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おそいひと

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(2004年/日本 83分)
監督/柴田剛 撮影/高倉雅昭、竹内敦 音楽/world's end girlfriend 原案/仲悟志
出演/住田雅清、とりいまり、堀田直蔵、白井純子、福永年久、有田アリコ

概要とあらすじ
重度の身体障害者が犯罪を犯すというショッキングな内容から、日本での一般公開が見送られてきた問題作。実際に脳性麻痺を持つ住田雅清が、本名のまま主人公を演じる。電動車椅子で移動しボイスマシーンで会話する障害者の住田の元に、介護を経験したいという女子大生・敦子が現われる。その頃から、住田はある種の違和感を抱くようになり……。監督は「NN-891102」など危険なテーマに挑み続ける柴田剛。(映画.comより)



障害を持ったトラヴィス

「差別」が許されるものではないことはわかっていても
僕たちは日頃から
「仕事ができる・できない」「かわいい・かわいくない」など、
他人と優劣をつけることで競い合っています。
それは「差別」ではなく、「区別」だと言い換えてみても
表面的な解釈の置換にしかならないのではないでしょうか。
もちろん、仕事ができなくても、かわいくなくても
別の価値観にシフトすれば
その人の別の魅力を発揮することは出来ますが
やはりそこでは別のレースが行なわれていることでしょう。

そんな日常を過ごす僕たちが、障害者と接したときだけ
日常生活の「差別」や「区別」が
あたかも存在しないように振る舞うのには
個人的な違和感を感じていました。
障害者を大目に見ることは逆差別ではないのか。
そして障害者自身はそのような庇護のされかたを本当に望んでいるのか。
障害者を「障がい者」と表記すること
差別意識の抑制に一体どんな効果があるのか……
語弊にびくびくしながらさらに言うと
いわゆる健常者に対しては「とろい」「きもい」と言えるのに
障害者に対すると、まるで額にお札でも貼られたように動きが鈍くなり
腫れ物に触るような態度になってしまいます。
もっと普通に障害者に対して
「まったく、どんくせえな」と言えないものか……

『おそいひと』は、主人公が重度の身体障害者であることを除けば
一般的なサスペンスとして作られています。
だからこそ、障害者という設定が浮き彫りになってくるのですが
「差別告発映画」にならないように
細心の注意を払っているのではないかと僕には感じられました。
あくまで表面上はエンターテイメントとして作ることで
観客の障害者に対する意識に
いつまでも治らない口内炎のような不快感を与えてくるのです。
むしろ、障害者差別に対する意図された無頓着さが
「障害者ですけど、なにか問題でも?」という問いかけを
含んでいるのではないでしょうか。

タイトルの『おそいひと』は、
「遅い人」「襲い人」の二重の意味を含んでいます。
主演の住田(住田雅清)は見ての通り、実際に脳性マヒを持つ障害者で
阪神障害者解放センター事務局長という立場にあり、
普段は障害者の自立と差別からの解放を支援しているそうです。
そんな住田氏が、この作品で殺人鬼を演じるという判断そのものに
当事者の想いが投影されていると思われ、
まずはそのことに敬意を払うべきでしょう。

住田は、ビール好きでフィギア好きで女好き。
障害者とはいえ、中身は普通のおっさんなのです。
おばちゃん(有田アリコ)の紹介で、
一時的に住田の介護をするようになった女子大生、
敦子(とりいまり)に想いを寄せるようになりますが
敦子に「普通に生まれたかった?」と聞かれた住田は
トーキングエイド(電卓みたいな携帯用会話補助装置)を使って
「コロスゾ」と返すのです。
このころから、住田は障害者である自身の存在と日々の生活に
鬱屈した考えを抱くようになり、徐々に狂気へと向かい始めます。
住田の殺意の標的となるのは健常者ですが
彼が尊敬する先輩格の障害者・福永(福永年久)
のど元にもナイフを突き立てようとすることから
単に健常者に対する障害者のリベンジムービーでもないのです。

『おそいひと』は、2005年冬に
東京フィルメックスでプレミア上映されたものの
その内容が問題視されると
「障害者に対する偏見や誤解を与える」
「差別を助長する」
という批判に見舞われ
日本での公開は難航し、黙殺されるようにお蔵入りしたそうです。
その後、海外の映画祭で高い評価を得ると
2007年12月、やっと日本での劇場公開が決定したとのこと。
この意味不明な遠回りこそが
日本が抱える差別問題を最も顕著に表していると思えるのです。

自分ではいいと思わないけど、外国人の目利きがそういうなら
公開しましょうかという関係者の無能さと厚顔さは当然のこと
そもそも何が日本公開の問題だったのか理解できません。
障害者が殺人を犯すから?
健常者が殺人を犯す映画は山ほどあるのに?
障害者が人を殺す映画を上映したら、誰が困るんでしょうか。
「障害者に対する偏見や誤解を与える」
「差別を助長する」 という反吐が出るほど醜悪な批判は
一体誰を何から守ろうとしているのでしょうか。

『おそいひと』は普通のサスペンスとして作られることで
健常者と障害者の間にある壁を取り払って見せ
観客を鏡の前に立たせるのです。
鏡の中に映っているのは、観客自身の姿であり
自身の姿こそが、自身に対する問いなのです。

このような作品の場合、
制作者がどのような意識で作品づくりに取り組んだかを知ることは
とても重要だと思われます。
柴田剛監督と住田雅清さんのインタビューのリンクを貼っておきますので、
興味のある方はどうぞ。

 ●柴田剛監督 インタビュー http://www.hmv.co.jp/news/article/1003300011

 ●住田雅清インタビュー http://x51.org/x/07/12/2050.php

最後に、公式サイトに掲載されていた
ホーキング青山氏のコメントを紹介します。
ホーキング青山氏自身も障害者ですが、
これとて障害者全ての考えを代弁するものではありません。

 「障害者の映画」というのは
 これまでとにかく押し付けがましいメッセージか極端な美談、
 さもなければ「障害者が!?」という物珍しさだけの
 過剰なまでの過激なものしかなかったが、これは違う。
 「人間」に立脚してる故にとてつもなく面白い!
 「人間」の誰にもある狂気、
 それが同じ人間の「障害者」にだって当たり前にある。
 その“当たり前”を正面切って描いた作品がこの『おそいひと』。
 それにしてもこの主人公の「住田」は本当に憎々しいヤツである。
 どうかこの「住田」を「障害者だから」なんて同情を一切抜きにして
 大いに憎んでほしい。憎んで憎んで憎しみ抜いてほしい。
 そうやって自分の狂気を棚に上げて他人の狂気を忌み嫌うことでしか
 人間なんて理性を保てやしないのだから。
  ホーキング青山(お笑いタレント)

とりあえず、電車の「優先席」という発想の根底にある差別意識と
「優先席」というものが
逆説的に「優先しなくてもいい席」を作り出すということを
考えてみることから始めてみようと思います。僕は。





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