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その夜の侍

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(2012年/日本 119分)
監督・脚本・原作/赤堀雅秋 撮影/月永雄太 編集/高橋幸一 美術/鈴木千奈 照明/高坂俊秀 音楽/窪田ミナ
出演/堺雅人、山田孝之、綾野剛、谷村美月、高橋努、山田キヌヲ、坂井真紀、安藤サクラ、田口トモロヲ、新井浩文、でんでん、三谷昇

概要とあらすじ
堺雅人と山田孝之の初共演で、2007年に初演された劇団「THE SHAMPOO HAT」の同名戯曲を映画化。「THE SHAMPOO HAT」で作・演出・出演を手がける赤堀雅秋が、岸田國士戯曲賞にノミネートされた同戯曲を映画用に自ら脚色し、メガホンもとった。鉄工所を営む中村は、5年前に妻をひき逃げ事件で失って以来、無気力な日々を送っていた。一方、ひき逃げ犯の木島は刑期を終え出所したが、しばらくすると匿名の脅迫状が届くようになる。中村の妻の命日に2人はついに対峙することになるが……。(映画.comより)



サザエって…なんで2回言うねん!

「たとえば○○のように」という具体的な作品名を
まったく思いつかないのが歯がゆいのですが
図らずも人を殺してしまった犯人が
刑期を終えた後、自責の念にかられながらも
努めて前向きな生活を営もうとしている一方、
被害者の遺族は悲しみから立ち直ることができずに
犯人への復讐心を募らせ、加害者も被害者も互いに葛藤する……
そんな映画がいくつかあったように思いますが
『その夜の侍』のひき逃げ犯は、5年間の服役を終えた後でも
後悔も改心もすることのないゲスで凶暴な男なのです。
よって、先に挙げたような人間の理性と本能、
または正義と罪を問いかける映画とは趣が少し違います。

鉄工所を営む中村に扮する堺雅人
その柔和な微笑みが人気のひとつのようですが
僕には堺雅人の微笑みにどこか硬さがあるように見えていて
善良な役柄が多いわりには、
裏に暗いものを抱えているように感じていたので
この作品の中村役こそ彼にぴったりだと思いました。
中村がかけているメガネは異常にレンズが分厚く、
目が小さくなって人相まで変わってしまうこと

人の本当の人格(=顔)はわからないことを
伝えているように思います。

ぜいたくに起用された坂井真紀が演じる中村(堺雅人)の妻が
木島(山田孝之)によるひき逃げで死んでしまったあと、
「8月8日 お前を殺して俺も死ぬ 決行まであと2日」
という文字が黒バックに白で示され
留守番電話に残された事件当日の妻の音声を
繰り返し聞いている中村が悲しみに暮れている様子が映されるのですが
電話機が発する案内メッセージが
「8月10日 午後○時○分です」と言うので一瞬混乱し、
部屋に入ってきた妻の弟・順一(新井浩文)の態度が
姉が死んだばかりなのに随分と横柄な態度で、さらに混乱していると
実は事件から既に5年の月日が経っているという演出に
一杯喰わされた喜びを感じてにんまりするのです。

木島(山田孝之)は、ヤクザというわけではなさそうですが
とにかく自己中心的で粗暴でいいかげん。
小林(綾野剛)星(田口トモロヲ)
そんな木島を恐れ、人間ではないとまで考えているにも拘わらず
木島から離れようとせず、むしろ自発的に
木島とつるんでいるように見えます。
彼らの行動は、ストックホルム症候群とは違い
どんなに木島が非道いやつで、目の前で凶行を働こうとも
木島と行動を共にすることによって
孤独をまぎらわすほうが重要

関係性の中に自分の存在意義を感じようとする自己愛によるものです。
シチュエーションが異常なので、
彼らの行動原理を不可解にも感じますが
我々の日常生活における人間関係も本質的には同じではないでしょうか。

とはいえ、路上で昼休み中に木島にからまれる
バイト警備員の関由美子(谷村美月)の行動については
いくらなんでも理解できません。
誰もが孤独を抱え、誰かと関わりを持ちたいと考えているとはいえ
難癖をつけられ、財布を取り上げられ、
財布を返して欲しかったら公衆便所で一発やらせろと言われて、
言われるがままに後に付いていくでしょうか?
一発やられたあとに殺されるかも知れませんよ?
すぐそばに現場作業員もいるはずなので、
いくらでも助けを呼べるはずです。
もともと知り合いだった小林と星はともかく、
通りすがりにばったり会ったバイト警備員まで
木島の言いなりになってしまうのは、いかがなものか。

思えば、この作品には木島を避けたり、木島に対抗したりする人間が
まったく登場しません。(中村を除いて)
人間関係、ましてや恋愛が不可解なものだというのが
この作品のテーマであろうことはわかりますが
不可解なだけが人間関係でもありません。
木島の周囲が「男のDVを恐れているけど別れられない女」
みたいな人間ばかりで構成されているのは
あまりにも木島にとって都合のいい世界だと思います。
どう考えても一般的には、木島は拘わりたくない人間なのですから
たとえば、小林の妻(木南晴夏)が小林に
「あのひと、いつまでいるの? 早く出て行ってもらってよ」
と、言うなどして、常識的な一面を表現しないと
不可解さも受け入れがたいと思うのですが、どうでしょう。

おそらく、監督の意図したテーマを
最も体現していると思われる役どころが順一(新井浩文)です。
義理の兄である中村の再婚のために世話を焼いたり、
木島に脅されて、生き埋めにされそうになったりと
人の間に入ってはどっちつかずでエライ目に合うのですが
なんとか生き埋めを逃れた順一が小林に向かって
感情をむき出しにする鉄工所の給湯室でのシーンは
それまで押さえ込んできた怒りを小林にぶつけた直後、
すぐに理性を取り戻して常識的に振る舞いかけたと思ったら
また怒りがこみ上げてきて小林にあたるなど
通常の映画の中で、役者が感情を爆発させるカタルシスとは違う
日常の煮え切らない心の揺れを表していると思います。

このシーンに代表されるように
この作品で監督が表現したいものは
僕たちの日常というものは煮え切らないものであり、
人は確固たる理念や信条によって行動しているのではない

ということなのではないでしょうか。
日常とは、関係性の中で絶えず揺れ動き
影絵のようにおぼろげな自分の人格を
かろうじて拠り所にしながら過ぎていくものだといっているようです。
セリフらしくないセリフの数々や
「たわいもない話」という象徴的な言葉によって
意味も価値もないが、そのコミュニケーション自体にこそ
日常を生きる本質があるということのように思います。

一方で、僕たちが映画を観るときには
映画の非日常を期待しているという側面もあります。
退屈で無意味な日常を「なんとなく生きている」僕たちは
映画の中だけは、気にくわないやつをめった刺しにして
殺してほしいと願っているものです。
煮え切らない日常を描いたこの作品を観て
日常は日常で十分だから、映画は映画であってほしいという
意見があったとしても、それはそれで理解できます。

台風によって激しく降る雨の中、
ついに中村と木島が対峙するシーン
おそらく木島は、命がけで自分に向かってくる相手に
初めて相対したのではないでしょうか。
殺し合いになると考えて包丁を隠し持っていた木島は
自分を木島に殺させて死刑にしようとする中村の行動で
人を傷つけることの意味を知ったようにも見えますが
むしろ、中村から「なんとなく生きている」
自分のからっぽな日常を宣告されたことのほうが
ショックが大きかったのかも知れません。

しかし、そんなことより、僕にはこのシーンが
「お前、なかなかやるじゃねえか」
「お前こそ、さっきのパンチ、効いたぜ」みたいな
殴り合って友情が芽生える昔の青春映画のように見えました。
公式サイトには、当初、監督が思い描いていた
このシーンのロケーションは河原だったそうですから
なおさらそう思えてきます。

確かに、日常ってやつは、
はっきりくっきり決着がついたりしませんよ。確かに。
でも、だからといって、なんでもモヤっとさせちゃうのも
どうなんでしょうねぇ。
中村の脅迫状によるカウントダウンによって高められた緊張感が
クライマックスの決闘シーンで肩すかしをくらったという
感じは否めません。

ところで、路上で詩集を売る老人役で
ちらっと三谷昇が登場しています。
久しぶりに見た気がしますが
あいかわらず存在感がハンパないっす。





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