですが
プールに全身浸かれと言われると、頭まで浸かるほど潜ってみたり、
なぜかホテル住まいで、パンツを手洗いしてみたりと
奇行の連続です。
ミリーは、最初は優秀な看護婦のように見受けられるものの
同僚たちに話しかけても全く反応されないなど
なぜか毛嫌いされていて、孤立しています。
では、周囲はマトモかというとそうも思えず
レズカップル双子の同僚たちもそれぞれに奇怪です。
この作品を見終わった後で考えてみると
ミリーの周囲にいる人々の理不尽なほどの態度の冷たさには
スクリーンに映っているものとは別のミリーが
彼らには見えているからではないか

考えてみたくもなります。

ミリーのルームメイトとして、一緒に暮らすようになるピンキーが
実はミリーと同じテキサス出身で、しかもピンキーの本当の名前が
ミリーと同じ「ミルドレッド」であったことから
ピンキーはミリーのオルター・エゴであることがわかります。
同僚のレズカップルと双子の存在が、
すでに多重人格的な要素を示すアイテムとなっているとも思います。

ミリーは、なぜかいつも車のドアにスカートが挟まっているのですが
とにかく、車から洋服、インテリアからシーツに到るまで
黄色に囲まれて暮らしています。
黄色に託される一般的な意味をググってみると
「好奇心」や「希望」といったポジティブなものがある一方で
とくに西洋では「裏切り」や「汚辱」といった意味もあり
ナチがユダヤ人に対して、
差別的な色である黄色のバッジを着用させたこともあったそうです。
そういわれると、ミリーのキャラクターにぴったりだと感じますが
残念ながら、憶測の域を出ません。
ただ、ピンキーのフルネームが
「ピンキー・ローズ」であることを考えると
それぞれに与えられた色にまったく意味がないとも思えません。

『三人の女』とはいうものの、
三人目に該当するウィリー(ジャニス・ルール)
焦点が当てられることはほとんどありません。
ラストシーンまでまったくセリフはなく(1か所を除いて)
浮世離れした雰囲気のウィリーは妊娠中なのですが
いつも黙々と絵を描いているだけで
キャラクターが表現されることはありません。
そのかわり、ウィリーがプールの底に描く絵が繰り返し映し出されます。
実際に絵を描いたのは、ボディ・ウィンドというアーティストだそうですが
物語の顛末を予感させるような絵で
何も語らないウィリーにはすべてがお見通しのようにも思えます。

男遊びをしているように振るまっているミリーは
出かけても誰からも相手にされず、ウィリーの夫を部屋に連れ込み、
それにショックを受けたピンキーはプールに飛び込んで重傷を負います。
ここから物語は急展開。
それまで、おどおどしてミリーにつきまとっていた
ピンキーの人格が一変して粗暴になり、
自分の名前はピンキーではなくミルドレッドだと言い始めます。
酒を飲み、タバコを吸い、男を漁る元ピンキーの姿は
ミリーがやりたくてもできなかった、
願望を体現しているのではないでしょうか。

ピンキーが入院中に、ミリーがテキサスから呼び寄せたピンキーの両親
あきらかに両親と呼ぶには歳をとりすぎているし、
ピンキーの容態を心配するふうはなく、
それどころか仮宿のミリーのベッドで抱き合ってます。
ピンキーはこんな人たちは親じゃない、と言っていますが
では、あの老夫婦はだれなのか……まったくもって闇の中ですが
実はミリーの両親なのだ! という考えも浮かんできます。
んなこたぁないとお思いでしょうが、それも不思議ではないくらいに
ミリーとピンキーが渾然一体としてくるのです。

ひとりで陣痛に苦しむウィリーを助けにやってきたミリーとピンキー。
ミリーはウィリーを介抱し、
ピンキーに医者を呼びに行くように言いますが
ピンキーは微動だにせず、涙を流しながら出産の光景を見つめています。
そこにリハビリセンターのシーンなどのイメージが
オーバーラップするシーン
は、
この作品の謎を解く鍵が多く含まれているのではないかと思うのですが
幾重にも折り重なるおぼろげなイメージから
明確な答えを読み取ることはできませんでした。
結局、ウィリーの子どもは死産でした。

ラストシーンで、ミリーとピンキー、ウィリーの三人の女は
一緒に暮らしています。
おそらく、ウィリーの夫はこの三人に殺されたのでしょうが
ピンキーは「ミリー」と呼ばれ、
顔つきが変わった元ミリーはピンキーから「ママ」と呼ばれています。


よくよく思い返せば、ピンキーがプールに飛び込んだとき
最初に助けに来たのはウィリーでした。
男たちがピンキーを救助するなか、
プールに浸かったままのウィリーはお腹に手を当てて
なにか異変を感じとっているような表情をしていました。
妊婦がお腹を冷やしちゃだめ! と呑気に思っていたのですが
その後、ピンキーが豹変したことを考えると
プールは子宮の象徴で、
ピンキーはウィリーのお腹の中の子どもと入れ替わり
ミリーとして生まれ変わった
のではないでしょうか。

ミリーとして生まれ変わったピンキーに
「ミリー」を追い出された元ミリーは母親である「ウィリー」となり、
追い出された腹いせで「新ミリー」に辛く当たるのではないか……
じゃあ、元ウィリーはどこいった? と言われれば
……知らんわ。それは、知らんわ。
こんな辻褄合わせ自体が間違っているように思えますな。

鏡が多用される演出には、自我や人格の危うさを
表現していることが窺われますが、
それとは別に、「三人の女」に加えてレズカップルや双子の女のこ、
かたや、殺されたウィリーの夫や死産した男の子、
さらには、ラストで積み上げられたバイカーたちのものであろう
タイヤの山などから推察すると
女性から見た男性が排除すべき存在であるかのように感じます。

ウィリーの絵に彩られたプールはもとより、
リハビリセンターの温水プールから始まるこの作品が
水に覆われているのは明白で
広がる波紋はそのままサスペンスを感じさせますが
水を断面から捉えて、不安定に波を打つ水面のショットが
意識の浮き沈みを表しているように思いました。

難解だ、というより、不思議な気分になる作品です。





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