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希望の国

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(2012年/日本・イギリス・台湾 133分)
監督・脚本/園子温
出演/夏八木勲、大谷直子、村上淳、神楽坂恵、清水優、梶原ひかり

あらすじ
舞台は東日本大震災から数年後の20XX年、日本、長島県。酪農を営む小野泰彦は、妻・智恵子と息子・洋一、その妻・いずみと満ち足りた日々を送っていた。あの日が来るまでは。長島県東方沖を襲ったマグニチュード8.3の地震と、それに続く原発事故は、人々の生活をたちまち一変させる。原発から半径20キロ圏内が警戒区域に指定される中、強制的に家を追われる隣の鈴木家と、道路ひとつ隔てただけで避難区域外となる小野家。だが、泰彦はかつてこの国で起きた未曾有の事態を忘れていなかった。国家はあてにならないと言い、自主的に洋一夫婦を避難させ、自らはそこに留まる泰彦。一方、妊娠がわかったいずみは、子を守りたい一心から、放射能への恐怖を募らせていく…(オフィシャルサイトより)



生きていれば、何度でも杭を打たれる

園子温監督が、被災地で繰り返し取材を行ない、
そこで聞いた声をできるかぎり多く、もしくは重層的に反映させる形で
ひとつにまとめたこの作品。

前作「ヒミズ」の撮影準備中に東日本大震災が起きて
脚本を急遽震災後に変更し、
実際の瓦礫であふれる町並みを撮影したことも話題になりましたが
「ヒミズ」の場合は、園監督が表現者として
震災を映画に盛り込まざるを得ないという切迫感があったし、
震災そのものが作品のテーマではありませんでした。

園監督本人がインタビューで語っているように
震災を一度扱ったからこれでいいだろう、では済まされないという想いから
この作品では、ど真ん中の真正面から震災後を、
しかもおもに原発問題と向き合っています。

幸せに暮らしていた家族が突然、理不尽に分断される。
慣れ親しんだ土地と自分の家を離れなければならない。
しかも、原発から半径20kmというコンパスでひかれた線によって。
19.9kmはだめだけど、20.1kmは大丈夫といわれても
納得できるわけがありませんよね。

これはまさに現実で起こっている問題ですね。
どこまでが安全なのか、どこからが危険なのか……
「何か影響があってからじゃ遅いんだから、とりあえず避難した方がいい。
 あとでなにもなかったら、それでいいじゃないか」
こんな意見も聞かれますが、本当にそうでしょうか。
自分が生まれ育った家や土地、家畜や田畑などの財産を捨てて
知らない土地で新たに生活を始めるのは、
旅行者がホテルを変えるような簡単な話ではないでしょう。

なかなか立ち退かない泰彦(夏八木)に向かって
若い町役場職員(山中崇)が
「あ〜、郷土愛っすか。いい思い出ってやつですか」と冷やかします。
しかし、「その土地に暮らす」ということは
そんな安っぽい言葉で表現できるものではないのです。
(と、書きながら、もしかしたら都会のマンション暮らしが長くなると
 「自分の住む土地」っていう感覚が希薄になるのかなぁと思ってみたり…)

頑として家を離れようとはしない泰彦ですが
息子夫婦に対してはとにかく避難するように勧めます。
しかも放射能関連の本とガイガーカウンターまで持たせて。
裏を返せばこの場所は危険だと言っているようなもんなので
矛盾しているといわれれば、そのとおりですが
この矛盾こそがこの作品の根幹を成すのではないでしょうか。

やがて、避難した息子夫婦の妻、いずみ(神楽坂恵)が
妊娠していることがわかります。
産婦人科で居合わせた妊婦から
「母乳からセシウムがでたの! ここも安全じゃないの!」と言われたいずみは
徐々に変わりはじめ、ついには防護服を着て街を歩くようになります。
いずみに不安を煽った妊婦はいずみの行動を見て、気味悪がり嘲笑します。
これも大いに皮肉がこもっていますね。
ネット上では、「放射脳」といわれるような人たちがいますが、
ただ不安に駆られて放射能の恐怖を叫ぶ「放射脳」は
科学的根拠も何もなく、たとえ科学的根拠をつきつけられても
聞こえないふりをしているかのように不安の叫びをやめることはありません。
そんなに不安なら、外国に移住しますか?
防護服を着て生活しますか? それはしないんですか?
じゃあ、安全なんですか? え? 危険なんですか?

いずみの行動は馬鹿げているようですが、
放射能を怖がるなら、防護服を着て生活しないほうが
むしろおかしいとさえ思えます。

ここでは「安全」と「安心」は同じではないと言うことが
描かれています。
「立入禁止」と書かれた黄色いテープが象徴するように
あらゆる境界線がテーマとなっているのです。

どうしても、原発や放射能に関する話になってしまいますが
演出面を観ると、これまでの園作品に観られる
感情を引っ掻くような手持ちカメラの躍動感はありません。
園子温の新境地?と思えるほど
静かに対象を見つめ、空や海を美しく、そしてありのままにとらえています。
そして、今回はラストにタイトル「希望の国」ドーン!
そのまま希望ととらえてもいいし、皮肉にとらえてもいい。
言葉の人、園子音ならではの演出でしょうか。

この物語はフィクションです。
舞台は広島と長崎、それに福島をもじった架空の土地、長島県。
ノンフィクションのドキュメンタリーこそが真実を伝え、
フィクションは作り物の絵空事だと信仰している人たちからすると、
この映画は不謹慎だということになるんでしょうかね?
しかし、原発問題は現在進行形です。
ただ事実を知りたいならニュースを見ればいいんです。
(それも信用できないといわれるとそれまでですが)
震災直後はフィクションを軽々と凌駕するような津波の映像が
テレビで連日放送され、まるでCGのようだと思いながら観ていました。
現実と虚構が逆転した瞬間でした。

言うまでもなく、事実を検証し、把握することはとても重要です。
しかし、いま私たちが問われているのは「想像力」なのです。
私たちが生きる現実は、じつは事実よりも想像力で作られているのです。
(簡単に例えるなら、あらゆる差別は事実なんて関係ないでしょ)
被災者に対して「放射能うつるから、あっちいけ」と言わせているのは
想像力の欠如もしくは歪んだ想像力に他ならないでしょう。

この作品は、東日本大震災および福島原発を描写した映画ではありません。
その数年後の物語です。
「福島のときだって、そうだったじゃないか!」というセリフがありますが、
この映画の中でも福島の原発事故はすでにあったという設定です。
その後、また同じことが起こったという近未来の物語です。
これはフィクションでしか表現できませんし、
そのフィクションは現実の日本でノンフィクションで進行中です。

日本政府は、どういうわけか原発の安全宣言をし、
原発再稼働に向けてまっしぐらです。
この映画がフィクションのままでいてくれることを切に願います。





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