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サバービコン 仮面を被った街

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(原題:Suburbicon 2017年/アメリカ 104分)
監督/ジョージ・クルーニー 製作/グラント・ヘスロフ、ジョージ・クルーニー、テディ・シュワルツマン 脚本/ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン、ジョージ・クルーニー、グラント・ヘスロフ 撮影/ロバート・エルスウィット 美術/ジェームズ・D・ビゼル 衣装/ジェニー・イーガン 編集/スティーブン・ミリオン 音楽/アレクサンドル・デスプラ
出演/マット・デイモン、ジュリアン・ムーア、オスカー・アイザック、ノア・ジュプ、グレン・フレシュラー、アレックス・ハッセル、ゲイリー・バサラバ、ジャック・コンレイ、カリマー・ウェストブルック、トニー・エスピノサ、リース・バーク

概要とあらすじ
ジョージ・クルーニーの監督作で、1950年代に実際に起きた人種差別暴動をモチーフに、アメリカンドリームを絵に描いたような町サバービコンで巻き起こる奇妙な事件をサスペンスタッチに描いたドラマ。脚本をクルーニーとジョエル&イーサン・コーエン兄弟が共同で手がけ、クルーニーと親交の深いマット・デイモンが主演を務めた。笑顔があふれる町サバービコンに暮らすロッジ家の生活は、ある時、強盗に入られたことで一変。一家の幼い息子ニッキーの運命は思いがけない方向へと転じていく。一方、時を同じくして町に引っ越してきた黒人一家の存在が、町の住人たちのどす黒い本性をあぶりだしていく。(映画.comより



二兎を追う者一兎をも得ず♡

稀代の色男、ジョージ・クルーニーがメガホンをとった
『サバービコン 仮面を被った街』
これまでにも何作か監督しているジョージ・クルーニーですが、
あたしゃ、1本も監督作を観たことがありません。
それでも興味を持ったのは、
やっぱり脚本がコーエン兄弟だから。
とはいえ、1999年に描かれた脚本ということは、
お蔵入りになっていたということで
一抹の不安はないわけではありませんでした。
さらには、すでにあったコーエン兄弟の脚本に
郊外住宅地で起きた実際の黒人差別事件をモデルにした
エピソードを「融合」させたという本作。
果たして……。

タイトルの「サバービコン」とは架空の町の名前ですが、
そもそも郊外または郊外風の生活様式を意味する
「サバービア(suburbia)」という言葉があるんだそうな。
パステルカラーで彩られた画一的なアメリカ郊外の住宅地は
さまざまな映画で描かれてきましたが、
中産階級(白人の)が抱く夢の象徴である反面、
『シザーハンズ(1990)』などのように
排他的な側面が描かれることも少なくありません。

そんな白人のパラダイス、郊外住宅地に
黒人一家マイヤーズ家が引っ越してきます。
戦々恐々となった白人住民たちはすぐさま会議を開き、
なんとかしてマイヤーズ家を追い出そうと団結するのでした。
マイヤーズ家に対する嫌がらせは瞬く間にエスカレートし、
家の周りで太鼓をたたいて罵声を浴びせるようになり、
ついにはマイヤーズ家を襲うまでに。
これは事実に即しているそうなので
アメリカ白人社会のヒステリックかつ醜悪な
差別意識が露わになっています。

かたや、マイヤーズ家の隣に住むロッジ家。
主人のガードナー(マット・デイモン)
ジュリアン・ムーアが二役を務める
妻ローズとローズの妹マーガレット

息子のニッキー(ノア・ジュプ)の4人家族は
ある夜、突然訪れた謎の二人組によって
椅子に縛られてクロロフォルムをかがされます。
なかでも足が不自由で車いす生活のローズは
大量のクロロフォルムをかがされ、命を失ってしまいます。

このロッジ家のエピソードが
コーエン兄弟の脚本でしょう。
『ファーゴ』を思い起こさせるような、というか
まるで『ファーゴ』のバリエーションのようなお話。
暴漢によって妻ローズが殺され、
ガードナーは怒りと悲しみに暮れているかと思いきや、
二人組の暴漢は、保険金目当てにローズを殺すために
ガードナーが雇ったチンピラで
なおかつガードナーは妹マーガレットとデキている……という
コーエン兄弟らしさ満載のノワール・スリラーです。

この物語に、実際の黒人差別事件を「融合」させたわけですが、
なんと、互いのエピソードがほとんど絡み合わないのです。
チンピラ二人組がロッジ家に現れるシーンは
ニッキーがマイヤーズ家の息子アンディ(トニー・エスピノサ)
キャッチボールを通じて仲良くなったことを
気に入らない白人住民たちが
ロッジ家を懲らしめるための強硬手段をとったようにみえる
意図的なミスリードとなっていますが、
それ以降、ロッジ家とマイヤーズ家は
ほぼほぼ関わりを持ちません。


副題に「仮面を被った街」とありますが、
サバービコンの白人住民たちは
最初から黒人差別をむき出しにしているし、
ロッジ家の表向きの姿はまったく描かれず、
マット・デイモンは初登場シーンから最後まで
ずっ〜〜と困り果てた表情なので
仮面がはがされた印象は1mmもありません。
せめて少しでもロッジ家が「うまくいっている」ようすを
見せてくれていたら。
しかも、ロッジ家のエピソードは
ガードナーとマーガレットが個人的に招いた災厄であって
サバービコンの暮らしに起因するとは思えません。
(かろうじてガードナーが家のローンを滞納していることは
 この郊外住宅での暮らしが
 彼の行動に与えた影響といえるのかもしれない)

積極的な政治活動を行なうジョージ・クルーニーが
マイヤーズ家のエピソードを映画化したいと考えるのは
不思議ではないものの、
なぜにコーエン兄弟のクライム・スリラーと「融合」させたのか?
さっぱりわかりません。
ていうか、ちっとも「融合」してないじゃん。
「融合」させるつもりもなかったのか?

ニッキーがアンディと仲良くしていることで
いじめられたり、
ロッジ家を襲い、ローズを殺したのは
忌まわしき黒人家族マイヤーズ家の犯行だと
でっち上げたりするならまだしも、
ロッジ家とマイヤーズ家のエピソードは
隣同士であるにもかかわらず、
まったく無関係に物語が進んでいくのがむしろ驚き。


いかにもコーエン兄弟らしいロッジ家のエピソードは
いかにもコーエン兄弟らしい展開を見せるのですが、
深刻なマイヤーズ家問題があるせいか、
コメディ要素が軽減されているが故に
いまいちグズグズ感が楽しめません。

かろうじて、チンピラに襲われたニッキーが
ベッドの下に隠れるシーンの演出には面白みを感じましたが、
全体的に脚本をなぞっているだけのような印象を受けました。
マイヤーズ家のほうは、
事実に即して事態がエスカレートするだけで
マイヤーズ家の家族の心象はまったく描かれないので、
うがった見方をすれば、
ジョージ・クルーニーが自身のリベラルな政治的主張を
表現するための材料として
マイヤーズ家の事件を表面的に引用したように
思えてしまいます。

ラストシーンで
塀越しにキャッチボールをするニッキーとアンディ。
なんか、愚かな大人たちのいがみ合いをよそに
真の友好を深める子供たち……みたいなイメージですが、
そもそもロッジ家とマイヤーズ家はちっともいがみ合ってないし、
ていうか、ニッキーは
ガードナーの間抜けさのせいで家族全員を失ったわけで、
何度も言うように郊外住宅の排他性とか黒人差別とか
まったく関係ないし……。


というわけで、
コーエン兄弟的クライム・スリラーに徹するには
マイヤーズ家問題が邪魔。(というか無駄)
黒人差別問題を真摯に訴えるには
ロッジ家のエピソードが邪魔。(というか無駄)
文字通り、二兎を追う者一兎をも得ず
とっても困惑する作品でした♡





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