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終の信託

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(2012年/日本 144分)
監督・脚本/周防正行 原作/朔立木 撮影/寺田緑郎 編集/菊池純一
出演/草刈民代、役所広司、浅野忠信、大沢たかお、細田よしひこ、中村久美

概要とあらすじ
「Shall we ダンス?」「それでもボクはやってない」の周防正行監督が、現役弁護士・朔立木の小説「終(つい)の信託」を自ら脚本化し、終末医療を題材に描くヒューマンドラマ。不倫関係にあった同僚の高井から捨てられ、失意のどん底にいた医師の折井綾乃は、重度のぜん息で入退院を繰り返す患者の江木秦三の優しさに触れ、次第に心の傷が癒されていく。綾乃と秦三は医師と患者という関係を超えて強い絆で結ばれていくが、秦三の病状は悪化し、心肺停止状態に陥ってしまう。自らの死期を悟っていた秦三に、「もしもの時は早く楽にしてほしい」と頼まれていた綾乃は、ある決断を下すが……。草刈民代と役所広司が「Shall we ダンス?」以来16年ぶりに共演。(映画.comより)



Shall we 尊厳死?

よくよく考えてみると、
周防正行監督『ファンシーダンス』に始まり、
『Shall we ダンス?』『ダンシング・チャップリン』
よく踊る作品ばかりです。
この『終の信託』ダンスでぜんそくを治す話ですからね。
って、ちがーう! ぜんぜん、ちがーう!
そもそも、こんなふざけた書きだし自体が
まったくもってこの作品とは無縁なのです。

とはいうものの、草刈民代役所広司というキャスティングが
『Shall we ダンス?』の形を変えた後日談として
設定されているのではないかと勘ぐりたくなるのです。
社交ダンスを「教える」草刈民代が女医となって患者を「治療」し、
社交ダンスを「習う」役所広司が女医を信頼することで
本当の自分を「知る」物語であるとすれば
あながち間違いではなさそうで当たらずとも遠からず。
ま、この推測がまぐれ当たりをしていたとしても
作品の内容にはなんら影響はございやせん。
ただ、いかに深刻なテーマを扱おうとも
映画をエンターテイメントとして成立させる
伊丹十三イズムの継承者たる周防正行監督が
このくらいの遊びを忍び込ませたとしても意外ではありません。

オープニング・タイトルで
土手の上に立つ草刈民代がシルエットになるカット
ストイックな構図が素晴らしく
不穏な物語の幕開けを告げています。

呼吸器内科のエリート医師、折井綾乃(草刈民代)
不倫関係にあった同僚の高井(浅野忠信)に捨てられ、
失意の中、自殺騒ぎまで起こしてしまいます。
失礼ながら、これまでの草刈民代には
女優を本業としていない印象を持っていたのですが
綾乃と高井のベッドシーンでは腹の据わった本気を感じました。
それをカメラ越しに見つめる周防監督の心中やいかに。

綾乃は、長年ぜんそくで苦しむ患者の江木秦三(役所広司)
オペラ「私のお父さん」を聞くように勧められ
それを機に、綾乃と江木は医師と患者という関係を越えた
信頼関係=愛情を抱くようになるのです。
はじめに『Shall we ダンス?』になぞらえた仮説をあげましたが
「教える」「習う」という関係は逆転しているのかもしれません。
やがて死期が近いことを悟った江木は
綾乃に無用な延命治療をしないように頼み、
綾乃はそれを受け入れるのです。

綾乃が江木に対してとった「尊厳死」という選択は事件となり、
江木の死の3年後、塚原検察官(大沢たかお)による
取り調べが行なわれます。
ここからラストへ向けてのシーンが
観客に対してこの作品が投げかけるすべての問いかけとなります。
大沢たかお扮する塚原検察官は、まだ容疑者でしかない綾乃に対して
ため口でニタニタと笑いながら、作為的な論理の展開で
綾乃を「殺人犯」へと誘導していきます。
恫喝ともとれる塚原検察官の高慢な態度は
さすがにデフォルメされていると思いますが(そう願いたい)
検察の取り調べというものが、真実を求めるものではなく
勝負を競うディベートであることは事実でしょう。

取り調べで繰り広げられる綾乃と塚原検察官のやりとりは
そのまま「尊厳死」にまつわる社会的な議論となっています。
法律としては人間の「生」と「死」の境界線
どこかに引かなければならないのでしょうが
「人間として生きている状態」というものが
あくまで定義の問題である以上、どこに線を引いても
齟齬が生まれてくるでしょう。

「死」のひとつの定義として「脳死」というものがありますが
福岡伸一氏がいうように
脳の活動が終わればその身体を死体と見なす「脳死」
脳の活動が始まったときを生の始まりだとする「脳始」
逆説的に定義することとなり、その理屈からいくと
受精後27週目以前の胎児は人間ではないことになってしまいます。
これは堕胎のリミットとされる期間を超えるもので
やはり簡単に受け入れられるものではないでしょう。

「尊厳死」と認定される条件として
まずは本人の意志かどうか、次いで家族の同意があるかどうか
と、されているようですが
これまた「死」の責任をたらい回しにしている感は否めず、
本人の意志による死を認めると自殺を認めることにもなるし
血縁による家族というものが、
本人にとって「終の信託」に値するのかどうかはわかりません。
この作品で、江木の意志を最も尊重しているのは
あきらかに江木の家族ではなく、綾乃
でしょう。

医療が発達したからこそ、
こういった問題が浮き彫りになってきたのでしょうが
誰もが納得する正解などあるはずもなく
生きていくのも辛いけど、死ぬのも簡単じゃないねぇ
といったところでしょうか。
口がきけるうちに、自分が動けなくなったらどうしてほしいか
誰かに伝えておいたほうが、
周りにかける迷惑は減るかもしれませんな。
「終の信託」に値する相手がいれば、の話ですが。





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